episode9 第91話 エピローグ(終)
エピローグ
「う~ん」
暑い部屋の中、俺は調査報告書とにらめっこしていた。
旅行から帰って来て一晩経っても、いまだに頭を整理出来ていなかった。
今回の依頼はただの護衛任務だったので、『無事、任務完了』と書けばいいのだが、どう考えても、無事とは言い難い結果に頭を悩ます。
色々あり過ぎて何から書けばいいか分からない。
ノートパソコンの液晶に映る真っ白い文章。それから目を逸らすように、大の字に寝転がり天井を見上げる。
白い天井だ。
まずは、クルミ、いや、トワのことか。彼女は――。
『ああああぁぁぁぁ~~』
俺は寝返りを打ち、扇風機に向かって咆哮する少女に視線向ける。
Tシャツがぬるい風を受け、はためいている。
やっぱり旅行に行く前よりも大きくなっている。以前はすっぽりと隠れていたお尻が今は見えそうになっている。
ナナコは明らかに成長している。
オヤジによれば、この急成長は、ナナコが戦闘中に見せた超スピードに関係しているらしいとのことだった。
発動条件は不明だが、ナナコが極限まで集中することで、ナナコの時間だけが高速で進むらしい。
長い間成長が止まっていたナナコ。そのため込んでいた時間を消費することで、自身の時間のみを急速に進めることが出来たのではないかとオヤジは見立てた。
時間が加速している間、ナナコには俺たちがゆっくりに見え、俺たちにはナナコが加速しているように見えるらしい。
その影響なのか、ナナコは急成長した。言うなれば、浦島太郎の玉手箱の煙をちょっぴり浴びたようなものだ。
オヤジの理論が正しければ、実年齢を追い越すことはないと思うが、自分だけ時間の進み方が違うなんて、俺だったら頭痛が起きそうな話だ。
当のナナコは、そんなものはどこ吹く風で、長い髪をたなびかせている。
『ああああぁぁぁぁ~~』
無頓着なんだか、大物なんだか……。
今回の任務ではこいつにはかなり助けられた。とは言え、
「俺のお古のTシャツを着るのは禁止だ」
「なぜだ? これが一番落ち着くんだ」
ナナコはシャツの胸を引っ張り匂いを確かめる。そんなことをすれば当然、シャツの裾は押し上げられる。
「なら、見えないようにしろ。お前だって、一応女の子……、なんだからさ」
「何が見えているんだ?」
「スカートかズボンを履けって言ってんだよ」
首を傾げるナナコに、俺は顔を逸らして注意する。
なるほどと納得し、「武蔵はスカートとズボン。どっちがいいと思う?」と雌ヒョウのような怪しげなポーズで質問してくる。
「俺? そうだな~」
そう言われ何故か考え込んでしまう俺。
「何をそんなに悩んでいるのかしら?」
木製のお盆にアイスを乗せたオヤジがやって来る。
「暑いわね~。もうすぐ修理に来ると思うんだけど……」
「まっ、それもいいさ。夏、なんだからな」
そう言いながら俺は、お盆に乗った5つの内の1つを選び取り口へ運ぶ。
「夏はやっぱりこれに限るな」
ガジガジ君(ソーダ味)が身に染みる。
オヤジがノートパソコンを覗き込み、
「苦戦しているみたいね」
俺は肩をすくめて応える。
「報告書もそうだが、依頼自体もオヤジが何も教えてくれないから苦労したよ。一歩間違えれば、俺なんか海の藻屑になっていた所だ。よく無事で済んだと思うよ」
「まぁまぁ、何もなかったんだからいいじゃない」
パンパンと背中を叩いて笑うオヤジ。
良くないっての……。
「護衛依頼とは別に、オヤジはトワちゃんの引き取り手を捜しの依頼も受ていたみたいじゃないか? 富田さん、俺たちがトワちゃんを預かってくれると思ってたくらいだ。富田さんが考え直してくれなければどうしていたんだ?」
「けど、結局は収まるところに収まった……」
でしょ? と、オヤジは意味深にウィンクしてみせた。
「もしかして、こうなるって最初から全部分かっていたのかよ?」
「まさかぁ~。全部偶然。タマタマよ。物事は全てタマタマの産物よ」
俺は思わず鼻で笑う。
「まったく、オヤジは……」
この人の頭の中には、脳ミソの代わりに金玉でも入ってるんじゃないのか?
「最初から結果を知っているなら、教えてくれてもいいんじゃないか?」
俺にくらい……。そう言いかけてやめた。そんなことをすれば、本当に自分が信用されていないような気になる。
「あら、武蔵ちゃんはクイズの答えを初めから知っておきたいタイプかしら?」
「んなこたぁないけど……」
俺はあんたの何なんだよ……。
「アタシは、ドウテイが好きなの」
一体何の告白だよ。
「アタシは、そこまでの道程(みちのり)を……。そこにたどり着くカテイを大切にしたいのよ」
「はいはい」と適当に返事をする俺に、
「ミチさんとトワちゃん。二人は家族なんですもの」
低い声でオヤジは言った。
「それにね。一度家族になったら、捨てるとか、やめるとかいう選択肢なんてないのよ。傷つけても、傷つけられても、いつだって、共にあるもの。それが、家族なんじゃないかしら」
ポタリ――。
ポタリ――。
ガジガジ君(ソーダ味)の雫が床に垂れる。俺は残りのアイスを口に入れてかみ砕く。頭がキーンとした。
何故か満足そうにオヤジは白い歯を見せて笑う。
俺は、頭の中でこんがらがっていた糸がすっきりとほどけていくような気がした。
「ったく、やっぱオヤジにはかなわないな」
ガキの頃のから何度そうして来たか分からないが、二人で顔を見合わせて俺たちは笑った。
と、事務所の呼び鈴が鳴る。
「はーい」
ナナコはTシャツの裾をひるがえして玄関へと向かった。
それを見て俺は小さく呟く。
「やっぱり、ズボンだな」
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