第10話 再びの熊との遭遇と致死的な魔法

 ラングは<酸素>の概念に混乱をしていた。

 そのとき、ふと近くの茂みからガサリと言う音が聞こえた。

「しまった、油断してた」

 ラングは慌てて周囲に目を配った。

 茂みの奥にかすかに動く影が見える。大きい。

「また熊か……」

 ラングはうめいた。

 雷鳴がないので前回と同じ<避雷針>魔法は使えないのは明らかだ。

 ラングは薪をつかんで奥を照らすようにした。

 見えたのは、やはり熊だった。

「なんで熊ばかり」ラングは火を左右に振って熊を牽制してみた。

 熊は火を嫌がるようではあるが、それ以上に空腹なのか、ラングの方を睨んでいた。

 大きな熊が相手では手練れの戦士でも相応の武器なしでは戦えない。そもそも体格が圧倒的に違うので、まともにやりあったら勝ち目がないのだ。多少の怪我を負わせたところで、近づかれたら人間の手には負えない(ドワーフだとなんとかなるかもしれない)。

 通常は魔法使いもしくは弓兵の支援を受けて、距離を保ちながら戦うのだ。できればそもそも接近しないで終えたいところだ。

 他に使える魔法がないか。

 ラングはふとさっきまで読んでいた内容に思い至った。

 人間は呼吸で酸素を吸い込む。熊も呼吸はしているだろう。だとすれば……。

「一か八かだ。<酸素遮断>!」

 ラングは焚き火に試した呪文を唱えた。


 熊はいきなり目を見開くとパタンと倒れた。しばらく体は小さく動いていたがそれも意識を保った状態ではない。不随意運動だ。

 そのあまりに激烈な効果にラングは青ざめた。

「これじゃぁ即死の魔法じゃないか。あまりにもおそろしい魔法だ」

 即死の魔法はラングももちろん見たことはない。ほとんどおとぎ話に出てくるような魔法で、死を司る悪魔を崇拝する闇司祭が相当に力量の違いのある下位の存在にかけることのできるものとされている魔法だ。

 必要な力量差はかなり大きくなくてはならず、相当に上位の闇司祭でやっと一般市民一人に効果を出せるだけだ。それほどの力量があればそもそも一般市民ではその威圧だけでも意識が遠のくだろうから、現実的な魔法ではないといえる。

 酸素を遮断されるとこの世界の生き物も瞬時に昏倒してしまうのだ。酸素の欠乏でほぼ瞬間的に意識が失われ、手当てしなければ数分で死亡する。

 ラングにとって最初は焚き火を消すぐらいの魔法であったが、これは生物に対しては即死の魔法に匹敵する効果を有していた。しかも相手との力量差によらずに機能するという恐るべき効果を持っていた。魔法に対する対抗力があればあるいは対抗できるかも知れないが、対抗に失敗したらおしまいだ。

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