第13話 ドワーフ国へ

 ドワーフは平均身長が140cmぐらい、体重は80kg以上あるような屈強な体格の種族だ。その腕力を活かして男女問わずに戦士か鍛冶師になる者が多い。

 戦士としては勇猛果敢でその腕力でふるう武器、多くはバトルアックスは非常に強力だ。屈強な体を頑丈な鎧で守って突進する様は暴走機関車のようだった。

 鍛冶師としてはその腕力だけでなく手先の器用さもあって非常に美しい武具や道具を作り出す才能に恵まれていた。ドワーフ製というだけで2ランク上の商品に数えられるほどだ。


 ドワーフの国へ向かうため、ラングがアイゼンとビゴマと共にルーラルの町を出るとき、酒場の主人や常連、ウィズダム神父や神殿の知り合いたち、大勢が門まで見送りに来てくれた。

 <御子>に役立たずの<翻訳>スキルが与えられて、町でのラングの扱いは酷いものになったが、ラングのそれまでに積み重ねてきたもの、その後も腐らずにいたことを評価する人たちも多かったのだ。

 ラングはうっすらと涙を浮かべつつ、笑顔で皆に挨拶をして去った。


「よかったじゃん」

 門が見えなくなるとビゴマがラングの肩を叩いていった。

「やっぱり日頃の行いがよいと見てくれる人も多いんだ」

「その理論じゃとお前さんを見送りに来てくれる人は少ないだろうな」アイゼンが混ぜ返す。

「あたいはね、いいんだよ。それでも傭兵の仕事じゃ依頼人を満足させてるぜ? あたいがしくじったことはほとんどないんだ。アイゼンなんかただの穀潰しじゃないか」

「豊かな老後といって欲しいものだな」

 アイゼンは立派なひげをしごきながらいった。

「わしは若いころに十分に働いて、蓄財もあるのじゃよ」

「そりゃそうかもしれないが、まだまだ働けるだろ?」

「誰が動けぬといったかね。むろん現役の図体のでかい傭兵にもひけはとらぬぞ」

「まぁまぁ」

 ラングは割って入った。

「それでドワーフ国ではどんなことが起こっているんです?」

「よくはわからぬところがある」

 アイゼンはしかめつらをした。

「予断はできんが、わしの故郷の村が反逆を疑われているらしい。だがそんなことがあり得る村ではないのだ。よかれあしかれ職人の村でな。鍛冶仕事ができればいい、それには国王に仕えるのが一番だ、というのは村の掟みたいなものだ。反逆するなんぞ夢にも思わん連中ぞ」

「それでも疑われている?」

 アイゼンはうなずいた。「だからよほどのことがあるのじゃと思っとる。王都へ行くが、すぐに村へ向かうことになるだろう」

「ビゴマだけを雇ったの?」

「そうじゃ。多人数では目立つしかえって事を荒立ててしまうかも知れん。それに他種族を受け入れているとはいっても、ドワーフは偏屈でな。信用するのは家族と忠義を誓い合った上と下だけ」

「あたいはこれまでに何度もドワーフ国で功績を挙げてるからね。ある程度は信頼は得られるはずだよ」

「体格も大きさを除けばドワーフ並みじゃしな」アイゼンはにやりとしていった。「一時は<ジャイアント・ドワーフ>と呼ばれたこともあるんじゃぞ」

 ビゴマは冷淡な目をアイゼンに向けた。「その名であたいのことを呼ぶとはなかなかに勇気があるじゃないか」

「それだけ有名だと言うことだて」アイゼンは逃げた。

「<ジャイアント・ドワーフ>?」ラングが目を丸くする。

「ラングも命を縮めたいんだね?」ビゴマは冷ややかな目をラングにも向けた。「覚悟はいい?」

「い、いえ、なんでもありません!」ラングは背筋を伸ばした。


 旅は順調だった。

 傭兵として名の通ったビゴマにちょっかいを出そうなどと言う酔狂・身の程知らずはそもそもほとんどないのだ。仮に手を出したとしても単純に返り討ちに遭ってしまう。

 アイゼンも、また、とても強かった。年齢を重ね引退しているとはいえ、ドワーフの寿命を考えればまだまだ壮年期にある。しかも引退したと言いつつもずっと鍛冶仕事を続けてきたので体力も維持されている。それどころか戦士としてはビゴマはアイゼンを上に見ている節があった。

 そのことはラングには驚きだった。ビゴマはいつも豪快な振る舞いをしているし、酒場でアイゼンのことを敬うといった様子を見せたことはなかったのだ。だがこの旅の途中、時折挨拶などで会わなければならなかった兵士長や領主などに対し、アイゼンを紹介するなど、明らかに上位においていたのだ。


 なにはともあれ、そんなわけでラングらは無事にドワーフ国の王都に到着した。


 王都に着いて宿をとると、アイゼンはブツブツ言いながら出かけていった。

 行き先は言わなかったがビゴマはわかっている様子だった。

「アイゼンは?」

「情報をもらうために王城へ行ったさ。王城といってもドワーフは大きな工場みたいなもんだけどね」

「王城が工場?」

「ドワーフだからね」ビゴマは肩をすくめた。「あいつらにとっちゃぁ、立派な鍛冶場を幾つも抱えるのがステータスなんだ」

「それはまた、すごいですね」ラングは目を丸くした。「国王も鍛冶を?」

「そりゃそうだ。ドワーフってのは皆そうさ。それを本業にできるのは国で認められた腕利きだけだけどね」

「趣味で家事をしてるってこと?」

「趣味ねぇ」

 ビゴマは顔をしかめた。

「あれは趣味なんていう高尚なものじゃないね。ドワーフの生命みたいなもんだろうね。さて、あたいたちは情報を待つしかない。その間に武具屋へいくよ」

「武具? ビゴマの装備を?」

「それは違うね。ラングのだよ。アイゼンから資金は預かってる。ここまではただの移動だった。あたしらもいるしね。そうそう危険なことは考えられなかった。だから普段着でもよかったけどこの先は何があるかわからない。

「つまり戦闘も覚悟しなくちゃならない。ラングにも最低限の防具と武器は持ってもらう。それにはよい品質のものじゃないと駄目だ」

「そんなお金を出してもらうわけには……」

「アイゼンにとってははした金だが、ラングが気楽に出せるような金額じゃないよ。そもそもこの国じゃ人間の通貨はかなり低いレートでしか換金できないんだ。アイゼンのはちゃんとしたこの国の通貨だ。ここは報酬の前借りだと思っておけばいいさ」


 ビゴマに連れられていった先はアイゼンによく似たドワーフが店主をしている店だった。

「邪魔するよ」ビゴマはずかずかと入っていく。「こいつの防具と武器を見繕ってくれ」

 店主は難しい顔をした。「そういうサービスはしとらん。自分で探せばいい」

 背の高いビゴマは少しかがんで、カウンター越しに店主に顔を近づけた。「バイゼン、少し見ないうちに忘れちまったのかな。ずいぶんな口の聞きようじゃないかね」

「……ビゴマか」

 バイゼンと呼ばれた店主は驚いた顔をした。

「お前さんがここへ来るなんて考えもせんかったぞ」

「それぐらいで驚いていちゃやってけないな。頼むぞ」

「仕方あるまい。若いの、こっちへ来い」

 ラングが近づくと店主は乱暴にだが細やかにラングの体つきを確認した。

「ふむ。人間にしても細いほうじゃな。だが最低限の筋肉はあるようじゃ。仕事は?」

「最近は酒場でボーイを。それと翻訳仕事も。以前は神殿で雑用をしていました」

 バイゼンは眉をしかめた。「わけがわからん。どういうことだ?」

「詮索はしないだろうな?」ビゴマは脅すようにいった。

「詮索はせんが何もわからんでは武具も選べぬ」バイゼンは頑固そうにいった。

「……わかった。ラングは魔法戦士見習としてくれればいい」

「魔法戦士に見習なんているものかね? 奴らは最初から魔法戦士だと思うがね」

 バイゼンは鼻をならしつつ防具の並んでいる棚の方へいった。

「まぁいいさ。そういうならそれに従おう。それなら軽装だな。重たい鎧はなしだ」

 ラングはビゴマの言葉に驚いた。よりによって魔法戦士とは。何も話していないが何か察しているのだろうか。

「そうしてくれ。まだ先が決まっていないんでね。どっちもできるようにしておかないと適性がわからないだろ」

 ビゴマはしかし違う理由を述べた。

「大抵の相手はあたいが防げる。身軽に動ける方がメリットが高いはずだ」

「体格も考えるとこれだな」

 バイゼンは黒い革鎧を棚から取り出した。

「こいつはワイバーンの革を使ってるんだ。甥が革なめしができるようになってな。特殊な製法で鞣したこれはとてつもない強靱性を出してるが軽い」

「これが?」ビゴマは顔を少し押して簡単に変形するのを見ていった。

「その柔軟性は衝撃を吸収するんだ。しかも簡単には切れない。正直なところフルプレートやお前さんの使うハーフプレートよりも頑丈だぞ」

「そこまでいうならいいな」ビゴマはうなずいた。

「支払えるのか?」バイゼンは怪しむようにラングとビゴマを見やった。「こいつは一級品だぞ」

「これで」ビゴマはアイゼンから預かっていた袋を取り出した。

 バイゼンは袋を開けて目を見ひらいた。「おい!」

「なんだよ?」ビゴマはニヤニヤしていた。

「兄貴がいるのか! この硬貨をこんなに揃えているのは他にないだろう!」

「アイゼンは王城さ」

「ついに!」バイゼンは喜びを爆発させた。

 それをみてビゴマはばつのわるそうな顔をした。「そりゃ期待させちまって悪いな。アイゼンは帰ってきたつもりではないだろうよ」

 バイゼンは顔をしかめた。それから得心したようにうつむいた。「それじゃ噂が届いているのか」

「村のことでね」

「俺も調べたんだがよくわからんのだ。仕事もあってここを離れられないこともあってな。弟子もいるし身軽には動けぬのだ」

「そんなに仕事が忙しいの?」

「皮肉な話さ。不穏な動きがあるってことで王は兵たちの装備を揃えているんだ。おかげで俺たちは特需で仕事に追われてる。嫌な話だ」

「そういう話なの?」

「俺たちの故郷はこの国でも有数の武具工場なんだ。それが音信が途絶えてみろ。国はどう考えればいい?」

「謀反の疑いありだ」

 後ろから声がした。振り返るとアイゼンが立っていた。

「バイゼン、すまんな。わしらはすぐに出発する」

 バイゼンはアイゼンに近づくとその手を取っていった。「すまん、兄貴。俺はここを離れられん。ここで俺まで動いたら……」

「わかっておるわい」アイゼンは弟の肩を叩いた。「お前はここで国に奉仕するのだ。それで誰かの首の皮がつながることもあるだろう。わしはこの2人に手伝ってもらって村へ行く。何が起きているのか見てくるさ」

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