episode9 第86話
今のうちに何か攻撃をした方がいいんじゃないかと、オヤジに目線を送る。
と、ナツキが唐突にその場から走り去る。
向かっているのはナナコがいる方向、その先のザコタ目掛けて突進していった。身構えるナナコには目もくれず、ナツキはザコタを抱え上げ、抱き締める。そして、大声で泣き叫んだ。
「わああん! あのお兄ちゃんが、イジメるよおおおお!」
腕に力が込められ、そのままベアハッグの格好になる。
ギリギリと万力のように締め上げられるザコタ。体がミシミシと軋みを上げ、くの字に曲がる。
曲がってはいけない方向へ体を逸らせながら、ザコタがもがき苦しむ。しばらくすると、ボキッ! と何かが折れる音がした。ザコタの体がだらりと二つに折れ曲がる。そのすぐ後、ナツキの動きも止まった。
辺りが静寂に包まれる。
「やった――のか?」
思わず口をついて出た言葉に、
「みたいね」
オヤジが同意した。
確認のため、ザコタとナツキをつついてみたが、確かに二人共動作を停止していた。触れたボディも、徐々に冷たくなっている。凶弾に倒れたクルミのように……。
――クルミ?
そうだ。あの時、ナツキの背後から足を押さえていたのかクルミだった……。あれは、俺の見間違いだったのだろうか?
それを確かめるために、俺たちがさっきまでいた方に振り返って見る。俺の目に飛び込んできたのは、
「クルミー!」
と、叫びながら、大ジャンプでクルミの胸に飛び込むナナコの姿だった。
クルミはナナコを支えきれず、二人して地面に倒れ込む。
「痛いよ~。ナナコちゃん」と言ってクルミが笑う。少女二人が仲睦まじく寄り添っている。それは、この旅で何度も見た光景だ。
クルミにナナコの記憶があるのか?
どういうことだ? 富田の話しでは一度電源供給が停止すれば、クルミが保持している全ての記憶データは消去されるという話だったが……。
近づいて来た富田に訊ねてみたが、富田にもその理由は分からないとのことだった。
「みなさんがヒマワリ畑を飛び出した後、あの子がむっくりと起き上がったと思ったら、後を追うように走って行ったのです」
もしかすると、完全には電源供給が停止していなかったのかな?
となると、こいつらも完全に沈黙しているとは断言出来ない。俺はもう一度ザコタとナツキの様子を伺った。
俺の意図を汲み取ったのか、富田も二人の体をチェックしてくれた。
「物理的に故障したザコタはともかく、ナツキは何で動作停止したんでしょう?」
「恐らく、生まれたばかりだったのか、疑似人格として十分に成熟していなかったのでしょう。人は失敗し成長すると共に痛みを学ぶ生き物です。あのゲンコツはこの子の初めて知る痛み。それを上手く処理出来なかったのかもしれません。元々、高い負荷ががかかっていた所に、痛みの感情を処理しようとした結果、オーバーロードを起こし、機能が停止したんだと思います」
「なるほど」と分かったつもりの顔をする俺に富田は、一人の人格に多くの物を詰め込み過ぎて、新しい刺激を受け入れる遊びを持たせる余裕がなかったのだと付け加えた。
「戦闘データを大量にインプットするなら、敵味方の識別信号を判別させるだけの単純な仕組みにしなければ……。いえ、しかし、座古田主任は親子というものにこだわってしまった。複雑な親子関係は簡単には疑似人格に刷り込むことが出来ないはずです。それだけで、機能がパンクしているのかもしれない。だとすると……」
説明に徐々に熱がこもっていく。
苦笑いして見せる俺。富田からすれば、分かりやすく説明しているつもりなのだろうが、余計に頭がこんがらがる。
正直、クルミの無事が分かって、富田も混乱しているのだろう。本当ならすぐにでも駆け寄りたいと思っているはずなのだが……。しかし、難問にぶち当たった時、その問題を自分の中で整理するために、他の作業に没頭したくなるのも分からないではない。安全確認を富田に任せ、俺はザコタたちから離れた。
「お疲れ様」
オヤジが水筒のコップを差し出してくれた。
「オヤジこそ、怪我はないか?」
「ええ。まったく。ケがなくなっちゃったわよぉ~。今なら生まれたての頃の武蔵ちゃんのようにツルツルよぉ~」
体をくねらせて軽口を叩くオヤジ。
「ったく。心配して損したよ」
呆れ顔を浮かべながらも、俺は心底安堵していた。いつもこうやって面白おかしく茶化しているが俺は知っていた。オヤジが俺に心配をかけないように無理をしていることを。本当なら立っているのも辛いはずだ。だが、それが親の役目だというなら、俺は子として、素直にオヤジにその役目を全うさせてやりたいと思う。
富田親子のような関係もあれば、俺たちみたいな変な親子の関係もある。けれど、親が子の心配をするということだけは、どの親子でも一緒なのかもしれない。
受け取った水を口に運びながら俺は、背中で二つ折りになったザコタを見る。
「座古田のもう一つの人格……か。少し可哀そうなことをしたな」
「そうとは限らないんじゃないかしら?」
オヤジはこと切れたザコタの顔を示して言った。
「授かることが出来なかった息子に、最後にあんなにも抱き締められてイケたんだもの。満足だったんじゃないのかしら」
確かにザコタはベアハッグで締め付けられ、苦しんではいたが、なぜかその腕を振りほどこうとはしなかった。それは奴が本質的には父親だったからなのだろうか? それは本人しか分からないことだが、俺は素直にうなずいた。
「かもな……」
改めてザコタの方に視線を送ると、物言わぬその表情はどこか幸せそうに見えた。
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