episode7 第27話(終)
エピローグ
「ワタリ、ご期待ください」
キッチンから、顔を覗かせるオヤジ。
「今夜はワタリガニのパスタよん」
このおっさんは、何かネタを挟まないと料理が出せないのか……。
「はいはい」
リビングでまったりしていた俺は適当に返す。
それにしても、これほどキッチンが似合うオカマも珍しい。エプロン姿で、鼻歌を歌いながら、家族のための料理を作っているオヤジ。
「何か、新しい依頼ないの?」と訊ねる俺に、「ないわよ」とオヤジは答えた。
手持ちの依頼は全て完了。俺たち家族は少し遅いゴールデンウィークを満喫していた。
「金あるのか? 世の中不景気だぞ」と続けると、「コンビニを細々とやっていくわよ」と返ってくる。
コンビニの売り上げなんてほとんどないのに大丈夫なのか?
「探偵の依頼なんて、なきゃない方がいいのよ」
「何でだよ? 依頼がなけりゃ、探偵業は廃業じゃないかよ」
「その方がいいのよ。探偵なんて廃業でいいのよ。依頼がないってことは、それだけみんなが平和ってことなんだから」
そう締めくくると、蟹の殻を剥きながら、オヤジは笑った。
「ったく、のん気なもんだな」
俺はそう毒づいた。先月のコンビニの売り上げを知ってて言ってるのかよ。
でも……。
だけど……。
そうだな……。
家族がいれば何とかなる……かもな……。
たしかに、平和だ……。
つい先日まで抱えていたオヤジの依頼。失踪した双子の捜索は万事解決した。
例の双子は、無事保護され、両親の元へと帰って行った。
厳密に言うと、双子の兄妹は、拉致されていたわけではなかった。
確かに怜子の研究のため、拉致ギリギリの手法で軟禁されたが、すぐに解放されたとのことだった。高いバイト代を与えられて。
で、それに味をしめたのか、双子は南波研究所での極秘実験の手伝いを自分たちから申し出た。その実験とは、ひと月の閉鎖環境での人体への影響実験で、それを終えた双子は大金を手に入れた。むしろ、かなり割のいいバイトが出来たって喜んでいたくらいだ。
それにしても、バイトを始める前に親に連絡くらいはして欲しかったと思う。
まあ、それが今の家族の形なのかもしれないな。無事だからこそ、その繋がりは希薄と言うか、まだその有難みを実感していないだけと言うのか。
でも、いつか気付く。
あの親子が気付けたように……。
そのかけがえのない絆に……。
「親子……か……」
その母親――怜子はと言えば、ママと姿を消した。
怜子は、南波研究所の所長を退任した。その背景には、一部、非人道的な研究への捜査が入ったとの噂も耳に入った。
清水さんからの情報によれば、怜子は重大な過失を犯したわけではないので、重大な罪に問われることはないようで、執行猶予つきでどこかの研究所で今も研究を行っているだろうとのことだった。
怜子は母としては間違った道を歩いてしまったかもしれないが、研究者としては優秀なので心配いらないだろう。
とはいえ、今度は道を踏み外したりはしない。そして、きっとまた会える。天才科学者として、何より良き母として、俺たちの前に現れてくれると信じている。
だってここに、それを待ち望む家族がいるんだから……。
「武蔵……」
「おお、何?」
ボォーっと物思いに耽っていて、ほぼイキかけていた所に急に話しかけられてビックリする。
目の前には消毒液を持ったナナコが立っていた。
質問に答える代りに、ナナコは俺の股の間に背中をつけて座る。
「何故に、そのポジションで?」といつも言うのだが、「この方が楽だから」と押し切られ、この変な格好を許してしまう。
まあ、ナナコの体は小さいので、さほど邪魔にはならないのだが、どうにも密着し過ぎではある。
「はい。手、見せて」
俺はまだ傷の残る手のひらを差し出す。
ナナコは消毒液を染み込ませた綿棒を、傷跡にポンポンと当てた。
「痛い?」
「痛くないよ。って、あれから何日経ってると思ってんだよ」
「でも、傷、まだ残ってるわ」
そうなんだよな……。痛みはもうすっかり消え去っているのに、何故か傷跡だけはしつこく残っている。
だけど、この傷はいつか消える。そうなると、こんな風に手当てしてもらうこともなくなる。これもある種のスキンシップと言えなくもないので、そう考えると少し寂しいような気になる。
ナナコの方もそんな風に思っているのだろうか、見ると心配そうに、うるうると視線をこちらへと向けている。
「ははは。大丈夫だって。全然痛くないからさ」
そう言うと、俺は大げさに腕を振るってみせる。
ブンブンと腕を上下させても、その手は振りほどけない。ナナコは掴んだその手を離さない。それどころか、強く握りしめていた。
「…………」
ナナコは、乾いた笑いを浮かべる俺の目を、じぃーっと覗き込んでくる。
何だか妙な雰囲気だ。
「私はいたいわ……」
指を絡めて、ナナコは俺の手をほっぺに当てる。
「私は、武蔵と一緒にいたいわ……」
包まれた手のひら。
この手に確かなものがあるという実感。感じるぬくもり。俺は家族を手にしているんだと思った。
「ああ……」
俺が今手にしているのは間違いなく、家族だった。
「なら、ずっといればいいさ」
そう……。この手の傷はいつか消える。だけど、ナナコと交わした言葉、過ごした時間、触れた温もりは消えることなく二人の間にずっと残り続ける。
絆だけは残り続けるんだ。
どこか胸のつかえが取れたような、晴れやかな心持ちになる。
「俺はずっとここにいるからさ」
丁度、いい位置にあったナナコの頭にアゴを乗せる。柔らかな髪が鼻孔をくすぐり、俺は胸一杯に深呼吸をする。
いい匂いだ。優しいミルクの香りだ。
何だか、落ち着いてしまって、まぶたを閉じる。
視覚を塞がれ、触覚が鋭敏になったのか、密着している部分から温かな熱を感じる。
ポカポカと日だまりのような心地よい温もりだ。
「あっ、大きくなってる」
ナナコの声に、俺は目を覚ました。
「何!」
びっくりして、素っ頓狂な声が口から飛び出す。
「大きくなってるわ」と、ナナコはもぞもぞと俺の股の間で動く。
寝起きとはいえ、いやいや、そんなまさか……。
「それは、勘違いだ」
「ううん。ホント。大きくなってる」
馬鹿な。しかし、朝の生理現象のように、自覚なしにそうなってしまうと言うことも、なきにしもあらず。
「ほら!」
ナナコが、クルリと回転しながら勢いよく立ちがる。
短いスカートがひるがえり、チラリと白い三角形が覗く。
ゲッ! 今立たれると、ズボンのシワで誤魔化すしかなくなる。
「ね?」
ナナコは、シャツの袖口を掴んで伸ばす。
なるほど、確かに少し丈が足りていないようだ。でも、たしかその服、この間買ったばかりじゃなかったか?
と言うことは、ナナコが本当に大きくなっているということか……。
「ハハハ」
何となく嬉しくなり俺は顔をほころばせる。
そんな俺とは対照的に、ナナコは俺たちが知り合った頃のように、無言でこちらを見つめていた。
「…………」
いや、よく見るとナナコの表情はあの頃とは全然違う。頬がほんのりと赤く色づき、恥ずかしそうに目を伏せている。
なっ――!
ようやくそこで、俺は気付いた。ナナコの視線が、俺のガラ空きになっている股間へと注がれることに。
「武蔵の、エッチ!」
成長することもなく、笑えなかったはずの少女は、声を上げ――笑った。
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