episode9 第3話

『ああああぁぁぁぁ~~』

 ったく、何が楽しいんだか、まだやってるよ。

 と、そこで俺は違和感に気付く。

 純白の下着がチラチラと見え隠れしている。

「お前、下は?」

「舌ならここにあるぞ」とペロッとピンク色の舌を出して見せる。

 そっちじゃなくてと、俺は自分の下半身を示してジェスチャーする。

「下? ああ、履いてるぞ」

 ナナコはその場でスクっと立ち上がり、Tシャツをたくし上げる。

「いや、パンツは見せなくていいから。って、言い方が悪かったな。ズボンだ。スカートでもいい。下に……じゃなくて、パンツの上に何も履いてないのか?」

 首を10度右斜めに傾けて見せるナナコ。俺はそれで全てを理解した。こいつは教養というか、一般常識が欠如しているんだった……。

「そのTシャツ、俺が中学生の頃のやつだろ。何でそんなものを……。オヤジにあてがわれたからって、無理に着なくてもいいんだぞ」

「これで問題ない。大事な部分は隠れている。今は体を服に合わせている最中だ。それに、これを着ていると何だか安心する」

「そうか? ならいいけど――」

「ああ。武蔵の匂いに包まれているような気がする」

 Tシャツを掴んで匂いを嗅ぐ。

 ブッ――!

 口に含んでいた麦茶を吹き出す。

「何、変なこと言ってんだよ」

「むな志が、こう言えば武蔵が喜ぶと言っていた」

 あの変態野郎適当なこと教えやがって、今度文句言ってやる!

「ナニをイッてくれるって?」

 不意に首筋に悪寒が走り俺は思わず背筋をピンと伸ばす。

「つめてっ!」

「はい。お土産」

 ガジガジ君(ソーダ味)を差し出される。

「オヤジ! あんたのせいで、部屋が蒸し風呂状態だよ。それに、こいつに変なことを教えるな」

 エアコンを死亡させた張本人が顔を出す。

 ニィっと、白い歯を見せて笑うゴツイ男。この人は俺のオヤジで、名を近藤むな志(こんどう むなし)という。元々は警察官だったが、過去に大切な人を事件に巻き込んで死なせてしまったせいで、警察組織に限界を感じ、個人で事件の調査が出来る探偵になったらしい。

 オヤジといっても、俺の本当の父親ではない。

 このオヤジはいわゆる育ての親で、俺には本当の父親も母親もいない。何でもオヤジの話によれば、俺は十八年前に路上に捨てられていたそうだ。それをこのオヤジが拾って育ててくれたらしい。

「って、また、店の商品を持ってきたなオヤジ」

 店とは、自営で営んでいるコンビニのことで、普段は近藤家が探偵業をやっているのは公にはしていない。

 ちなみに、一階がコンビニで、今俺たちのいる二階が探偵事務所兼居住スペースになっている。

「んもぉ~。いいじゃないの~。オーナーが店の物をどうしようと。減るもんじゃあるまいしぃ~」

 いや、減るだろ。と、妙になよなよとしたしゃべりで、腰をフリフリしているす女装オヤジに俺は突っ込みを入れる。

 そう。オヤジは、オカマ、なのだ。

 女装もまだ性別が分からないようなグレーゾーンならまだ救いようもあるのだが、その姿は明らかにおっさんがただ女の格好をしただけだ。まさに、男装の麗人ならぬ、女装の変人だ。

 コンビニの制服も、違う意味でムチムチなボディに合うサイズがないので、本来は縦のストライプ柄が体のラインに合わせて歪みきっている。前掛けにしているエプロンなんてはち切れんばかりにピチピチで、いつ破れてもおかしくない。『ファミリーマークK』とエプロンにプリントされている店舗名がひしゃげて読めない。そのせいで、コンビニはいつも閑古鳥が鳴いている。

 ため息交じりに、アイスにかぶりつく。火照った体にひんやりと染みる。

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