episode9 第73話
「ったく、使えん奴らばかりだ」
「お帰りはあちらになりまーす」
軽い口調で下り坂を指し示すオヤジ。
「まあいい。時間稼ぎは出来た。そろそろ補充が届く頃だ」
そう言うと、ザコタは腕時計を確認して空を見上げた。
上空を風切り音が通り過ぎたと思ったら、大きな物体が落ちてきた。ズシン! と辺りに鈍い衝撃音が響く。
高所から高速で落下したのか、水蒸気が発生し、シュゥゥ~~と湯気が立っている。
靄が晴れていくと、デカい人型の影が見えた。拳を地面に当て、片膝をついている。その体格はオヤジを優に超える。目算でも2メートル以上、全身を筋肉が覆っているのが見て取れる。
こいつが、ザコタの言う所の補充か。外見から察するにレスラー? まさかゴリラを降って寄こしたんじゃないよな。うつむき、かがんだ姿勢のまま微動だにしていない。
と、その巨体の脇から、小柄な男が姿を現した。
別の新手か? と身構えるも、その背格好にほんの少し警戒を解く。
縁側で茶でも飲んでいるようなのんびりした雰囲気のお爺さんだ。
白髪頭に、小顔で糸目の、吹けば飛んで行きそうな老人が、後ろ手に腕を組んでいる。白衣の代わりなのか、白いチャイナ服の胸部には陰陽太極図がプリントされている。
連中の仲間ならば、さすがに普通のお爺さんではないだろう。裏家業の闇医者か、マッドサイエンティストといったところか。
立派な白いアゴヒゲを摘まむように撫でる。
「いやはや、急な呼び出しとは言え、ジェットで降下させられるのは老体には堪えるね」
ぼやきながらストレッチを始める老人。
「遠いところまで、わざわざお呼び立てしてしまって」
今まで高圧的だったザコタが急に低姿勢になる。
それ以上に気になるのは、このお爺さんも巨漢と一緒に空から降ってきたのか? つまりは、この老人と巨漢も人間ではないということになる。
「先生のお手を煩わせてしまい、申し訳ございません」
「それが、ワシの仕事ね。問題ないアルよ」
ないのかあるのかどっちなんだよ?
「今回は楽しめるといい。相手誰ね?」
「奴です。陳(ちん)先生の敵ではないと思いますが、かなりの強敵です」
ザコタに指さされたオヤジを舐めるように見つめるチン。
「時に、派遣の連中はどした?」
ザコタが戦闘不能になった奴らを示した。
「ほぉ~。これを一人で? 少しは食いでがありそうね。ぶちのめすから、待つよろし」
糸目がわずかに開く。
深呼吸し、足を開いて中国拳法のような構えをする。体の周りの熱が蒸発でもしているのか、オーラをまとったように発光して見える。
「チン先生? その構え、小柄な風貌……。まさか、あなたは、あのチン=コクサイ?」
「知っているのか、オヤジ?」
緊張しているのか、オヤジの額には冷や汗がにじんでいる。
「もろちんよ! サイレントキラーの二つ名を持った生きた伝説。噂に聞こえた暗殺者。音もなく背後に忍び寄り、風が通り過ぎただけで、悪の要人の息の根を止めて回った逸話は有名よ」
何だか生活習慣病みたいな二つ名だな……。
「その伝説にちなんで、母国では『風が吹けばチンコクサイがタマを取りにやって来る』って、親の言うことをきかない子供の躾に使われると言う話なんだから」
凄い人なんだろうが、お化けや鬼、ナマハゲと同様の扱いに、笑っていいのか恐怖すればいいのか判断に迷う。
「風の噂では、消息不明、生死不明と聞いたけど、こんな所でお目にかかれるとはね……」
「アイヤー。ワシの噂がこんな島国に届いておるとは吃驚仰天ネ」
額をパチンと叩き、驚いてみせるチン。
「そんなお人とお手合わせ出来るなんて光栄の極みですわ」
手を合わせてお辞儀をするオヤジに、チンも同じように頭を下げた。
巨漢はいまだ動く気配がない。落ちてきた時の衝撃で壊れたのだろうか? 奴は格好だけのブラフ、あるいはチンの風よけで、目の前のチンこそがザコタの隠し玉なのか。
伝説の暗殺者。おそらくそのコピーロボットか……。そんな相手にオヤジはどう立ち向かうんだ? 見た感じ、チンが飛び道具や強力な武器を隠し持っている雰囲気はない。その肉体こそが最高の武器というタイプか?
「そんなにやばい奴なら俺も加勢しようか?」
「いえ。ここはアタシ一人でやるわ。武蔵ちゃんは少し離れていて」
当然の反応に、俺は速攻でうなずくと二人から距離を取る。
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