第5話 嫌みな商人からの急な通訳の依頼

 ドスン。乱暴に酒場の扉が開くと、ひょろ長い背格好の男がふんぞり返るようにして入っていた。

 入ってきた男をみると居合わせた客は嫌な顔をした。

 その男は町で羽振りのよい、あまり好かれていない商人の小判鮫のような部下だった。商人本人に輪をかけて相手を下とみると居丈高に振る舞う小物だった。

「ラングはいるか?」

 男は横柄にいった。誰も見向きもしない。

 ラングは立ち上がっていった。「こちらです、ヒョローさん」

「いるじゃないか」

 ヒョローと呼ばれた男は不機嫌そうにいった。

「仕事だ。ショウアクー様がエルフ村で契約書を取り交わす。その通訳だ。明後日の昼、エルフ村だ」

「ちょっと!」クッカが割って入る。「明後日の昼なんて今からじゃ間に合わないじゃないの」

「こっちはラングに仕事をやってるんだ、亜人が余計な口を挟むんじゃない」ヒョローは馬鹿にしたように言った。「ラングの仕事がなくなっていいのかね」

「なんですって!」

「クッカ、まぁ落ち着いて」ラングは言った。「確かに普通なら間に合いそうにないです。でもこれから出発すれば間に合うかもしれません」

「もう夜よ、危険だわ」

「間に合うんじゃないか」ヒョローは嘲笑するようにいう。「ほら、これが前金だ」

 小銭の入った袋を投げてよこす。袋は床に落ちた。

「急いでくれ。遅れたらショウアクー様もお怒りになるだろうな」


 ラングのもう一つの仕事が商売上の契約への立ち会いだった。異種族間での契約書を取り交わす場合、字句の理解が異なる危険性がある。これまでは問題とならなかったので前例を踏襲してきたが、ラングがいればより内容に踏み込んで修正、あるいは一から取引を定めることもできる。

 ラングの<翻訳>スキルの価値を見出していた目鼻の効く商人たちの一部はラングを非難しながらも、そのスキルをさっそく活かしていた。非難することでラングの立場を下げ、相場を低く抑えようというのだ。

 ラングはその目論見を理解していたが、文句はいわずに受注していた。それに便乗してずる賢い一部の商人たちはラングをいわば買い叩いていた。


 クッカたちは引き留めたがラングはすぐに出発した。

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