episode7 第25話
『あ~。映ってるかな?』
唐突に再生される動画。
ナナオのどアップの映像から始まった。ナナオの姿は、このフロアの中のナナオのものとほぼ同じに見えた。と言うことは、これはつい最近録画されたのだろう。
で、この動画は、ナナオの自画撮りってやつか。緊張しているのか、カメラの前のナナオは神妙な表情をしている。
何となく見ているこちら側も緊張してしまう。
『死んじゃって、ごめん』
いきなりの告白に場の空気が凍りつく。
だが、その重苦しい雰囲気は、『アハッ』っと笑顔を浮かべるナナオの表情で吹き飛ばされた。
『最初から死ぬのは分かっていたことだけど、何を言ったらいいのか分からないや。だから、ごめん』
頭を下げたまま動かないナナオ。
最初から分かっていた? その言葉に俺は過去のクローン動物のほとんどが短命だったことを思い出す。近年ではその問題は解決済みだと聞いたが、もしかするとナナオの場合は違ったのかもしれない……。
俺は水槽の中のナナオを見るも、今となってはその疑問に答えてくれるわけもない。
そんな想像のせいか、顔を下げたまま沈黙したナナオが悲しみ暮れているようにも見えた。そんな時間が5秒くらい経っただろうか。
『あ、いや、やっぱりさっきのなし』
両手を交差させながらはにかむナナオ。何て屈託のない表情なのだろう。
『僕が伝えたいのは感謝の想いだけだよ』
真っ直ぐにこちらを見据えて言い放つ。
『母さん。僕を生んでくれて、ありがとう』
――ペコリ。
『ナナコ。僕と兄妹になってくれて、一緒の時間を過ごしてくれて、ありがとう』
――ペコリ。
『僕は生まれてきて良かった。二人の家族で良かったって、心からそう言えるよ。だからさ、僕がいなくなっても悲しまないで欲しいんだ』
そんなナナオの顔をナナコはいつものように無言で見ていた。
『これからは、二人が幸せになる番だよ。これまでは、時間のない僕のために母さんの時間を貰った。そのせいで、ナナコには寂しい想いをさせたと思う。だから、今度は母さんとナナコが一緒に過ごして欲しい。それが僕の最後のお願い……かな? ナナコは母さんを、母さんはナナコをよろしくね』
バイバイと、どこか一泊二日の旅行でも行くかのように手を振り、
『それじゃあ、僕の家族を頼んだよ』
ナナオは人懐っこい笑みを浮かべたまま、映像はフェードアウトしていった。
そこで動画は終了した。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
そこにいる誰もが、無言だった。
俺にはそれが何を意図しているのかは分からなかった。ただ、ナナオが後悔を持って亡くなったのではないと言うことだけは理解出来た。
そして俺は、いつの間にか離れている手のひらを捜した。
「ナナコちゃんは勘違いしていたのよ。ナナオちゃんの想いを。自分でも言ってたじゃない。『私たちは逆だ』ってね。だから、ナナオちゃんは生まれてきたことを恨んでなんかいない。それどころか、感謝していたのよ」
見るとそれは、行く当てもなく彷徨っていた。
だから、俺はその手に触れ、握りしめようとした所で、
「手……」
逆に掴まれる。
「あっ、いや~。悪い悪い」
何だか満員電車で手を掴まれたチカンのように愛想笑いを浮かべる。そして、何事もなく解放された手で俺は頭をかいた。
「そうじゃない。傷……」
――しまった。
さっき切ってしまった方の手を俺は差し出していたのか。痛みがなかったので、油断していた。
手のひらを広げてみると、ナナコの言う通り薄く切り傷になっていた。
「これ、私がつけた……」
無表情の中にもしんみりとした雰囲気を俺は感じ取った。
「ああ。キズ、ナ。俺たちの、家族のキズナ」
「キズナ?」
「そう、絆……。俺と、ナナコのだ。他の誰でもない。俺たちだけの……絆だ」
俺はナナコへと手のひらを差し出す。
「だからさ。もういいんじゃないか? 誰かのせいとか、誰かのためとか。自分で自分を縛るのを止めにしてもさ……。じゃないと、誰とも繋がれないぜ」
「だけど……私は……」
恐る恐るナナコは、俺の指についた傷跡をなぞる。自らの軌跡をなぞるように……。
「誰の真似もしなくてもいい。誰かのために生きなくてもいい。ナナコは自分のために生きればいいんだ」
ナナコの手を握る。
「ナナコはナナコだ。だから、ナナコのやりたいことをすればいい」
「私は、私……」
俺が握る力よりも、もっと強い力で握りしめられる。
「私の、やりたいこと……」
ナナコはじっと怜子の方を見つめる。
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