第14話 悪魔騎士の支配

 アイゼンの先導でビゴマとラングは目立たないように村へと歩いて行くことになった。

 アイゼンが集めてきた情報によると、王都ではアイゼンらの故郷である村が謀反を企てているのではないかと疑っていた。

 発端は突然、王都との連絡が途絶えたことだ。タイミングはちょうど納税の時期で当然、納税もされていない。大きな村ではないが優れた武具を製造してきただけに、突然の音信不通はたいへんな驚きだった。

 更に王都から2度も使者が送られているのに、いずれも使者自体が戻ってこない。

 王都と村の間はさほど離れていないし、間に特に危険な地域もない。そもそも使者もか弱いものが赴いているわけでもない。特に2度目は使者に10名の兵士が同行していたのだ。


「このまま村まで?」ビゴマが言うとアイゼンは首を振った。

「使者が戻っておらぬのでな。まずは偵察からだ。見つからぬように遠くから見てみたい」アイゼンは悲しげだった。

「遠くから」ラングはつぶやいた。

 彼は旅の間も徐々に教科書を読み進んでいた。その中に<望遠鏡>についての記述があった。

 それは月の地表まで見ることができることすらあるという。幸い、この世界にも月はあってしかも1つだけだった。だから月が見えるということに違和感はなかった。それに片眼鏡もあった。特に細かい仕事をするような者が使用することがある。といってもかなりの高級品だ。

「それならあの山の中腹から見てみませんか?」

 アイゼンはラングの指さした山を見た。

「いくら何でも遠すぎるぞ、ラング。幾らお前さんが若くて目がよくても、それじゃ何も見えまい」

「……あまり上手く言えないんですが。秘密を守ってもらえますか?」

「なんの……。まぁよかろう。ビゴマもよいな?」

「よくわからないけど、ラングが秘密にして欲しいって言うことならもちろん守るわよ」

「ありがとうございます。そうですね、簡単に言うと私は魔法を使えるようになりました」

「魔法?」アイゼンとビゴマは目を見ひらいた。

 この世界には魔法使いが存在する。むしろ簡単な魔法を使える者は少なくない。

 だが魔法は使えない者はさっぱり使えない。これは持って生まれた素養の問題なのだ。そしてラングは魔法が使えないはずだった。

 それに地球で言えばライターと懐中電灯程度の利便性がほとんどで、有益と言えるような効果を有する魔法を使えるのは非常に限られた魔法使いだけだ。

「それが普通の魔法じゃないんです」

 ラングはバッグから火打ち石を取り出した。

「いいですか? 見ていてください」

 ラングはそう言って火打ち石を打ち付けて火花を散らした。そこへ「<酸素供給>」と唱えると炎が上がった。

「うわ!」ビゴマは後ろへと飛んだ。

 アイゼンは目を丸くしている。

「これは火を拡大する魔法なんです」

 地球で火打ち石の火花に酸素を供給してもそもそも燃えるものがあるわけではないからこんな風に大きな炎にはならない。だから地球の物理法則からするといささか違うのだが、この魔法世界では<翻訳>の結果、こうなっていた。

「種明かしは私もよくわからないところがあるので止めておきますが、これと同じように魔法で遠くを見ることができると思うんです」

 アイゼンは腕を組んだ。「うむむ」なかなか理解できないという感じだ。

「アイゼンは最近、鍛冶仕事のときに片眼鏡をかけてるでしょう?」

「なんでそれを知っとる!」アイゼンは顔を赤らめた。

「年をとれば目も悪くなりますよ。悪いことではないじゃないですか。たまたま見かけたんです。あの眼鏡をつなげて凄く遠くまで見えるようにする魔法があるんです」

「なんと」アイゼンはうなった。「眼鏡をつなげる?」

「眼鏡はレンズが1枚だけでしょう? あれを重ねてあげると」

「倍率が上がる! なんてこった」アイゼンは叫んだ。

 ビゴマはアイゼンを小突いた。「叫ぶんじゃないよ」

「すまん」アイゼンは謝った。「しかしこれはすごいことなんじゃぞ」

「今から工房へ戻れるわけじゃないよ」ビゴマは念を押した。「そもそもそういう旅じゃないし」

「……すまん」アイゼンはこのまま自分の工房へ戻って試作に取りかかるぐらいの気持ちでいたらしい。

「とにかく見えるんだね?」ビゴマが言う。

「はい。あれぐらいの距離でも大丈夫だと思います」

「それならいい。まぁ失敗してもたいしたことじゃないさね」

 3人は山の方へと向かった。


 数時間後。目的としていたあたりまで登ることができた。

 傾斜はなかなかきついところもあった。ビゴマは当然、余裕で登っていく。アイゼンも普段から工房での仕事で鍛えられているのだろう。苦労する様子もない。ラングは普通の旅なら平気だがここまでとなるといささか疲れた。

 それでもラングはさっそく魔法を使った。

「<望遠鏡>」

 するとラングの目の前の空気が揺らいだ。

 ラングの目の前にはずっと遠くが拡大されたスクリーンのように見えた。

「これは……」


 村の様子はひどいものだった。

 一見普通の村の様子だ。だが外を歩いている者は極端に少ない。外にいるものも一様に暗い表情をしている。

 村の中央にある広場には処刑台が作られ、無残に殺された兵士らしき死体が転がっていた。そしてその近くには……。

「あれは悪魔の騎士?」

 2メートルほどの身の丈、屈強で銅色の体。角の生えた頭。

 それが身の丈以上の剣を背負い、黒い鎧を着ていた。

 悪魔騎士の周囲には数名のオーク鬼がいた。どうやらオーク鬼を使ってこの村を支配しているらしい。

 しばらくみていると鍛冶場から大量の武器が倉庫へと運び込まれていた。

 それをオーク鬼がドワーフを脅すようにして実行させている。


 見たままを伝えるとアイゼンは膝をついた。

「悪魔に支配されておるというのか」

「オーク鬼は何人?」ビゴマが言う。

「見える限りでは6人ですね。悪魔は1人だけ」

「大戦で悪魔男爵相手にどれだけの損害を出したことか」

 アイゼンは頭を抱えた。

「まさか再び……」

「アイゼンはヴァーヴェル大戦に?」ラングは訊いた。

「……。ここに至って隠し事はするべきではなかろうな」

 アイゼンはうなずいた。

「しかし自分でいうのもなんじゃな……」

「アイゼンは大戦の英雄の一人だよ」

 ビゴマが横からあっさりという。

「クッカもね。ついでにいえばお前さんの育ての親、ウィズダム神父もさ。というかこの3名で悪魔男爵を倒したんだ」

 ラングは驚きのあまり声も出なかった。

 アイゼンやクッカ、ウィズダムが元々の知り合いであるらしいことはわかっていた。それにいずれも何か過去に凄い功績があって高い地位にあったということも察していた。だがそういった貴族然として扱いを嫌って都会を離れて過ごしていた。

 だが世界の滅亡の危機と言われた「ヴァーヴェル大戦」で活躍した、歌や演目の題材となっている英雄たちだとまでは思ってもみなかった。

「あたいはね、戦士アイゼンの武勇に憧れて傭兵になったんだ」

 ビゴマは昔を思い出すようにいった。

「だが、まぁ、知り合ってみればね。ただの偏屈な鍛冶屋の酒飲みだったけどね」

「否定はせぬよ。わしは引退したのじゃ。それにわしら3人だけで悪魔男爵を倒せたわけではないぞ? 確かに最後に戦ったのはわしらだったが、その前に多大な犠牲があったのだ。その壮絶な露払いがあってこその話でな。わしらはとどめを刺しただけに過ぎん」

「そこまでにも大きな働きもあったと思うけど、まぁいいわ。今はそういう話をのんびりできるわけじゃないわね。どうするの?」

 アイゼンは唇を噛んだ。「悔しいがここは……」

 ラングはふと悪魔騎士がこちらを見ていることに気づいた。「気づかれた!?」

「この距離で」ビゴマは言いつつも剣を抜いた。「冗談じゃないわね」

「きちんとわかっているわけじゃないと思いますが」ラングはつぶやいた。「気配を感じ取られたというように見えます」

「それでは撤退もできぬか。時間をかけるわけにはいかんな」アイゼンはうつむいた。「やるしかないか」

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