episode7 第18話
スクーターを学内の駐車場に置いて、先を歩くナナコのケツを追いかける。
スタスタと一定のリズムを刻んで歩くナナコ。無口で物静かな印象なのだが、そのスピードは結構なものだ。
軽くダッシュしてようやく無表情の横顔に並ぶ。
「飯、食べてないんだろ?」
申し訳程度しかないだろうが、俺は上着のポケットから取り出したバナナを差し出す。
「…………」
とっと――。
ナナコが急に歩を止めるので、前のめりにつんのめってしまう。
振り返ると、ナナコが無言で手を伸ばしていた。それが何だか可愛らしく見えてクスリと顔をほころばせる。
「ほい」と言って、ナナコの手のひらにバナナを乗せてやる。
「お前、ホントにバナナ好きなんだな」
うなずいて、ナナコはまた歩き始める。
午前中はそれなりに人の往来があったのに、夜の構内は不気味なくらい人がいなかった。と言うか、人がいたら大変だ。ヘタに誰かに見つかると、今のこの状況だとオヤジでなくても通報ものだな。
いたいけな少女と、その尻を追いかけている男。
『おまわりさん、こっちでーす!』なんてな……。
俺もとうとう前科持ちか……。しみじみと泣けてくる。
いや、でも、その方がずっといい。警察でもなんでもいいから俺たちを捕まえてくれ。
ナナコが、このまま歩き続けて人としての道を踏み外すよりは、バナナを咥えてほっぺを膨らませている子供でいる方がずっといい。
俺はそのまだ幼さの残る顔を見て、心底そう思ってしまう。
気が付くとナナコは立ち止まっていた。
頬にバナナの欠片を残したまま、息を殺してジッとしている。
「なあ」
声をかけると、ナナコはこちらへ振り返ると唐突にバナナを俺の口に突っ込んできた。
「んぐっ!」
ねっとりとした触感が口内に広がる。
――ナニすんだ
言いかけて見ると、ナナコは人差し指をぷっくりとした唇に当てている。その姿に、『黙れ』と言っているのだと理解する。
仕方ないので、ナナコに倣って黙って気配を断つ。
と、向こうの建物の角で光が揺れる。警備員だろうか? そう思うが早いか、それが、こちらへと近づいて来る。
それを見てナナコは、茂みの側に立つ俺の方へと体を寄せてくる。
ふにゃんと、股間に感じる柔らかい感触。
「――――!」
悲鳴を上げそうになって、口をパクパクとさせる。両手を上げ天をワキワキと掴む。
ボリューミーなロングの黒髪が、優しく俺の鼻溝をくすぐる。シャンプーの良い匂いと、ずっと歩いてきてかいた汗の匂いが混ざり合って、何だか妙な気分になる。
逃げ出そうとして踏みとどまる。駄目だ。ヘタに動けば、見つかってしまう。見つかるだけならまだしもこの状況は、有らぬ誤解を与えかねない。そんなことばかりが、頭の中を駆け巡り、なおさら体が硬くなる。
二人で一つの影を形作る。
光が近づくにつれ、ナナコは腰を引いて尻を俺の太もも付近にグイグイと押し当ててくる。俺はそれを遠ざけるため茂みへとめり込む。
グリグリ――。
メリメリ――。
グリグリ――。
メリメリ――。
そして、今は二人の間にあるのは零距離だった。
バックオーライ。いや、この場合だと、もはや発射オーライと言うべきか?
温かい体が、俺の体と密着する。
密着警察二十四時。
二十四時間年中無休。空いてて良かった。社会の窓。
「なん……だと……?」
視線の先にはパックリと空いたズボンのチャックと、ガチンコ勝負をくり広げているプリーツスカート。って、ここまで急いで来過ぎて、チャックを閉めるのを忘れていた! 何だかさっきから股間に夜風がスースー当たると思っていたが、まさかこんな運命が待っていようとは! これじゃあ、本当に逮捕されてしまう。
おお、ジーザス(自慰挿巣)。
落ち着け。落ち着くんだ、俺。
「…………」
「…………」
カツ、カツ、カツ、カツ……。
遠ざかっていく足音。どうやらうまくやり過ごしたようだ。
解放される緊張感。
「ふぅ~」
額ににじむ汗を拭きとる。
「イッたわ」
「イッ、イッてねーよ」
はぁはぁと、興奮気味に言ったその言葉にナナコは、再び警戒態勢に入る。
そうだ、俺たちは遊びに来てるんじゃないんだ。今、俺たちがいるのは戦場なんだ。いつの間にかそれを忘れていた。
気を引き締めていけ武蔵。
俺は、肛門に力を込めて、その決意を新たにした。
*
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