episode11 第6話

「さっきも言ったが、ご主人は犬の次に米好きでの」

「ええ」

 だから、イネコって名前を付けたんだよな。

「時に、そなたは食べることが好きかの?」

「はい。人並みには」

 何の質問だ? そもそも食事が、嫌いな人なんてあまりいないだろ?

「だが、世界にはその日食べるものにさえありつけない者もいると聞く。昔に比べれば少しはマシになったとはいえ、まだまだ深刻な食糧不足問題は存在している。ご主人はそんな飢餓に苦しむ国の人たちのため、かねてから、自分が好きな米をお腹いっぱい食べさせてあげたいと研究を続けていた。栄養価も生産性も高い穀物を作りたいとな」

 俺はてっきりご主人は、生物系の遺伝子工学が専門だと思っていたが、作物、農業系の人だったのか。まあ、遺伝子工学者にとって生き物も植物もそこまで違いはないのかもしれないな。

「それで、つい先日、度重なる品種改良と遺伝子組み換えの結果、理想的な米の生育に成功したのじゃ。病気にも強く、品質や収穫量も高い米じゃ。成分分析や食味検査も問題なく完了し、ようやくお腹を空かせた者たちを満腹に出来るのだと、ご主人は大層喜んでそいつをお腹いっぱい食べた。ワシもご相伴にあずかったが、味も触感もとても素晴らしかった。その上コストもかからない、いいことづくめの米じゃと思っていた」

「思っていた?」

 うなずき、イネコは話を続ける。

「しばらくして、その米を口にした生物に異変が起きた。一時的だったが、軽い体調不良に陥った。米の摂取により、有害物質が体内に残留することが分かったのじゃ」

「それじゃあ、ご主人とあなたも……」

 たしか、お腹いっぱい食べたと言っていたよな?

「いや。ワシもご主人も、息子にも何の影響もなかった。他の動物も種ではなく、各個体で影響のありなしが発現した。再度、米の成分も分析してみたが、生き物の害になりそうなものは見つからなかった」

「なら、何らかのアレルギーとかでしょうか? お米アレルギーとか?」

「流石は探偵さんだ。いい着眼点をしているな」と褒められたが、イネコはかぶりを振った。

「度重なる調査の結果、影響のありなしに、ある遺伝子が関係していることが分かった。結果、ご主人の米は失敗作だったのじゃ。人によって健康被害が出る食べ物なんて流通させられんからの。まぁ、遺伝子組み換え食品の作成はそう簡単に成功するものではない。ご主人も失敗作を廃棄し次の研究へと取り掛かろうとした。しかし、研究所の上層部はなぜかその遺伝子組み換え米を欲しがった」

「毒になる米なんですよね? そんな米をなんのために?」

 イネコは片目をつぶり、「そこじゃよ」と人差し指を立てた。

「今までも、何度も失敗作を作ってきたが、そんなことはなかった。しかし、今回のものを何故欲しがったのか? その理由が不可解じゃった。それ故、ご主人は不審に思い研究データを密かに隠し、ワシは組織について調査をした」

 前々からどこか怪しいと思っていたからのと、自慢げに語るイネコ。

「そこで、ワシはその研究所の重大な秘密を知ることとなったのじゃ」

「秘密?」

「そうじゃ。その結果、ご主人と息子は拉致され、研究所から別の場所へ連れ出されることになった」

 口封じ? あるいは、強制労働か、はたまた……。

「それほどヤバイ秘密、ということじゃ。だからお主に今話せるのはここまでじゃ」

「え?」

「これ以上知ることは、そなたの命にかかわるやもしれんからの。勝手で申し訳ないが、ここまでの話しで依頼を受けるかどうか判断して欲しいのじゃ」

 いい所で話を切ったな。続きが気になって仕方がない。しかし、イネコが言うように、この先の話は興味本位で聞かない方がいいのだろう。『好奇心は猫を殺す』とも言うしな。

「それで依頼は、研究所の組織に拉致された、ご主人と息子さんの捜索ということでよろしいでしょうか?」

 改めて依頼内容を確認すると、イネコははっきりとうなずいた。

「拉致されたご主人の救出までは望まぬ。まずは、二人の現在位置の探索を依頼したい」

 さて、どうしたものか……。

 腕組みをしてコンクリートの天井を見つめる。

 犬猫捜し以外で、俺が直接依頼を受けるのは初めてだ。差し当たって、今現在取り掛かっている依頼はないので受けることは可能ではあるが……。

 これまでに何度も、ペットと言う名の『家族』を捜索してきた。だが、今回はだいぶ毛色が異なっている。捜索するのは、人類未踏の遺伝子組み換え生物を生み出せるほどの研究を行い、人を拉致するほど危険な組織ときている。命がいくつあっても足りないだろう。そうなると、依頼料だってかなり高額に設定する必要がある。

「失礼なお話ですが、依頼料はお持ちでしょうか?」

 何はともあれ、こいつがなくては話にならない。コンビニ探偵は安価な依頼料が売りとは言え、タダ働きは出来ない。

「手持ちの現金はないのじゃが、これでどうかの?」

 そう言うとイネコは自らの胸の間に手を突っ込み、子袋を取り出す。子袋には綺麗な宝石が入っていた。

「どれほどの価値があるのか分からないのじゃが……」

 俺には宝石を鑑定するスキルがないので、その価値は分からない。

 しかし、イネコは自分のもっとも大切なものから引き離されたのだ、何百万円もの価値がある宝石だとしても躊躇なく差し出すだろう。

 俺はイネコの心中を想像する。

 例えば、オヤジやナナコがさらわれ、どこかに閉じ込められているとしたら……。

 手のひらに爪の痕が付くほど握りこぶしに力が入る。

 イネコ自身、落ち着いて見えるが、今にも飛び出して行きたいのを我慢しているのかもしれない。なのにわざわざ時間を取り、自身の身の上話もしてくれたのだ。それは、現状、イネコ一人では捜索が難しく、誰かの力を必要としているということにもなる。

 そんな人の依頼を、むげに断ることは出来そうにない。

 ならばと、俺は自身を納得させるための質問を投げかける。

「一つお尋ねしたいのですが……。イネコさんは、ご主人と息子さん――家族を愛していますか?」

「愛している!」

 即答だった。

 まっ、確認するまでもなかったな……。

 これで、もう迷いはなくなった。

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