第6話 異世界バスと教科書収集

 森の中に都帝バス「九王子学園中央乗り場直通」と書かれたバスが山中に転がっていた。

 バスは横倒しになっている。不思議なことに車両自体には破損はまったくみられない。

 バスの周囲には鞄やその中身が散逸していた。まるで多人数が慌てて何かから逃げ出したような形跡だった。その跡をたどった先にはオオカミの群れがいるのだが……。

 よく見ればスマホもあちこちに落ちていたがどれも動作していない。他にもイヤフォン・ヘッドフォン・スマートウォッチ等の電子機器もあったが、いずれも動作しない。


 その森の中をラングは歩いていた。ルーラルの町とエルフ村の間にある森だ。半島のようにせり出したこの森があるため、ルーラルの町とエルフ村の間の移動には3日かかるのが通例だった。だがこの森を突っ切れば一気に距離は縮まる。

 とはいえ夜に出発しても時間はぎりぎりだ。

 だがちょうどビゴマが森で狩りをしたばかりだ。危険な生き物も少ないだろうと予想(甘い期待)できた。

「なんだ? これは?」

 ラングは横倒しになったバスと周囲に散らばっている荷物に目を丸くした。いずれも見たこともないものばかりだった。

「『九王子学園中央乗り場直通』?」

 当然バスに書いてある文字はこの世界のものではない。しかしラングは車両に書かれていた文字をあっさりと読んだ。

 日本語がこの異世界で標準といった都合のよいことがあるわけではない。この世界でこの文字を読めるのはただ一人このラングだけだろう。その理由はいうまでもなく<御子>であるラングに与えれた<翻訳>スキルだ。

「珍しい本だ」

 ラングは声を少し弾ませた。

 ラングが手に取ったのは「理科 小学5年生」と書かれている教科書だった。

「この文字はみたことがないな」

 そんなことをつぶやきながらもどんどんと読み進めていく。

アント蟻の怪物のことを書いてあるようだけどずいぶんと小さいな。さほど面白みがあるのでもないし物語というのでもないだろうし。それにしても図や色がきれいな本だ」

 この世界ではまだ活版印刷もない。流通している本と言えば人の手による写本か、魔法によるコピーだ。後者は人手によるものよりも貴重で高価だが。

 現代地球の印刷技術によるフルカラーの印刷物はそれと比較するとまさに奇跡の産物だった。特に写真は驚愕だ。

 ラングはしばしその本に見入っていたが、ふと空を見上げた。

「いけない、遅くなってしまった!」

 といいつつも周囲に散乱している書物に目が向く。

「これだけの貴重なものを放置もできないな」

 ラングはうなずくと急いでバッグに入るだけ、手当たり次第に本を拾った。

「生活小学1年生」

「数学高校1年」

「漢検5級」

「国語小学6年生」

「異世界転移したけどジャーナリストになりたい!」

「算数小学4年生」

「……」

 見事にバラバラだった。教科書が多いがそればかりでもない。

 ラングの持っているバッグは魔法のバッグで見た目以上の多くの本が収納できた。このバッグはウィズダム神父からの贈り物でラングが最も大切にしているものだった。このバッグがあったことも、森を突っ切ろうという理由の一つだった。負担になる荷物を最小化して余裕をもって行けるからだ。

 ラングは目についた本すべてを回収した。一方で本以外のものは彼の関心を惹かないようだった。そもそもバスを見たこともないラングにとって、これに人が乗っていたということさえ思いつかなかったのだ。人が乗っているだろうと思えば、彼の行動もまた違って、生存者を探すことになっただろう。

「さぁ、急がないと!」


 そしてその後に嵐と熊との遭遇があったのだ。あの嵐はバス本体はともかくその他の散らばって残っていた荷物を溶かしたり押し流してしまった。つまりあの荷物に触れたのはラングだけとなった。

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