第4話

「姉さん、大丈夫……じゃないよね……」


扉越しにヨハンの声が聞こえてくる。今は誰にも会いたくない。どうしても鍵を開ける事が出来なかった。


「ご飯、扉の前に置いておくから……。姉さん、また後で来るからね」


足音が遠ざかって行くのを扉越しに確認してから、扉を開けた。トレーの上に軽食とお茶が置かれていた。ヨハンがいてくれて、救われる。彼が弟で本当に良かった……。



流行りは廃れるのも早い。三ヶ月もすれば、飽きて来たのかパッタリとフィオナに縁談話は来なくなった。


両親等は残念そうに、つまらなそうにしていたが、フィオナは酷く安堵した。実はこの数ヶ月、学院を休み部屋に引き篭もっていたのだ。登院した所で、とてもじゃないが勉強など出来ない。引き篭もっている間も婚約者と名乗る者達が引っ切り無しに訪ねて来たが、フィオナが扉を開ける事はなかった。両親達からは扉越しに怒鳴られたり罵られたりとしたが、無視していたらその内に諦めた。単純で諦めの早いのは何時もの事だ。

だがその所為で時折、両親等とその婚約者等が揉めている声が屋敷に響いていた。


違約金を返せ!詐欺だ!と。

正直意味が分からない。婚約は物見や遊戯でもなければ、自慢話をする為にするものでもない。本来ならば家の為、或いは愛する者が一緒になる為のもの。あの様な人間達を目の当たりにして思う。この世は傲慢で下らない人間ばかりだと……。



フィオナが三ヶ月ぶりに登院すると、やはり遠巻きにひそひそとされる。だが、もう別にどうだって良い。言いたい人間は好き勝手に言えばいい。下らない、つまらない人間ばかりだ。半ば自暴自棄になり、開き直る。


フィオナは淡々と物事をこなした。どうだって良い、どうだって良い……。人間なんて醜くて、つまらない、下らない、下らない下らない下らない……。

感情が溢れ出し、心臓が熱く感じてくる。昔からたまにある現象だ。悲しみや憎しみなどの負の感情を感じると心臓が妙に熱くなる。

特に最近はあんな事があり、毎日感じている。まるで焼かれている様だ。


「驚いたな、君は……まさかこんな所で」


放課後、馬車へと向かう為足早に歩いていた時だった。正面から人が歩いて来るのが見える。フィオナは俯いていたので、足元しか見えていなかったが、男子生徒と言う事だけは分かった。すれ違うと思われた男子生徒の足はフィオナの前で止まる。

そして訳の分からない事を言われた。


「……こんなに美しい人を見たのは初めてだ」


瞬間呆然とするも、あぁ、そうか、彼はまだあの流行りの遊びをしようと言うつもりか……と理解した。彼はきっとあのハンスと同じ種類の人間なのだろう。まるで恋をしたかのように装って、人の気持ちを弄ぶ。そして、最後に地獄に堕とす……タチが悪い。

だが生憎、フィオナにそんな気はさらさら無い。そんな下らない遊びに付き合ってあげる義務も義理もないのだと今更ながらに分かったのだから。












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