第24話 章絢の夢想
謁見の間で
身構えて、戦闘態勢に入ろうとしていた
「これは、どういうことでしょう?」
「お前達を牢に入れるようにとのご命令だ。連れて行け」
上官と思われる男がそう言って、部下達に指示を出した。
兵達は、従順な
そして、
兵達が去ると、
「私達をどうするつもりでしょうか?」
「直に殺すつもりは無いようだが……」と言い、
「戦争の開始時に、合図として本国へと我々の首を送る心積もりやも知れません」
文官の一人がそう言って、唇を噛む。
その言葉に、皆が渋面となった。
質素な食事を与えられ、暫くすると、牢にカサカサという衣擦れのような音が聞こえて来た。
皆、沈黙し、耳をそばだてた。
黒い衣を頭から被った人影が、檻の前で止まり、小声で話し掛けて来た。
「貴方がフルの息子?」
牢に不似合いな女性の声で問い掛けられた
「フル」とは、
「貴方は、もしや?」
「私はこの国の王妃。そして、フルの従姉妹よ。ごめんなさい。手荒なことになってしまって。私では、貴方達をここから逃がすことも出来ない」
泣きそうな顔で
「いえ、貴方の
「貴方の名前は?」
「
「そう。やはり貴方がフルの……。何処と無く彼女と似ているわ」
「そうでしょうか?」
彼女の言葉に、
「ええ。フルの葬儀には参列出来なくてごめんなさい」
「いえ。あの時は、体調を崩されていたと聞きましたから……。今は、もう?」
「ええ。大丈夫よ。あの時は、ショックのあまりに気力が無くなってしまって、お別れの挨拶をすることも出来なかったのは、後悔しているの。フルとは本当の姉妹のようにして育ったから……」
「そうですか……」
「フルは幸せだったのかしら?」
「えっ? どうでしょう? そう、だと良いのですが……」
「そうね。こんなに素敵な息子がいるんですもの、きっと幸せだったと思うわ」
そう言って、顔を
「ずっと、気に掛かっていたのよ。私が二人を引き会わせてしまったようなものだから……」
「母から聞いています。貴方の婚礼の折に、この国を訪れて、父と出会ったと」
「フフ、あの子と貴方の父親は、お互いに一目惚れだったようだから。
「そうですか……」
彼女の話を聞き、
「何とかして、貴方達を逃がすようにしてみるわ。ごめんなさい。もう行かないと」
「王妃様! もう一つだけお教え下さい」
「何かしら?」
「ニマ王女のことを」
「ニマだと?」
「王様!?」
王の登場に、王妃が
「お前、もしやニマの行方を知っているのか?」
そう言って、王は
その拍子に、
「この絵は、ニマ!?」
王妃の言葉に、ハッとした王は絵をマジマジと眺めた。
「ニマ……。何故、お前がこの絵を持っている?」
「それをお話する前に、お聞きしても宜しいでしょうか?」
「何だ?」
「王女の行方をお知りになったら、どうなさるおつもりですか?」
「はっ、そんなのは決まっておろう? ずっとニマを探しておったパサンと結婚させてやらねば」
「パサン」とは、
「そうですか……。ですが、彼女には他に思っている御方がおられるようですが?」
「何?」
「父親として、彼女の望みを叶えて差し上げようとは思われませんか?」
そう言った
「何を馬鹿なことを言っておる。王族に生まれた者にそのような自由はない。一官吏に過ぎぬそなたには、そのようなことも分からぬか?」
「フン。そんなもの
「何と、下品な……!」
「王よ、聞くが良い。王女は、不帰の客となられた。この地を踏むことは二度と無い」
「嘘をつくな!」
王は激昂し、
「やめて! この子はフルの子よ! 貴方は、
「黙れ!」
王は諌める王妃を突き飛ばす。
「キャッ!」
「王妃様!」
後ろで控えていた、官吏の一人が声を上げ、転んだ彼女に駆け寄った。
怒りが収まらない王は、控えていた牢番から棒を奪い取り、檻の隙間から床に転がった
「うっ」
「やめて!」
王妃の静止を無視し、王は何度も、何度も
下手に王を刺激し、他の者達が害されるのを
「
そんな時だった、急に王が苦しみ出した。
「うっ。くっ」
地面に崩れ落ちた王の身体を、王妃が揺する。
「王? 王! お前達、王を早く運んで、侍医を呼びなさい!」
王妃は顔面蒼白となり、取り乱した様子でそう命じた。
官吏達は、慌てて命令に従う。
「はっ!」
王を抱えた彼らと、王妃は慌ただしくその場を後にする。
そんな遣り取りを頭の片隅で聴きながら、
−−
* * *
−−ここは、
「母上! 綺麗なお花がいーっぱい咲いているよ!」
「この花は、
「そうなんだ!」
嬉しそうに話す母親に、幼い
「池に咲いているのは
「寵妃って、なあに?」
「王に最も愛されている妃のことかしら?」
「じゃあ、母上は父上の寵妃なんだね!」
「ふふ。そうかも知れないわね」
そう言って、大輪の花が咲くように皇后は笑んだ。
夢の中の場面が切り替わる。
−−今度は、食堂か?
「母上ー! 見て! 今日は
「そうね」
はしゃぐ
「でも、すごいごちそう? 今日は何かあったの?」
そう言って、
彼女は、小さな
「今日はね、あなたの本当の誕生日なの」
「えっ!? もっと先じゃないの?」
「ええ。これはあなたを守る為なのよ。決して誰にも言っては駄目よ。でも、陛下と
「はい。天帝に誓って、誰にも話しません」
鬼気迫る様子の母親に、
彼女は、それに安堵の息を吐き、
「ええ。良い子ね」
だが、当時の後宮で横行していた毒による暗殺の脅威を少しでも取り除く為、皇后は妊娠の可能性に気付くと、病と称して、早急に
そして、更に数ヶ月後、
ひっそりと信用出来る者だけで、
更に、誕生したのは公主であると性別も偽った。
その為、それによって、より生存の可能性を上げたのだった。
力が弱く、
そして、
「
「やめて下さい、母上。私は、母上に感謝しております。皇太子、ましてや皇帝など、私は望んでおりません。こうやって、穏やかに過ごせたことを感謝こそすれ、
「いいえ。いいえ、
「それならば、これで良かったのです。ありがとうございます、母上」
「
−−この頃からであったか、母上の身体が弱り、寝込むことが増えていった……。
私が皇子として過ごすようになったことで、
母上を守らなければと、必死に勉学や武芸に打ち込んだものだったが、今思えばそれも他の者達の
母上、浅慮な俺を許して欲しい……。
また、場面が変わり、皇后の今際の際の姿が浮かぶ。
−−母上の死に顔は、とても安らかなものだった。
少しは安心させてあげることが出来たのだろうか?
母上……。
更に、場面は変わる。
「
「
「
「それは……」
「駄目か? 私のことをそのようには見られないだろうか?」
「違うの。嬉しくて……。私で良いの?」
「
「うっ、ひっく……」
「泣かないで、
「うっ。私、待ってる。ずっと。だから、いつの日か、貴方の妻にして下さい」
−−ああ、
そうであった、母上が亡くなって沈んでいた時に、
だが、結婚するまでは本当に長かったな……。
思いが通って、八年後、やっと求婚出来た時は、一仕事を終えた、何とも言えない達成感を得たものだった……。
「
「
「
「ええ、私はあなたの翼、あなたは私の翼です。そして、連理の枝のような夫婦となりましょう」
「
「
* * *
「−−……ん!
「
「大丈夫か?」
「ああ、あれは夢だったのか……」
−−だが、夢の中で母と
それに、あれは実際に過去にあった出来事だ。
今更、あの頃のことを夢に見るとは……。
「何のことだ?」
「いや。何でも無い」
−−
何としてでも、俺は君の許へと帰って行くから……——。
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