第32話 画竜昇天
そのまま離宮で一泊し、明け方、霊亀の
案内の者を追い越して、慌てて
「父上!」
「思ったよりもお元気そうで、安心いたしました」
「
「ええ」
心配性な息子達に苦笑しながら、
「政務の方は大丈夫なのか?」
「お気になさらず」
そう言った息子達の立派に成長した姿に、安心したように
「そうか……」
「眠っておるそうだ。突然倒れた私に動転して、気を失ってしまったらしい」
それを聞いた
「そうですか……」
「後で見舞ってやってくれ」
「分かりました」
「何故、お倒れに?」
「倒れた原因は?」
「恐らく
「
「もちろん、天帝に教えていただいてから何度も
そう言って、自嘲する
「そのような……」
「これもまた、私の天命なのであろう」
「父上……」
諦観した様子の
「私は、このような罪深い身で、随分と優れた子に恵まれたものだ。最早、憂いも思い残すことも何もない。ただ、この身が果てるのを待つだけだ……」
「父上!?」
「
慌てる
「そうか」
「だが、長くはなさそうだ……。きっと、俺達に心配をかけないように、随分と無理をして隠していたのだろう」
「ああ。こんなに酷くなるまで……」
その日は、離宮に泊まった二人であったが、政務もある為、
−−数日後、
「残りは、『麒麟の
「そうだな……」
「それにしても、麒麟と出会うのさえ難しいと言うのに、その
「全く……。仁の獣である麒麟を傷つけるなど、天帝の逆鱗に触れ、自ら国を滅ぼすようなものではないか」
「国を守る為に龍を昇天させたいのに、その過程で国を滅ぼしては本末転倒だな」
「では、どうする?
「ああ。取り敢えず、何も分からなくても、午後から登城するように伝えてある」
「そうか」
そこへ、急いだ様子の
「陛下。先程、離宮の方から連絡があり、前皇帝の容態が急変し、明日まで保たぬやも知れぬと……」
「そうか」
「離宮へ行かれますか?」
「いや。傍には母上が居られる。俺は、俺のすべきことを成さねば、父上にも顔向け出来ぬ」
「そうですか」
午後から、
「
「申し訳ありません。麒麟の
「そうか……」
皆一様に肩を落とし、残念そうな顔となった。
「このまま、ただ麒麟が現れるのをずっと待っている訳にも行かぬのであろう?」
「そうですね。麒麟の
「そうか。お主の勘は当たるからのう」
「麒麟の
「一つ、試してみたいことがあります」
「何か方法があるのか?」
「我が名はなんだ?」
「
「まさか……」
「そう。我が
「ですが、御身を傷つけるなど!」
「何、己の身一つでこの国が守られるのならば、君主として本望ではないか」
「陛下!」
「
「あの。
それに
「それでは我が身惜しさに天帝をたばかったとお怒りを買いはしまいか?」
「では、如何致します?」
「……やはり、我が身を差し出す」
今まで静かだった
「
「いいや。そうはならない。お前がいる」
「バカ言うな! 俺にお前の代わりは務まらない。新しい法案はどうする? 道路の整備は? 工芸品は? 全てが道半ばだ。そんな中途半端な状態で投げ出すのか?」
「
「いいや、そんなことよりも、
「落ち着け、
握りしめた、
「そうだ! 麒麟の絵を描いて、その
ピリピリしていた空気は霧散し、皆の肩が下がる。
「それでは、絵を描く為に用いた塗料に含まれている
顔から険の取れた
「じゃあ、どうすれば……」
皆が悩み、途方に暮れていると、その場に凛とした神々しい声が響き渡った。
——我が名を持つ者よ。
声のする方へと視線を向けると、幻の瑞獣、麒麟の姿が目に入り、皆一様に、瞠目する。
麒麟はそのまま話し続けた。
−−其方達のその高潔なる心に応え、この
それをもって、画竜に息吹を与え、天帝に国の守りを請うがよい。
「ははー」
そして、麒麟から差し出された
「貴方様の御慈悲に心より感謝申し上げます」
あまりの速さにその姿は瞬く間に
「まさか、鳳凰だけでなく麒麟をこの目で見ることが叶うとは……。陛下の御代は天帝に認められたということであろう。大変喜ばしいことじゃ。これでもう、陛下に退位を促す愚か者は完全にいなくなるであろう。良かった、良かった」
その横で、
立ち上がり、窓から天を見上げた
それに
「ああ。後は準備して、目を描き入れるだけだ」
皆、休むこと無く、作業へ移った。
誰にも見つからぬように、そのまま
手分けをして玉を磨り潰し、粉末にしたものを液状にした
出来上がった塗料を霊亀の
その瞬間、煌めきが増し、光を発したように見えた。
「わー、何とも不思議な色の塗料ですね」
「ああ。玉の色とも、
鳳凰の羽と連理の梧桐の枝を用いた筆は、
「準備は出来た。さあ、
「
「宜しいのでしょうか?」
皆、力強く
「
そう言って、
「その通りじゃ。そなたなら、大丈夫」
「
「
「さぁ、
「分かった。取り敢えず描いてみる」
震えそうになる腕を叱責して、遂に目を描き入れた。
その瞬間、龍が浮き出し、辺りに雷が鳴り響いた。
「うわっ!?」
そうこうしている間に、龍が
「成、功?」
「龍が昇った!」
「
「うん」
すると、こちらの龍も直に壁を壊して、天へと昇って行ってしまった。
今度は、直に壁から離れた為、尻餅をつくことはなかったが、余りの風圧に目を開けていられなかった。
風が弱まり、目を開けた
「龍、居なくなったね」
それに、
「ああ。壁自体が無くなったな」
「柱のお陰で崩れずにいるが、直に修繕しなければな」
そう言って、
そこには、嬉しそうに天を翔る四体の龍の姿が見えた。
「これで守りは完璧となったのか?」
「ああ。多分な」
____________________________________
※
(ちなみに、実際に翡翠の粉末を麒麟竭の樹脂で溶いて塗料を作ったことはないので、上手く出来るかは分かりません)
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