第7話 (サブストーリー)異世界バスの悲劇

 これはラングの知らない、現代地球(正確に言えばパラレル地球。この地球とは少し異なる)からこの世界へバスが転移してきた経緯のお話。


 九王子学園は九王子市にある大きな学校法人だ。創業者が幼稚園~大学院まで3,6,3,3,4,2,3=24学年の一貫教育を目指して設立した。そのために広大な敷地が必要で、開学当時はまだひらけた場所の多かったこの地へ開学した。

 九王子学園では学年間の交流を大切にしている。学校行事はできるだけ幼稚園~大学院まで一斉で行っていた。1学年300名程度なのだが24学年もあるとそれだけで7200名にもなる大所帯だ。

 さすがに大学院生は少ないと思うかも知れないが、そこまで一貫した教育を目指すこの学園では手厚い研究支援を背景に多くの社会人や留学生を入学させていて、博士後期課程まで含めておおよそ300名ずついる。

 キャンパスも広大ではあるが一つにまとまっていて、最寄り駅からスクールバスが巡回していた。安全性の面から幼稚園生だけはバスが別にあるが、小学生から大学院生まで同じスクールバスを使っている。

 そうなるとほとんど親子ほどに年齢が離れているわけで、スクールバス一つとっても学年間の交流は非常に盛んだった。年長者が年少者のケアをするのは当然のことだし、年長者が年少者に窘められることだってある。幼稚園を大学生が実習で訪れることもあるし、小学生が将来の展望を得るために大学の講義を覗くこともある。

 こういった交流がこの学園ならではの人物を育成していた。


 そのバスも多様な年代の子どもたちが乗っていた。

 その日はあいにくの荒天で学園の敷地内を走るバスも大雨のために徐行していた。敷地内のトンネルに入るとそれまで雨のせいで寒かったバス内の温度が急に上がった。

 と思ったときにはバスは横倒しになっていた。


 突然の事故に学生たちは窓の方へ投げ出された。

「だ、大丈夫?」

 女子大学生が最初に起き上がった。

「無事な人は立って、周りを見て。怪我をしている人を探して」

 さすがは世代間交流の九王子学園。年長者はすぐに周囲を気にしていた。乗り合わせた小学生もおかげで落ち着いている。

 混乱の中、天井(本来の窓)から空を見上げていた中学生が声を上げた。

「あれは!」

 皆も一斉に見上げた。

 窓からにゅうっと巨大なトカゲのような生き物が頭をバスの中へ入れてきた。

 実はそのトカゲは草食動物で人間が襲われることはなかった。

 だがそんなことは彼ら・彼女らにはわからないので、学生たちは慌ててバスから飛び出した。

「荷物は捨てて! 全力で走るぞ!」

 男子大学院生が叫んだ。

 彼自身は踏みとどまり、巨大トカゲと対峙していた。手には彫刻刀を持っている。どうやら芸術系の専攻らしい。その手は恐怖に震えていた。

「お前も逃げるんだよ!」

 バスの運転をしていた男子大学院生(実習の一環だった)はその友人だったらしい。彼の襟首をつかんで走り出した。

 おそるべしは教育効果だろうか。彼らは一団となってトカゲから離れることに成功した。

 だが様子も何もわからない彼らはそのまま森を突っ切ることしかできなかった。

 その先にはオオカミの群れが待ち構えているとも知らずに……。


 メインストーリーから外れてしまうのでこのお話はここまで。いつか詳細を書くときもあるかも知れませんが……。

 

 彼ら九王子学園の学生たちは森を進んでオオカミの群れに遭遇して見つかってしまった。だが彼らは捨て身の覚悟で年少者を守った。オオカミたちはちょうど大きな刈りを終えたところで空腹でなかったこともあって、大けがを負った者が多かったが死者は一人も出さずに逃げ切ることができた。

 だがそのときの逃亡でバスからはずっと離れてしまい、来た道もわからなくなって戻ることはできなかった。まさに無一物で生きていくことになった。

 特殊なスキルが与えられたのでもない彼ら・彼女らは徐々に幾つかの集団に分かれていった。

 大けがを負った者たちが最初に到達した村で離脱した。このまま一緒に旅をすることは不可能だった。そこでとにかく生き延びることだけに専念した。

 それ以外の者も移動するにつれここが地球ではないこと、戻れる見込みもないどころか、そういった情報に触れられるような立場にさえ立てないことに絶望し、この世界で生きていくために定住した。地球で言えば中世に相当するこの世界は情報化社会とははるかに違って、情報に自由にアクセスできるのは貴族だけであったのだ。その情報にしても基本的に口伝によるものだけなので、正確性などあったものではない。

 最後まで地球への帰還を信じて旅を続けた者たちもディスアドバンデージしかない異世界転生ではそのモチベーションは続かなかった。

 最後にはこの世界の住民の中に紛れ込んでいくことしかできなかった……。

 彼らが歴史の表舞台に出てくることはなく終わった。

 それでもそこまで生き延びたことは彼ら・彼女らの誇りで、その子孫に語り継がれていった。2世紀後にはその子孫の一人が九王子学園の思想を真似した学園都市を造るに至るほどであった。

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