第4話 救う神ならぬ救う酒場

 与えられた<スキル>が有益に思えない。

 まったく彼自身の責任ではないところでラングは町で非難に晒されていた。直接彼に対して何かを言う者はほとんどいなかったが、彼に関わろうとする者もいなくなった。

 彼が神殿の使いで出かけていっても相手にされないことも多かった。多くは避けられ、ときには小石を投げられることすらあった。

 最後の点はラングにとって最も困ったことだった。彼自身がどう思われてもよいとしても、神殿の手伝いをすることはラングにとっては当然のことなのだが、それができないのだ。


 だがすべての人が彼をおとしめたわけではなかった。

 神殿の仕事ができずに困っていたところ、神殿の仕事で顔なじみになっていた酒場の店主が彼に声をかけてくれたのだ。その酒場でのラングの仕事は主に酒場でのボーイだった。神に与えられたスキルで不遇となったラングを酒場が救ってくれたわけだ。

「おーい、ラングよ」

 がっしりかつ丸い体をしたドワーフ男性がジョッキを上げて言う。

「おかわりをくれ」

「ビールですね。少しお待ちください」ラングはにこやかに答えた。

「私にも」ドワーフと同席していたエルフ女性がグラスを掲げてみせる。

「ワインも。承りました」

「急がないでいいわよ」

「ありがとうございます」ラングはにこやかに答えた。


 その店内ではラングは誰からも冷遇されていなかった。

 一つには客の8割以上が人間ではない、エルフやドワーフといった人間以外の種族であることがあるだろう。<御子>は人間にしか現れないから、そもそも<御子>に対して人間以外は関心がないのだ。そういった人間以外の種族と付き合っている人間たちもラングには同情的だった。


 さらにラング個人が好意的に思われている理由が2つあった。


 1つは彼自身の穏やかな性格と神殿仕込みの懺悔を聞く技だ。

 彼は仕酒場での事の手の空いているときにはよく客の話し相手になっていた。何かを諭すことはないのだが、彼に相談することで気持ちがぐっと楽になる者は多かった。これは神殿で信徒の懺悔を聞くという仕事があって、ラングはたいへん優れたウィズダム神父の手伝いをしていたので、自然とそういった聞く力を身につけていたからだ。


 もう1つは皮肉なことに<御子>として与えられた<翻訳>スキルのおかげだった。彼はこのスキルの効果で他種族と完全にネイティブに会話が可能だった。

 この町で暮らしている人間以外の種族は皆、ここでの生活では人間語で会話をしている。しかしやはり生まれ育った言葉の方が気楽なのだ。

 だから同種族間ではそれぞれの言語で話をするが、他よりも多いといってもここにさほど同種族がたくさんいるわけではない。そもそも同種族だから親密だとか仲がよいといったことがあるわけもない。むしろを故郷を出てきているようだからどちらかといえばよくいえば突出した、悪く言えば仲間付き合いの苦手なタイプが多いのだ。

 ところがラングが相手ならば、それぞれのネイティブな言葉で話しても完全に、一切の誤解もなく通じるのだ。これは普段はいわば外国語で話をしている種族にとってはたいへん心の和むところであった。


 人間にしろそれ以外の種族にしろ、ラングと会話をすることはとても有益だった。傭兵や冒険者と言った粗雑なだが気持ちのよい連中は何か相談・懺悔したいことがあっても、なかなか神殿には近寄りがたい。そもそもそれらの神々を信仰しているのは人間だけなのだ。

 だが酒場なら気兼ねなく、というよりもどちらが目的かわからなくなるぐらいだ。

 ラングと話をするために来るという客も少なくない。それで店も儲かっていた。店主の計らいは決してただの施しではなかったのだ。そこまで先を見通していたのだとすれば恐るべき酒場の主人の慧眼と言えるだろう。


「クッカさん、アイゼンさん、お待たせしました」

 ラングはおかわりのグラスをもって彼らのいるテーブルへやってきた。

 店内は一通り落ち着いてきていた。新たに来店する客はもう既にいなくて、一通りの注文も終わっている。客は皆座って食事をしたり飲んだりしているだけだ。

「ちょっとラング、ここへ座ってよ」

 クッカと呼ばれたエルフ女性が隣の空いている椅子をポンポンと叩いて言う。

 ラングは店主に目を向けると店主はうなずいた。ラングがこうやって客の相手をすることはもはやこの店の商売と言ってもよいぐらいになっているのだ。そこでラングは腰掛けた。

「聞いてよ、ラング。本国の連中ったら……」

 クッカはエルフ国の外交官だった。近くのエルフ村の出身でエルフ国家から外交官としてこの町へ派遣されているのだ。エルフと人間の間の通商を円滑にするとともに、この町でエルフがトラブルに巻き込まれないようにしたり、なにかトラブルに遭ったら手助けするのが日常的な仕事だ。

 ちなみに同一種族が1つの国にまとまっていないのは人間だけだ。他の種族は国家としては1つにまとまっている。それだけ人間が競合の激しい種族だとも言えるし、最も広い地域に住んでいて人数も多いことでもあった。

「仕事の話には秘密っちゅうものもあるんじゃないのかね」アイゼンと呼ばれていたドワーフ男性が言う。

「……そうね」

 クッカは指摘に一瞬口をつぐんだ。

「いいわ。確かにつまらない話だものね。ラングはあの新しいお店は行ったの?」

 クッカはすぐに話題を切り替えてきた。

 ラングは少し目を丸くしてから答えた。

「新しい? あぁ、西門近くの甘味処ですね。いやぁ」

 ラングは苦笑した。

「あのお店の行列は女性だらけで男が一人で入れる空間じゃないですよ」

「何でもクリームを使ったクッキーがとても美味しいという評判よ。あなたが一人で駄目だというなら……」

 そこへ大柄な女性戦士がクッカらのいるテーブルの空いていた席でドスンと座った。「久しぶり」

「ビゴマ、仕事帰りか?」アイゼンが言う。

「そうよ。ラング、急いでビール3杯をおねがい」

 ラングは苦笑するとすぐに立ち上がった。「ビール3杯ですね。すぐにお持ちしますよ」

 ラングがカウンターへ向かうとクッカがビゴマに顔をしかめて見せた。「ちょっと。私の話の邪魔をしないでよ」

「そう?」ビゴマは肩をすくめた。「きづかなかった、すまなかったな」

「もう」クッカはふくれてみせた。

 アイゼンは苦笑していた。「仕事はどうだったんだ?」

「森の巡回と野獣の間引きだけ。つまらない仕事」

 ビゴマは言う。

「エルフ村との間の森で目のついた野獣は狩ってきた。でもそんなに凄い野獣はいなかった」

「お前さんにかかれば凄い野獣もモンスターも大差あるまいに」

「そうかもね。でも猪が最強だったわよ。さすがに私が出て行くほどのことじゃなかった」

「あの森には熊も出没すると思うけど」クッカが言う。

「昨年たくさん狩ったからな。今年は周辺に出てくるほどいないんじゃないか」

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