episode9 第88話

 それから、座古田が言ったように、グラサンたちは撤収作業を始めた。戦いの爪痕は残ってはいるが、奴らが持ち込んだものは綺麗に回収していった。

 その間、富田は一人、海を眺めていた。俺は何か話でもと思ったが、オヤジに「そっとしておいてあげなさい」と目で合図されたのでやめておいた。

 しばらくすると他の連中は引き上げ、ヒマワリ畑には俺たちだけが残っていた。

 辺りはまだ薄暗いが、水平線の先が今にも白んできそうな雰囲気だ。

 俺は腕時計を確認する。もうすぐ始発が動き出す時間か。

 俺たちも引き上げた方がいいだろう。

「オヤジ、俺たちもそろそろ退散するとしようか?」

 バイクの点検をしていたオヤジが顔を上げる。

「そうね。ゴールデンボール号も問題なさそうだし、アタシは一人寂しく帰るとするわ」

 はいはい、と肩をすくめてみせる俺に、

「疲れたなら乗せてあげましょうか?」

「いいよ。オヤジのバイクにまたがってニケツなんて、運チンが高くつきそうだ」

「分かってるじゃない」

 お互いに何のことだかよく分かっていないが、二人して馬鹿笑いをした。

 そんな下らないことを話していたら、ナナコとクルミも集まって来た。

「帰るのか? わたしも丁度お腹が空いていた所だ」

 バナナにかぶりつきながらそう言ってのけるナナコに、クルミは苦笑いを浮かべた。

「ナナコはともかく、クルミちゃんの方の体調はどんな感じ? なんともない? 俺、クルミちゃんの電源が止まって、記憶が全部消えたって思って……。だから、てっきりもうみんなのことを忘れてしまったんだと思ったんだけど、やっぱりただスリープモードになっただけだったの?」

 握手をしたクルミの手はほんのりと温かかった。

「いえ。それが不思議なのですが、確かに私の意識はこの体から消失しました。スリープモードに移行しただけなら、ある程度周りの状況を把握出来るのですが、それは不可能でした。ですので、電源供給は完全に停止していたはずです」

「それって、どういうこと?」

 俺は背中に嫌な汗を感じた。

「私にもいまだによく分かっていないのですが……」

 そう前置きをすると、クルミは淡々と説明を始めた。

「気が付いたら、私は闇に包まれていました。何もない空間。前後左右、上も下も、闇に包まれていました。目を開けているのか、立っているのか寝ているのか、自分の体が存在しているのかさえ判別出来ませんでした。もっと言えば、私が何者であるのかさえ分かっていませんでした。

 それで、私は自分が死んだのだと認識しました。だけど、この感覚には覚えがありました。自分でも変なことを言っているのだと思いますが、私は一度すでに死んでいたのです。そして、私はまた死んだのです。そう理解したら少しだけ頭にかかっていた靄が晴れ、次の瞬間、私はこの姿で一人暗闇の中に立っていました。

 死ぬのも二度目だと慣れたものです。色々と観察する余裕がありました。

 暗闇で何も見えませんでしたが、耳を澄ましてみると、どこからともなく水の流れる音がしたんです。他に行く所もなかったので、自然と足がそちらへと向かっていました。

 音が近づくにつれ、私は砂利石を踏みしめているのに気付きました。それからどのくらい歩いたでしょうか? すぐだったようにも、長い間歩いていたようにも思いますが、ともかく、私の目の前に音の正体が姿を現しました。

 そこには、川がありました」

「川?」

 それはいわゆる、三途の川という奴だろうか?

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