episode9 第4話
「修理は来週になるんだっけ?」
「そうね~。今の時期、電気屋さんはエアコンの取り付けで忙しいみたいだからね。でも、いいじゃない。夏は暑いから夏なのよ」
「にしても、よりにもよってチョップをかます奴がいるかよ? 一応はまだ動いていたのにさ」
「仕方ないじゃない。昔、シュワちゃんが映画でやってたのよ。機械を叩いて直すやり方。『この手に限る』ってね」
いい声で、外国俳優の吹き替えのモノマネをしてみせる。
「それでとどめをさしてりゃ世話ないだろ……。だから早く買い換えようって言ったのによ」
「そうかもしれないけど、長い間使っていれば、愛着が湧くものなのよ。あと一年、あと半年、せめてこの夏まで一緒に越せれば、なんてね……」
一瞬だけど、オヤジの顔が憂いを帯びるように曇ったような気がしたが、すぐにニヤリと微笑み、
「武蔵ちゃんだって沢山お世話になったでしょ? 小さい頃なんか、風上に立って、『魔法だ~』って、アタシに冷たい風を浴びせかけてたじゃない」
「ガキの頃の話だろ!」
憶えていないが、我ながら恥ずかしいことをしていたと顔が火照ってくる。
「あの頃は、ホント、小さくて可愛かったわ~。それが今はこんなに大きくなって……。そう、いい思い出……。だから、大切にしたいよ」
そう言いながら、俺の股間に腕を伸ばしてきたので、チョップで払いのけると、「ホント、ヤルようになったわね。さすがはアタシのムスコね」と笑う。
「あんたには、ずいぶん鍛えてもらったよ。オ・ヤ・ジ!」
「んもぉ~。ママと呼びなさい。マ・マ! と」
二人して不敵に笑い合う。
「ったく、ただでさえ暑いのに、運動させるなよ。また、汗が噴き出してきたよ」
「いい新チン代謝になったでしょ? それにね。オカマは世話になったものには義理堅く、愛情が深いんだからね。たとえ、それがどんなモノだったとしてもね」
「相変わらず、オヤジのセンスは理解不能だよ……。それよりも、何か仕事ないのか? この部屋よりも外にいる方がまだマシかもしれないからな」
「ん~。今は迷いペットの依頼もないのよね~」
こう暑いと、猫も涼しい部屋で丸くなっているのだろう。
「そうだ。俺がコンビニに行こうか? 空調、きいてるんだろ?」
「ダメよ~。ダメダメ~」
全身をくねくねと左右に振りながらオヤジが答える。
「なんでだよ?」
「なんでって、それは……」
いつも率直なオヤジにしては歯切れが悪い。
「今はバイトさんが入っているわ~」
何故か棒読み風に答えるオヤジ。
「あっ、そう。じゃあ、この暑さをどうにかしてくれよ」
「アタシが何でも出来るからって、気温まで変えられるわけないじゃない。けどね、助け船くらいは出せるわ」
ニヤリと口角を上げる。こういう表情をするオヤジは何か良からぬことを企んでいる証拠だ。俺は背筋に、ゾッと寒いものを感じた。
「修理を依頼した電気屋さんが、エアコンが直るまで扇風機を貸してくれるって言っていたわよ。そんな倉庫から引っ張り出してきたやつじゃなくて、最新の羽なしのやつで、すっごい冷えるやつをね」
オヤジはそう言うと、あぐらをかきながら、ぬるい風にうなりを上げているナナコにウィンクをした。
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