第11話 ラングの恐れと安堵
<酸素遮断>。
この魔法を得たことでラングは多くの局面で有効かつ強力な攻撃力を手に入れたも同然だった。なにしろ生き物相手ならば瞬時に相手が昏倒し死亡に至るのだ。局所戦だけではない。戦術的な局面、例えばこれを戦場に行使することになれば、一瞬で敵の軍隊は壊滅してしまう。
これ一つだけでも<御子>に相応しい魔法だろう。(この時代に特に大きな戦争が予見されているのではないけれども)戦争であれば一騎当千どころではない。むしろ生物・核兵器、戦略兵器クラスと言える。
もちろんこの世界には核兵器はないし、戦略兵器という概念も実質的にない。そもそもそのような攻撃力を有するものがないからだ。
この力を知れば、ラングが役に立ちそうもない<翻訳>スキルを得たことで期待外れと思ったり、ラングをいじめたりした人々も手のひらを返すことだろう。
一方でこれほどの力を突然得れば多くの人は混乱してしまうだろう。その結果、犯罪に走ったりすることも容易に想像できる。あるいはあまりに強力な力で恐れを抱くことも考えられる。
だがラングは驚くほどに平静を保っていた。
それは彼の出自が大きな影響を及ぼしているところだった。彼は<御子>として産まれ英雄的な成果を期待されて育った。15歳で役立たずなスキル<翻訳>を与えられていじめられるような対象となった。しかし、よき隣人に恵まれたこともあって、それでも心が折れることはなかった。
<御子>であればこれぐらい強力なスキルを与えられるのではないか、と周囲に期待されていたわけだ。この強力な魔法の獲得はいわば今さらというところでもあったのだ。
一方でそれは必ずしもラングの望んだことでもなかった。彼はもともと<御子>であることを喜んだり、誇ったりしたこともないのだ。つまらないスキルでよかったとさえいえるのに、今さらこんな強力な力を得てどうしろというのだろうか、と。
その意味ではラングは恐れを抱いていた。
その力そのものでなく、その力を知ったときの人々の反応についてだ。
彼を畏怖するものも出てくるだろう。
彼の力を利用しようとするものも出てくるだろう。
彼を一方的に敵視するものも出てくるだろう。
その結果、彼だけでなく彼の周囲にも危険が及ぶかも知れない。彼には血のつながった家族はいないけれども、彼を育ててくれたウィズダム神父をはじめとした神殿の人たち、彼の苦境を救ってくれた酒場の主人やクッカたちがいる。
だからラングはこの力を秘密にしたままでいることにした。
ルーラル町へ戻ったラングは何事もなかったように酒場でのボーイの仕事に戻った。
ラングが無事に帰ってきたことを皆は喜んでくれた。
だがそれは最後の平穏な一日でもあった。
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