第27話 滅火をして復た燃えしむる能わず



 辺りが闇に閉ざされた頃、章絢ヂャンシュェン達は作戦通りに動き出した。


 松明たいまつかれたとりでは、闇の中に浮かび上がって見える。

 それによって、その堅牢けんろうさがより浮き彫りとなった。

 とりでは、先のとがった丸太が並ぶ高い塀で囲まれ、入り口も見張りが付き閉ざされていて、侵入するのも逃げ出すのも、その番人達を倒さなければ難しい。

 だが、出来るだけ穏便に済ませるのが今回の目標である。

 飛燦フェイツァン国民である番人達を倒さずに、作戦を遂行することが出来ればそれに越したことはない。


 先ず、泰潔タイジェが使者としてとりでへと乗り込んだ。

 万が一に備えて、直ぐ傍の物陰に章絢ヂャンシュェン昇月シォンユェが武装して控えている。

 そこよりもう少し離れた場所には、章絢ヂャンシュェンからの指示があり次第、とりでに潜り込んで、鍛冶場などを破壊する為に、他の仲間達が準備万端でその時を待ち構えていた。



「王城よりの急使でございます! 至急、取り次ぎ願う!」

 泰潔タイジェは、急いで報せに来たと伝わるように、息を切らせ汗を流して、急使の役を演じる。


「何だ? そなたは?」

「私は、画家の張泰潔ヂャンタイジェと申します。飛燦フェイツァン王が亡くなられ、王太子様の命により、こちらに報せに参った次第。こちらの長にお取り次ぎ願う」


 何故、トン国人の画家が急使として来たのかと、疑問に思いながらも、泰潔タイジェの態度が堂々としており、また伝えられた内容が内容だった為、番人の一人が慌てて長に報せに走った。


 残ったもう一人の番人が、ジロジロと泰潔タイジェの全身を眺め観察する。

「お前、トン国の者だろう? 密偵ではあるまいな?」 

「私は十年程前にトン国から飛燦フェイツァン国へと参りました。それ以後、王宮にて宮廷画家をさせていただいております。お疑いならば、王宮の方へとお問い合わせ下さいませ」

 泰潔タイジェは相手の目を射貫くように見て、そう言った。


 その言い様に、番人は面白くないとばかりに、「フン」と鼻を鳴らした。


 もう一人の番人が直に戻り、泰潔タイジェに中に入るように命じた。

 その際に、さっと身体検査をされたが、泰潔タイジェは直ぐに持っていた護身用の小刀を彼に預けることで、害意がないことを示した。


 ちなみにこの小刀は師君シージュンインである。

 ずっと牢にいた彼が、武器を持っているはずがない。

 だが、何故、それを持たせたかというと、王宮からこのとりでに来るまでに、普通ならば険しい森の中を通らなければならない。

 だと言うのに、あまりに軽装備ではそれこそ疑ってくれと言わんばかり。

 急使を名乗るからには、それなりの装備が必要であった。

 それを、師君シージュンの力で補填ほてん出来たことは何よりの僥倖ぎょうこうと言える。



 中へと案内された泰潔タイジェは、椅子にどっしりと腰掛けた、大柄な髭面ひげづらの男の前に、ひざまずかされた。


「王宮からの使者と言うのはお前か?」

「はっ! どうぞこちらを……」

 泰潔タイジェは、長と思われる男へと書状を渡した。


 書状を受け取った男は、さっと目を通し、泰潔タイジェへといぶかる目線を向けた。

「ふむ。ここに書いてあることは誠のことか?」

「はっ! 今、城内は王の葬儀、その後の新王の即位などで慌ただしくしております。こちらへの使者も出せる状況ではなく、私にまでその任が回ってきました。ですので、出来ますれば、一旦こちらの機能を停止して、新王が即位するまで、王城の方の手伝いをお願いしたいとのことにございます」

 一息にそう言って、頭を垂れた泰潔タイジェを、長はじっと観察する。


「うーむ。直には、回答出来ぬ故、朝まで考えさせてもらおう。国にとって一番の不幸があった時故、もてなしは出来ぬが、朝まであちらで休まれよ」


 長の指示を受けて、傍近くで控えていた男が、泰潔タイジェについて来るようにと促した。

 泰潔タイジェは、長へと簡単に挨拶し、案内の男に付いて行った。


「ここだ。入れ」

 案内された部屋は、まるで独房のようであった。

 入り口で立ち止まっていた泰潔タイジェは、男に背を押され、部屋の中に入ったと同時に扉を閉められた。

 直に、戸を開けようとしたが、びくともしない。

 どうやら鍵をかけられたようだ。


「どういうことだ!」

「俺達は、お前を信用した訳ではない。あの書状に偽りがないか判明するまでは、ここにいてもらう。死にたくなければ、大人しくしていることだ」

 その言葉を残して、男は去って行った。


「クソッ!」

 泰潔タイジェは思わず拳で、戸を叩いた。


「あんた、静かにしてくれよ。眠れないじゃないか」


 まさか自分以外に人がいるとは思っていなかった泰潔タイジェは、びくりと肩を跳ね上げた。


「誰だ!?」

「あんたこそ誰だよ」

「俺は王宮からの使者で、泰潔タイジェという」

「ふーん。俺は幽楽ヨウラってもんだ」

幽楽ヨウラ? 幽楽ヨウラだって!?」

「ああ」

「もしや、十年程前にトン国から飛燦フェイツァン国へと連れ去られて、王宮の牢に暫く居た、あの幽楽ヨウラか?」

「ああ。その幽楽ヨウラだ。あんた、まさか!? ……あの時の?」

「ああ。一緒の牢に入っていた画家だ」

「そうか、そうか。また、牢のようなところで再会するとは、どんな奇縁だ。こりゃ、驚いた」


「だが、何故、ここに?」

「まあ、何だ。暫くは、王都の方の鍛冶場で働かされたんだが、そこの奴らと色々とめて、このとりでに送られて来たのが、七年程前になるか。それから、ここでも馬車馬のように働かされて、あっという間に年月が経っちまった」

「苦労したんだな」

「お前さんも、だろ?」

「ああ。色々あった。色々……」

 泰潔タイジェは、ニマとの出会いや逃げた日々のことを思い、遠い目をした。


 再び、幽楽ヨウラの方へと視線を向けて、尋ねる。

「ここに入れられたのは何故だ?」

「ああ。俺達、トン国の人間は逃げ出さないようにと、夜の間はこの鍵付きの部屋へと入れられる。まるで、奴婢奴隷のような扱いだ」

「そうか……」





 −−一方その頃、章絢ヂャンタイジェ達は注意深くとりでの様子を探っていた。

 泰潔タイジェが中に入って行って、暫くすると、一人の男がとりでから出て行った。

 恐らく、書状の内容に間違いがないか確かめる為に、王宮へと向かった者と思われる。

 だが、それ以外に思った程の混乱が起きているようには、感じられなかった。


「まずいな……」

 章絢ヂャンシュェンは思わずつぶやく。

 その独り言に、返事をするように隣に居た昇月シォンユェが言った。

「彼は、捕まったかもしれないな」と。


 返答があるとは思っていなかった章絢ヂャンシュェンは、目を瞬いた後、「ああ」とうなずいた。


「やはり、そう簡単には行かなかったか……」

「強行突破するか?」

「そうするしかない、か」

 章絢ヂャンシュェンはそう言って、肩を落としたが、直に立て直し、一旦、少し離れて控えていた味方の許へと下がった。

 その顔を見て、シュ都事とじが小声で尋ねる。

リー侍中じちゅう如何いかがされましたか?」


 章絢ヂャンシュェンささやくように返答する。

「どうやら、作戦は失敗したようだ。これから、強行突破に踏み切ろうと思うが反対意見はないか?」

「こうなっては、行かざるを得ないでしょう。急がなければ、彼の身が心配です」

「ああ。番人は、俺と昇月シォンユェで倒す。その後に、我らに続いて中へと入れ。その後は、作戦通りに各々の役割を果たせ。良いな?」

 皆、章絢ヂャンシュェンうなずき返して、肯定の意を示した。



 章絢ヂャンシュェン昇月シォンユェは目にも留まらぬ速さで、番人達を気絶させた。

 あまりに一瞬のことで、倒された番人達は自分の身に何が起こったのか分からなかったことだろう。


 章絢ヂャンシュェン達は、すかさずとりでの中へと入った。

 その後、物陰に隠れながらも、敵に出会すと一太刀で伸し、音を立て無いように気を配った。


 鍛冶場などの破壊は他の者に任せ、章絢ヂャンシュェン昇月シォンユェ泰潔タイジェを救出する為、居場所を探った。


 二人がある建物の外を歩いていると、部屋の窓が開いていたようで、中なら声がれ聞こえて来た。

 二人は静かに耳を澄ませる。


「……王が亡くなられたと言うことは、このとりではどうなってしまうのでしょうか?」

「そうだな。王太子は、戦争反対派だからな。このままでは、潰されてしまうかもしれないな」

「宰相閣下が黙ってはおりませんでしょう?」

「ああ。既に、王太子一派を排そうと動いておられる。我々は、ここから動かずに、宰相閣下からの勝ちどきを待っていれば良い」

「なれば、先程の王太子の手の者と思われる使者はどうしますか?」

「彼奴の名は聞いたことがある。王もうなる程の画家だそうだ。殺すのは惜しい。暫くはここで絵を描かせて、王城が落ち着いた頃に宰相閣下に献上しようではないか」

「はっ! ……そういえば、トン国から最近遣って来た奴らは、殺しやっちまっても良いですか? 特に餓鬼がきどもが、ギャーギャーうるさくて、いい加減、我慢の限界ですよ」

「まぁ、鍛冶屋と女以外は、いなくても問題ないか。好きにしろ」

「ありがとうございます」



 中の会話を盗み聞きしていた二人は、険しい表情をしてささやき合う。

章絢ヂャンシュェン

「ああ。彼奴らは、ここで始末しておいた方が良さそうだな」


 章絢ヂャンシュェン昇月シォンユェは、裏口らしきところから建物の中へと潜入し、次々に敵を撃ち、先程話声が聞こえた部屋へと辿り着いた。

 突如、入り口から表れた二人に、長と側近の男は、驚愕し、慌てて臨戦態勢になった。


「お前達は、何者だ?」

 長が二人を牽制けんせいするように尋ねた。


「答える必要があるか?」

 章絢ヂャンシュェンは言外に死を告げた。


「そんな軽口を叩けるのも今のうちだ!」

 言い終わると同時に、長は章絢ヂャンシュェンへと斬り掛かった。

 章絢ヂャンシュェンは余裕でその剣を弾き、一太刀で斬り伏せた。


「口程にもない」

「全くだ」


 昇月シォンユェもあっという間に側近を斬り伏せていた。


 昇月シォンユェは一瞬で長の首と胴を切り離し、髪を掴んだ。


「これを見せたら、他の奴らも少しは大人しくなるだろうからな」

「そうだな」

 章絢ヂャンシュェンは顔をしかめて、嫌そうにしながらも肯定した。


 部屋を出た二人は、未だ見ていない奥の方の部屋に泰潔タイジェがいないか確認してから、建物を出た。


 そして、隣の建物の方へと潜入する。

 二人は、一部屋一部屋確認していった。

 どうやら、この建物は下っ端の者達の寝所だったようだ。

 皆、昇月シォンユェが生首を見せると、一様に気を失い、更に酷い者は失禁していた。


「弱っちい奴らばっかりだな」

 章絢ヂャンシュェンは、鼻を摘みながら悪態をつく。


「こんなんでトン国に勝とうとしていたんだとしたら、笑っちまうよな」

 昇月シォンユェもそう言って、鼻で笑う。


「ああ、全くだ」

「で、こいつらはどうする?」

「戦意のない下っ端は、放っておいても構わないだろう。……やはり、この建物にはいないか」

「そうだな。次へ行こう」


 後に二人は、とりでに現れた死神として、生き残った下っ端達に語り継がれ、恐れられることとなる。

 この時、とりでにいたトン国人が皆消えてしまったことから、トン国は死者の国とのうわさも同時に伝え広がることとなった。







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※「天地之性、能更生火、不能使滅火復燃。(天地のせいあらためて火を生ずるも、滅火をしてた燃えしむるあたわず。)」……自然界の性質として、いったん火が消えたあと、あらためて火を起こすことはできるが、消えた火をまた燃え上がらせることはできない。[論衡]

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