第3話

「姉さん、僕だよ。開けて?」


扉を叩く音に、フィオナは覚束ない足取りで扉へ向かう。

まる三日まともに食事も水分すら摂っていない。ヨハンが何時もの様に運んで来てくれるが、食べる気力は無かった。


「何か食べないと、身体に毒だよ」


そう言いながらフィオナの好物であるパート・ドゥ・フリュイを差し出す。


「これなら食べれるかなって、思ったんだけど……」


眉根を寄せ、心配そうにフィオナを見てくる。ヨハンの気遣いや優しさが伝わってきて、唇を噛み締めた。


「ありがとう……ヨハン」


礼を述べヨハンから菓子の乗った皿を受け取る。一粒摘み、口の中へ放り込む。甘い……身体に染み込む。


「さあ、姉さん。お茶にしよう」


弟お陰で少しだけ元気になれたフィオナは、微笑する。すると、ヨハンは微笑み返してくれた。


ハンスから婚約破棄をされて、半月程経ったある日。何時もと変わらず学院の廊下を歩いていると、見知らぬ青年に声を掛けられた。


「初めまして、フィオナ嬢。突然だけど俺と婚約してくれないかな?」


これを境に、悪夢の様な日々が始まった。







「フィオナ、お前に婚約話がきている」


毎日の様にヴォルテーヌ家には、フィオナ宛の婚約話が舞い込む。始めは理由が分からなかったが、五回目の婚約者が教えてくれた。


『君の婚約者になれば、その仮面の下の素顔を見る事が出来るんだろう?』


そう言われた。

今社交界では、フィオナの素顔が一体どれ程のものなのか……そんな下らない話で持ちきりらしい。事の発端は、ハンスだ。彼が友人にフィオナの顔を見た事を話し、それが瞬く間に広がった。


婚約者になれば仮面の下を見る事が出来る。


元々、好奇の目に晒されていた。きっと皆、仮面の下の顔が一体どれくらい悍ましいのか興味津々だったのだろう。しかもそのアザは、ただのアザではない。魔女の呪いなるものによって出来たと言う事もあり、怖いもの見たさもあるだろう。


「もう直ぐ、婚約者の方がお見えになるわ」


母は嫌な笑みを浮かべている。父や姉、妹も同じ顔をしていた。見ているだけで気分が悪くなる。面白がっているのがよく分かる。しかもそれだけではない。婚約破棄されれば、多額の違約金が手に入る。

別にヴォルテーヌ家はお金に困っている訳ではない。寧ろ、他の貴族の家よりある方だ。だが、浪費家である父や母達は湯水の様にお金を使うので、この状況は願ったり叶ったりなのだろう。何しろ、娘の顔を見せるだけで、多額のお金が次から次へと手に入るのだから……。


本当に、惨めだ。これではまるで珍獣だ。違約金と言う名の見物料……そして、元婚約者等は社交の場で武勇伝の様に自慢して、フィオナをこき下ろし愉しむ。その話を聞いた男達は流行りに乗り遅れまいと、挙ってフィオナへと縁談話を打診してくる。


「私、新しい指輪が欲しいわ」


「えー、お姉様ずるい!私だって、新しいドレス新調したい!ねぇ、良いでしょう?お父様〜」


元婚約者が帰った後、愉しそうな家族の声が遠くで聞こえてきた。その声に身体が震えた。

先程元婚約者から言われた言葉が頭から離れず、苦しい……。

これまでだって、色々と言われてきた。慣れている。だが、無意識に涙が流れてしまった。


『うわぁ、これは酷いな。想像以上だ。あんたさ、良くこんな顔で生きてられるな。俺だったら、無理無理、即死ぬわ』


フィオナは、その場で蹲り暫く動けなかった。





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