episode9 第87話
と、ピロピロと電子音が鳴った。
発生源を特定するため辺りを見回すと、オヤジが打ち倒し積み上げた男衆の一人がフラフラと起き上がった。
「はい。大丈夫とは言い難い状況ですが、問題ありません」
スマホに向かって喋るグラサンをかけた男。野郎、無事だったか。
グラサンは、寝転がった男たちを起こしていく。ここまで来て、奴らも無謀な戦いをするほど馬鹿じゃないよな? そんなことを考えながら、立ち上がっていく屈強な男たちを見ていると、ザーと雨降り音がした。
『もしもし? 聞こえますか?』
雨降り音に続き、スピーカーを通したような声がした。これは、ザコタの声か?
そう判断し、俺とオヤジは急いでそちらへ向かった。
富田が突然の出来事に驚き、尻もちを付いていた。
『富田教授、探偵さん、聞こえていますか?』
また声がした。しかし、ザコタもナツキも口は動いていない。
「はい。聞こえています」と富田が返事をし、俺たちに「どうやら、ナツキ君の内部スピーカーで音声を届けているようです」と説明してくれた。
ザーと砂嵐の走る音に続き、『良かった』という呟き声。
『私です。座古田です』
何!? 本物の座古田が、今さら何の用だ?
「こんばんは、富田です」
驚く俺に対し、富田は普通に頭を下げて挨拶する。
『富田教授……。申し訳ございませんでした。私のコピーロボットに裏の顔があるのは薄々気付いてはいたのですが、まさかこんなことになるとは……』
「見て、いらしたんですね?」
『ええ。ナツキの視覚を通して。映像や音声の参照権限だけはあったので、状況は理解しています。コピーロボットの動作中は管理者権限を奪うことが出来ませんでしたが、コピーロボットが機能停止した今、私が管理権限を行使出来るようになりました。ですので、ナツキをリモート操作して私の声を届けています』
「そうでしたか。座古田主任がこの子の暴走を止めて下さったのですね。ありがとうございます」
動かぬナツキに向かって頭を深々と下げる富田。
『そんな……。頭を上げてください。私には感謝の言葉を聞く資格なんてないのですから。富田教授には謝罪してもしきれないことを、私はしてしまったのです』
「お気になさらないで下さい。彼は座古田主任ではないのですから」
『いえ、あいつも間違いなく、私、なんです。そして、今も私の胸の奥に、奴は存在しています』
頭を下げたままの富田。ナツキの向こうでは、座古田も同じ格好をしているのかもしれない。
二人の沈黙が耳に痛い。
『敗者の弁に耳を傾けて貰うのは心苦しいのですが……』
そう前置きを述べ座古田は続ける。
『富田教授、私はあなたに負けました。私は自分が技術者としては大成できないのは知っていました。ですから、技術者の道を諦め、管理職の道を選択したのです。しかし、心のどこかでそれを諦めきれない自分もいたのです。それゆえ、あなたに勝負を挑まずにはいられなかった。けれど、結果は火を見るよりも明らかでしたね。あなたは最初からナツキの不完全さを見抜いておられた……。完敗です……。技術者としても、男しても、親としても……』
「そんなことは……。自分はただロボットの欠陥に気付いただけです。だから、私が勝ったことなど何もありません」
『オカマの方、いますか?』
首を傾げる富田をよそに、座古田はオヤジに声をかける。
「ここにいるわよぉ~ん」
ナツキの前に躍り出るオヤジ。
『あなたにはお礼を言わせてください。あなたの言葉、グサリと胸に刺さりました。『子は親の操り人形ではない』、『親が子に受け継がせていいのは愛と希望だけ』。まさに仰る通りでした。そして、気が付きました。私は、私が最も憎んでいた人たちと同じことをやろうとしていたんだって……』
「そう……」とオヤジは優しく相槌を打つ。
『だからなのでしょうか? 神様は全部分かっていたから、私に新しい命を授けてはくれなかったんでしょうね。どうして、自分ばかりがと、ずっと思ってきましたがようやく理解しました。もしもあのまま、何の苦も無く子を授かったとして、私も座古田家の渦に取り込まれ、同じことを繰り返したはずですから……。そう……。いつかはこの負の連鎖は断ち切らなければいけない。それを行う役目が、たまたま私だったというだけの話に過ぎないのでしょう……。あなたのおかげで、同じ間違いを犯さずに済みました。重ねてありがとうございました』
「いえいえ。アタシは座古田さんの背中を押しただけに過ぎないわ。その答えを導き出したのは、あなた自身の強さよ。これからも頑張ってね、パパ」
『パパ? いえ、私は……』
「けれど、永遠を誓い合った人は、まだご健在なのでしょ?」
『しかし、彼女には私のことが……』
「たとえ、あなたを忘れていたとしても、あなたと紡いだ時間は、愛は永遠……。一度胸に灯った愛の炎はそう簡単に消えはしないってことよ」
『…………』
「それとも、あなたの方の炎が消えてしまったのかしら?」
『そんなこと、ありません! 私は今でも! ナッちゃんのことを!』
全力で否定した座古田の声に、オヤジは口の端を上げて微笑む。
「なら大丈夫ね。アタシの名前は、近藤むな志。そのアタシが言うんだから間違いないわ」
座古田は、『コンドーム、ナシ?』と呟くと、楽しそうに笑った。
『やはり、あなたは大したお方だ。最後に話せて良かった』
「最後? 座古田主任はこれからどうするのです? このままあの研究所にいるのですか?」
富田がハッと何かに気付いたように、座古田に問いかける。
『さて、どうでしょう? 教授の勧誘に失敗したのです。もう既に私の席はないかもしれません。そして、これからしようとすることを考えると、とてもとても……。それに、これ以上、富田教授に迷惑はかけられませんから』
「これからすること?」
『実は私は今、研究所にいます。主任権限でどこまで出来るか分かりませんが、富田教授の記録は抹消しておきます。そうすれば、もう誰もあなたを訪ねては来ないでしょう。ただし……』
そこまで言うと、なぜか座古田は言葉を途切らせた。
『ただし、そのためには、同時に娘さんのデータも消す必要があります。それでも、全てを消去してよろしいでしょうか?』
「問題ありません。娘はここにいます」
富田は自身の胸を指さすと、迷うことなくそう告げる。
『やはり、あなたならそう言うと思っていました……。私も最後の仕事を必ずやり遂げます。そちらの撤収作業はすでに始めさせていますので、安心してお帰り下さい。では、通信はこれで終了します』
それを聞いて、「あの!」と富田が声を上げて前に出る。
「私は知り合いの会社にご厄介になるつもりなのですが、座古田さんも一緒にどうですか?」
『ありがとうございます。しかし、勝者が敗者にかける言葉は不要。私とあなたの道はすでに違っているのです。私は私の道を歩いていきます。もう一人の自分と共に……。困難な道だと思いますが、これからは、私は私の心の素直に生きていくつもりです。何より、今はただ無性に妻の顔を見たくなりました。そう……。妻に、彼女に、ナッちゃんに、今すぐ会いたい! それでは失礼します』
清々しいくらいに爽やかな声で通信を終えた座古田。
寄り添うように抱き合うザコタとナツキ。これが、本当の座古田が夢みた未来なのかもしれない。だから、奴にとって、仕事より何より、自分の本当に大切なものに気付けたのだろう。
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