第3話 青年ラングの不遇な日々

 このようなラングのささやかな幸せな生活さえも15歳のときに瓦解した。


 <御子>には15歳の誕生日に神から<スキル>が付与される。歴史的にも<御子>の授かるスキルは常に世界を何かの分野で揺るがすほどのものである。いずれの<御子>も傑物・英雄などと呼ばれるに相応しい偉大な人物となっている。

 <御子>に与えられる<スキル>は様々だった。


 戦闘系のスキルが与えられることはもちろん少なくない。

 竜を一人で退治した騎士。

 一人で1千もの敵と対峙した戦士。

 常識離れした戦闘能力が与えられたった一人で戦局を一変したり、脅威と言うよりも災害と目されるようなモンスターを討伐したりしてきた。まさに英雄だ。


 それ以外にも様々な分野の傑出した人物が<御子>だった。

 稀代の発明家。この世界でよく用いられている便利な道具の1/4を一人で発明したと言われている。

 天候さえ操作する魔法使い。千年に一度という台風の進路を変えて大勢の命を救った。

 誉れ高き音楽家。今知られている童謡の80%がその作詞作曲だという。


 約100年前に世界を壊滅の危機に晒した<ヴァーヴェル大戦>では地上に<悪魔男爵>が降臨した。<悪魔男爵>は多数の悪魔を召喚し、地上は混沌に包まれた。その<悪魔男爵>を討伐した英雄グループの一人であった神官も<御子>だったと言われている。

 ちなみに<御子>は人間にだけ現れる。そもそも神を信仰している種族は人間だけなのだ。

 英雄グループには他にエルフ、ドワーフがいたと言われている。ちなみにエルフやドワーフといった人間以外の種族は産まれながらに人間よりもずっと優れた素養と長い寿命をもっている。エルフであれば優れた容姿・素早さ・跳躍力。ドワーフであれば頑健な肉体・膂力・工芸加工。他の種族もそれぞれだ。それがさらに長い寿命をもつので結果として人間よりも遙かに優れた能力を有する個人が少なからず存在する。

 もちろんこれは人間を基準とした評価であって、それぞれの種族はそれぞれの出自がある。


 <御子>は他にも統治者あるいは商人・芸術家などとして非常に優れた成果を出した者たちばかりだ。少なくともつまらぬ成果を上げた者はいない。いずれも非常に優れた存在であったから、<御子>に対する期待は当然ものすごく高いものがあった。


 その期待のためにラングの15歳の誕生日にルーラルの町は騒然としていた。

 神殿の前の広場には大勢の町民が集っていた。

 ラングに<スキル>が与えられ、それが発表されるのを待ち望んでいるのだ。見物客を当て込んで多数の屋台も出ている。もはや完全にお祭り騒ぎである。


 外の喧噪をよそに神殿の中は静まりかえっていた。多くの神官は神殿周辺の交通整理と警護に当たっていて出払っていてほとんど人がいなかった。

 ラングは礼拝堂で一人座っていた。彼の表情は困惑している人のそれだった。

 彼自身は自分が<御子>であるという意識はほとんどない。彼自身の生まれついての性格とウィズダム神父の導きもあってそのようなことで驕ることはなかったのだ。それに世界を一変させるような力と言われても、もともと平凡な彼の暮らしぶりからすればとても想像できるものではなかった。彼の人生はこのルーラルの町を中心にしており、町から出ることすらほとんどなかったのだ。

「安らかであれ、ラング」

 ウィズダム神父が彼を探してやってきた。

「外には多くの市民が集まっているな。それはそなたにとって望むところではあるまいが」

「正直なところ困惑しています」ラングはうなずいた。「そもそも私は本当に<御子>なのでしょうか?」

「誕生の日に神託が下ったことは間違いない。神託は偽れるようなものではない。もちろんそのことは承知していることと思うがね」

「ですが……」

「確かにそなたが戦場に立っている姿も、強豪と競り勝つ商売もイメージはできぬ。芸術的センスも平凡なことだしな。

「だが神託は疑うものでもない。なにか神がそなたに期待することがあるのだ。それを共に喜ばんとする市民に応える必要も、また、あるだろう。少なくとも神殿としてはその期待になにがしか応えぬ訳にもいかぬ」

 ラングはため息をついた。「わかりました。その神殿の立場は理解できます」

「うむ。それでは行こうか」


 ラングはウィズダム神父に連れられて本殿前の広場に立った。

 神父が神々への祈りを捧げる。

「神々よ。人々を守りし神々よ。ここにあなた方の導きし御子が立っています。

「御子は神々からのスキルを受け取ることのできる年齢へと至りました。

「御子は両親を亡くすという不遇にもかかわらず、正しき道を歩んで参りました。決して驕ることもありませんでした。

「御子が必要とされることがこの地上に何であるか我々は知りません。

「この者にスキルを与える神がどなたであるか我々は知りません。

「この者にどのようなスキルが与えられるのか我々は知りません。

「どうかこの者にスキルを与え、それを明らかにしていただけませぬでしょうか」

 神父は<スキル>の付与とその神託を祈念した。

 すると神父の体が白い炎に包まれた。

「神が降臨なさったぞ!」

 見守っていた市民から声が上がる。

「どの神様だ!」

 神父は地上からすぅっと浮き上がった。

『我はリブレ』神父の口から神父の声で神父のものではない声が発せられた。

 それは書物の神の名前だった。

 これには市民はどよめいた。

 これまでの歴史で書物の神がスキルを与えたという記録はない。最も多いのは戦の神グエレ、獣の女神べーティや未来予知の女神プレイフェであることも少なくない。だが書物の神リブレが<スキル>付与のために降臨したことはないはずだった。

『ラングに与えるスキルは<翻訳>である』

 神父を包んでいた白い炎が伸びてラングを包んだ。

 そして一層の強い光を放つと白い炎は消えた。


 神父は疲れ切ったように地面に着地すると膝をついた。

 ラングは慌てて神父に手を貸して倒れないように支えた。


 見守っていた市民らは困惑していた。

「<翻訳>だって?」

「<翻訳>じゃ戦えないし、商売もできないだろう?」

「亜人種たちだって人間の言葉を話せるしな」

 ちなみに亜人種という言い方をするのはごく一部の人間だけである。そもそもエルフなどの種族と人間の間には本質的な関係はない。ただし魔法的な効果なのか、種族間での交配の事例はある。「亜」というような要素は何もないのだ。

「地上は平和だもんなぁ。実はスキルなんて要らないのじゃないか?」

 人々は勝手に落胆して解散していった。

「これじゃぁ商売にならないよ」集客を見越していた屋台ではそんな風にこぼす声も聞こえた。


 ラングは何一つ誇っても喧伝もしないのに、勝手に期待して・勝手に集まった人々のその発言はラングの心を斬りつけるようなものだった。だがラングはぐっと堪えて神父を休ませられる場所まで連れて行った。

「お加減はいかがでしょうか?」

 ウィズダム神父は汗をぬぐった。「そなたには辛辣なことになってしまった。すまぬ」

「神父に落ち度のあることではないでしょう」ラングは肩をすくめて見せた。

「だがあのような場で<スキル>付与を行わなければ……」

「そんなことをしたところで、いずれにしてもすぐに知られるところだったでしょう? それに神から与えられる<スキル>は天恵、頂き物に過ぎません。これでなすべきことがあるならばなすまでです。なすことがないのならばスキルもないものと同じです」


 だがそうは簡単にいかなかった。

 勝手に期待した市民の多くは一方的に裏切られた気持ちになっていたのだ。ラングには一切の落ち度がないのに、まるで彼が<御子>として横暴に振る舞っていたかのようにして彼を責めたのだ。

 ラングが神殿の手伝いで町へ出てもろくに相手をしてもらえなくなった。

 多くの市民は冷ややかな目を向けるだけだったが、彼に向かって直接、誹謗中傷したり、通りを歩いているとぶつけられることもあった。

 まさにいじめの構図がそこにはあった。

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