第9話 帰路と焚き火と魔法実験

 仕事を終えたラングはルーラル町へ戻ることとした。

 急ぐ必要がないので街道沿いに安全に移動できる。だがラングは今回もあえて森の中を進んでいた。といってもまっすぐに突っ切るルートではなく、街道を外れて人気のない場所を通っているという程度ではある。

 ラングがなぜそんなことをしているかというと、入手した本とそこから生み出せる魔法についての検証をするためだった。あのとき<避雷針>の魔法が確かに生じた。そんな魔法の存在は聞いたこともなかったし、そもそもラングには魔法の才能はない。神殿で手伝っていたときに治癒の魔法も学んだが一度も発揮できなかったぐらいだ。

 入手した本は多数あるのでそのすべてに短期間でしっかりと目を通すのは難しい。ラングは簡単・基礎と思われる本を中心に選び出していた。


 早く本を読みたくて気もそぞろなラングは早めに野営の準備を終え、焚き火の前でラングは本を開いていた。

「この部分の要点は炎は<酸素>を必要とするということだな」

 ラングは理科の教科書を読んでいるようだった。

「火の精霊の食物というか力の源のことかな。クッカはエルフだからあまり火の精霊の話を聞いたことはないけど、アイゼンが炉の温度を上げる工夫の話をしていたなぁ。何しろドワーフといえば鍛冶だしね。

「それが<酸素>だとすると<酸素>を遮断すれば火は消え、<酸素>を供給すれば火は燃え上がるということになるわけだ」

 ラングはふと目を上げた。ちょうど目の前に焚き火があった。

 ラングは燃えている薪を1本焚き火から抜き取った。

「<酸素遮断>!」

 ラングが日本語で一声上げると炎は瞬時に消えた。

「これはすごい。これがあれば山火事はずっと楽に消せそうだ」

 さらにもう1本の薪を引き抜いた。

「<酸素供給>! うわぁっ!」

 ラングが唱えると焚き火の炎はぐわっと大きくなった。

 熱さに驚いてラングは薪を放り投げた。

「あちち。あーぁ、手を少し火傷してしまった。けどこれもすごいな。

「どうやらこれらの本はどこか遠くの国の<魔法書>らしい。言語体系がまったく違うからどれほど遠くのものかわからないけど。だから、これを読めるのは<翻訳>スキルのある僕だけだろう」


 明らかに誤解が生じていた。

 落ちていたのは学生らの教科書を中心とした書物だ。現代地球のパラレルワールドである世界の日本の教科書で決して魔法書ではない。

 それなのにラングがそこに記載されている内容を唱えると魔法として具現化している。だからラングは魔法書と思ったのだ。

 いずれラングも気づくように、仮に魔法書ならばラングがそれをちらっと読んだだけで魔法は使えない。少なくとも何もトレーニングを受けずに魔法を使えるはずもないのだ。一般的に魔法使いは数年のトレーニングを経てやっと最下級の魔法を行使できるようになるといわれている。だからこの世界では冒険者グループの最年長者は魔法使いであることが多い。それは当然のこととして知られている。

 だがラングには神より与えられた<翻訳>スキルがあった。

 これまでこのスキルは異種族の言語と人間語との翻訳に活かされてきた。その精度はとても高いとは言え、これまでも通訳はいたし、人間の世界で暮らす異種族の多くは多かれ少なかれ人間語を習得している。だから何の価値もないスキルと馬鹿にされてきたのだ。

 だがこのスキルは神から<御子>に与えられたものだった。そんなつまらぬものであるはずがなかったのだ。

 <翻訳>スキルはすべてを翻訳してしまう。単純な言語上の表現だけに留まらない。異世界の物理法則さえこの世界に合致するように<翻訳>してしまうのだ。異世界とこの世界では物理法則が違う。違うのに<翻訳>するとどうなるか。何しろ物理法則は違うのだから元の物理現象がそのままの原理で生じることはあり得ないわけだ。異なる部分は<魔法>として顕現する以外にないのだ。

 だがラングに異世界転移などという概念は存在しない。だからそれは魔法として認識するしかないのだ。

 そしてラングの手元には今、現代地球のパラレルワールドの教科書を中心とした書物が多数ある。<翻訳>する対象に事欠かないということになる。なってしまった。


「さて次は」

 ラングは別の本も開いてみることにした。

「なになに。人間は呼吸している。うん、それはわかるな。

「呼吸では<酸素>を吸い込んで<二酸化炭素>を吐き出す?」

 ラングは目を丸くした。

「<酸素>ってさっきの? 同じ言葉だが……。人間も火の精霊と同じ?」

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