第19話 <御子>として

 <御子>。

 誕生と同時に神によって特殊な<スキル>の付与が約束された存在。

 <御子>には15歳の誕生日に神の1柱から<スキル>が与えられる。

 過去の<御子>はいずれもずば抜けた功績を地上に残した。

 戦争を一人で終わらせた騎士。

 魔法を大幅に進化させた魔法使い。

 大不作から大豊作にまで農業を変えた学者。

 そして直近ではヴァーヴェル大戦で悪魔男爵を破った3名の1名、ウィズダム。


 ちなみにウィズダムは存命だが既に非常に高齢だ。既に120歳を超えていて、これはヴァーヴェル大戦を終わらせたことに対する神々の恩寵と目されていた。


 ラングは<御子>として産まれた。

 だが今まで一度も<御子>と関わったことのない書物の神リブレから<翻訳>スキルという、多くの人々がどう考えても将来、世界に大変革をもたらすとは想像できないスキルを与えられた。そのことで多くの人々が<御子>としてのラングの価値を否定した。それは<御子>としてに留まらずラングの人間性自体が否定されることも多かった。


 人々からさげずまれたラングは地球の教科書を手に入れた。

 その教科書に記載されている内容を<翻訳>スキルで転換した<翻訳魔法>は地上にそれまであったどの魔法とも違っていた。だがそれをラングは使用可能で、かつ非常に強力なものがあった。これは網羅的に体系化されていて、教科書をラングが読み進めれば、さらに強固な武器となりうるものだった。

 悪魔騎士を滅するのにもまだ十分に読み込まれていない状態での<翻訳魔法>が功を奏した。

 そういう意味では<御子>の価値は首尾一貫しているのかもしれない。ラングはまさしく<御子>であり、この世界を救うほどの活躍が期待されているのだろう。


「<御子>か」

 クッカとの会話を終え、一人で近くの丘へ登ったラングは溜息をついた。

 <御子>のモチベーションとはなんなのだろう。

 少なくともラングには世界を救おうといった壮大な夢はなかった。もともと<御子>であるという自覚もなかったし、そういう希望もなかった。両親を失い、育ての親であるウィズダムの元でささやかな暮らしを維持できれば十分だったのだ。

 <御子>として評価を失ったことで彼はその日常すらも失った。

 不遇の中でもよい隣人に恵まれたこともあり、めげずに生きてきた。とはいえラングに命を削ってまで世界のために何かをするというモチベーションが生じるような境遇ではなかった。


「面白くないとは言えないけど」

 一つだけ。入手した教科書を読むことはラングにとって楽しいことであった。

 地球の教科書はこの世界とは違う物理法則・社会構造のもとで、この世界では考えられないほど高度に体系化されたものであった。

 その記述内容だけでなく、知識を体系化して表していること自体がラングにとっては知的好奇心をかき立てるものだった。

 いろいろと読んでいる中には<異世界もののライトノベル>もあった。

 あいにくと人間以外が転移するというお話ではなかったので、ラングはそこから教科書が転移してきたものだという解釈には至らなかった。だが<チート>スキルで活躍する、世界を救うといったストーリーに憧れを感じないと言うこともなかった。

「難しく考える必要はないのかもしれないな」

 なんといってもその境遇のおかげでラングはちょっと間隔が麻痺していた。

 育ての親ウィズダム、不遇の中でも彼を支えてくれた酒場の客(こう書くとずいぶんと酷いような気もするが)の2名であるクッカとアイゼン、合わせて3名が100年ほど前のヴァーヴェル大戦の英雄で、ウィズダムは<御子>でもあったという。

 ビゴマにしても傭兵の世界では名の知れた、とても優秀な戦士だった。

 本来はむしろおとぎ話のように遠いところの話に感じるはずの英雄譚が、身近にその登場人物が揃っているためにとても身近な話のように感じてしまうのだ。

「なんとかなるのかもしれないね」

 それに世界を救うというのは大げさでも、ウィズダムたちを守りたいという気持ちは当然あった。身近の者を守るというのはモチベーションとしてはわかりやすい。一方で彼にはそれ以外の係累がない。失うものは少なかった。


 悪魔騎士を倒したラングは既にウィズダムらに並ぶ(被害の少なさを考えれば、彼らを超越するほどの)英雄と称されるだけの存在になっていたのだが、そのことに気づいていない時点で、彼もまた<御子>に選ばれるだけの大物なのだろう。

 しかもラングに与えられたスキルは<翻訳>一つとはいえ、その有効性は教科書によって変幻自在である。実質的には数多のスキルを与えられたにも等しかった。

 知られている歴史上、複数のスキルを与えられたという<御子>は過去にいないのだ。

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