episode7 第14話

「何だよ、あいつ、依頼って……。俺、そんなの訊いてないぞ……」

 立ちすくんだまま俺は言った。

「覚えてるかしら? この間、アタシが警察のお世話になって、武蔵ちゃんに引き取りに来てもらった日」

「ああ、ついこの間のやつだろ?」

「ええ。で、ここに戻って来た時、お客様が来てたじゃない。それがナナコちゃんだったのよ」

「そう、だったのか」

 言われてみると、ナナコがここで暮らし始めたのがその日の夜だったな。

「ナナコちゃん、アタシに言ったのよ。自分の母親、つまりは、自分を生み出した南波怜子のことを殺して欲しいって。だけど、そんな依頼を引き受けるわけにはいかないじゃない? と言って無下に依頼を断って、そのままあの子を返すなんて出来ないし……。それに、南波怜子は失踪事件の最重要参考人だったからね。色々考えた結果、依頼を引き受ける振りをして、あの子を保護したってわけ」

「そうならそうと、何で教えてくれなかったんだよ」

 平静を装ってはみたものの、声に苛立ちが混じってしまう。

「敵を騙すには、まずは味方からってね」

 俺の機嫌を察してか、オヤジはペロッと舌を出しておどける。

「そうか……。悪かったな。俺、何の力にもなれなくて……」

 オヤジの大人な態度と対照的な自分のちっぽけさに反吐が出る。

 あいつなんかよりも、俺の方がよっぽどガキだ。あいつが何者なんかを気にするよりも、俺自身が一体何者なんだよ……。

 もしかしたらオヤジは、あいつがここで暮らすことで少しでも家族というものに触れて欲しいと願っていたのかもな……。だから、俺に真実を秘密にして……。

 それに、もしも、事前に依頼を知っていたとして、俺はあいつに何かしてやれたのだろうか……。

「…………」

 くそっ! また、思考の迷路に迷い込みそうだ。

 ぐるるるる~。

 そんな想いを知ってか知らずか、闇をつんざくような奇音が部屋に響く。「ごめ~ん」と腹を押さえるオヤジ。

「そう言えば、お腹、空いたわね」

 肩をすくめるオヤジに、「そうだな」と俺は鼻で笑って同意してみせた。



 丸皿に乗った白米のおにぎりが四つ。

「きちんと食べないと力、出ないわよ」

 昨日や一昨日に比べると随分寂しい晩餐だと思ったが、野郎二人には丁度いい質素な夕食かもしれない。

 それにしても、随分といびつな形のおにぎりだ。俺は形の崩れた握り飯を手に取る。

「これ、オヤジが作ったのかよ? にしては随分出来が悪いのな」

 三角形だか俵だか、何だかよく分からない形をしたおにぎりを、一口かじってみる。

「うゎ! しょっぺ!」

 口に含んだだけで、その塩辛さに噴き出しそうになる。

「何の嫌がらせだよ。あいつを引き止めなかったのが、そんなに気に入らなかったのかよ」

 オヤジを睨みつける。

「そんなわけないでしょ。アタシだって何も出来なかったんだから、同罪よ」

 オヤジは、おにぎりを手に取って、でかい口を開けてかぶりつく。

「これ、ナナコちゃんが作ったのよ」

 ゴクリ――。

「これをあいつが?」

 見た目や味に関しては疑いの余地がないが、その行為に関しては驚かされる。あいつは、およそこんな風に、誰かのために何かをするような人間ではないと俺は思っていた。

 ほとんど自分の感情は表に出さない、生きているか死んでいるか分からないようなあいつが、俺たちのためにこれを作ったって言うのかよ……。

「初めて作ったにしては良く出来てると思わない?」

「どこがだよ……」

 塩むすびを呑み込んで毒づく。

「ホント、素直じゃないんだから」

 化粧の上から飛び出しているヒゲをいじるオヤジ。

「いじらしいじゃない……。あの子はね、あの子なりに少しでもここに馴染もうと、家族になろうと頑張ったのよ」

 美味いご馳走を食べるように、おにぎりを口へ運ぶ。

「そのおむすびにはね。あの子なりの感謝の気持ちが詰まっているのよ。だから、武蔵ちゃんには全部食べる義務があるわ」

 何が感謝だ。何が義務だ。ならもっと上手に美味いものを作れってんだ。

 俺は食べかけのおにぎりを見つめた。それは、コンビニで売られているような出来合いのものからかけ離れた、誰の目にも手作りだと分かるものだった。

 そう言えば、俺も初めてオヤジに作った料理はおにぎりだったような気がする。それを食べながら、オヤジは大しておいしくもなかったはずなのに、美味い美味いと笑っていた。そして、オヤジは満足そうに俺の頭を撫でた。

 何故か、その光景だけは今も目に焼き付いて離れない。いや、その時のことは死んでも忘れることはないだろう。

 なぜなら、その時、俺は思えたんだ。

 なれたって――。

 オヤジと、なれたって――。

「くそっ」

 俺はその時のことを思い出すように、もう一度、それを噛み締める。

 二口三口。

 あいつがこれをどんな想いで作ったのだろうと思えば思うほど、噛み締めれば噛み締めるたびに、何とも言えないやりきれなさを感じてしまう。

 ――くそっ! くそっ! くそっ!

 空腹は満たされているはずなのに、胸にはどこかポッカリと穴が空いたように空虚だった。

「一体何なんだよ! 何なんだよ……。これは………。あいつは……。俺は……」

 それを全部食べ終えた俺は、寒くもないのに自身の体を抱きしめていた。



「オヤジ……。家族って何なんだ……」



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