第8話 エルフ村での仕事と一休み
ラングは移動しながら本に少しずつ目を通した。
本にはこれまでラングの見たこともない事柄が書かれていた。それはそうだろう。現代地球の学生がもっていた教科書などの本なのだ。この世界とはまったく歴史も物理面すらも異なっている。
最も分かりやすいのが理科・物理・化学といった本だった。だがそれを現代地球の理科的な意味で理解することはできず、それらは魔法の記述のように見えた。
そしてそのことはラングにとってたいへん重要なことになった。
<避雷針>と唱えたことで魔法の避雷針が生み出されたのだ。つまり地球では物理現象に基づいている記載内容がこの世界で魔法による現象として機能したことになる。ラングにはそういった意識はないわけだが。
ラングはちょうど火がなぜ燃えるのか、酸素の役割の部分を読んだ。
書かれている内容は端的に言えば燃焼には酸素が必要で、酸素がないと燃えないといったことだ。
だがラングがこれを読むと<酸素遮断>することで火を消すことができる、<酸素供給>で火を増すことができる魔法に見えるわけだ。
そんなことをしているうちにラングはエルフの村へ到着した。
商人の部下が彼を待ち受けていた。
「ふん、なんとか間に合ったようだな」
「たいへんでしたよ」ラングは言った。
「たいへんなのは仕事だから当然だ。すぐに働いてもらうぞ」
横柄なその態度にラングは溜息をついたが、仕事に取りかかった。
商人の契約書の原案にはむしろ罠が仕掛けられていたが、ラングが適切に通訳することで、両者に不利のない公正な形での契約が取り交わされた。
「対して役に立たなかったな」商人の部下は言った。「せっかくのチャンスをふいにしたようだぞ」
「取引が公正でなければ後で大問題になりますよ。エルフはそんなに寛容ではありません」
「そんなことは起きやしないさ。まぁいい。これが報酬だ」
部下は金の入った袋を渡した。
「手数料は抜いてある」
「手数料?」
「そうだ。お前が来るのが遅かった分、待機に諸経費がかかっているのだぞ」
「依頼された日程から遅れていませんよ」ラングは抗議した。
「そんなことはしらん。それなら王都で契約した奴に確認してくれ」部下は取り合わずに立ち去った。
その酷い有様に取引相手だったエルフは顔をしかめていた。
「だいじょうぶですか?」
「いつものことです」ラングは肩をすくめた。
「あんなことを許す必要はないでしょうに」
「いいんですよ」ラングは力なく首を振った。「取引は公正になったと思います」
「とても助かったよ」
エルフは当惑したようだったが、よいことを思いついた。
「そうだ、昼ご飯でも食べに行こう。せっかく取引をよくしてもらったんだ。それぐらいはさせてもらおうじゃないか」
ラングはその日はエルフ村に宿をとった。取引相手だったエルフの厚意でよい宿を安値で紹介してもらったので快適だった。
そこでラングは回収した本を一通り目を通した。
そしてとりあえず理解が容易な本……理科系の本……を中心に選んで読み始めた。
彼の選んだ本のほとんどは小学生の理科・生活の教科書だった……。
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