episode7 第11話
『少女の夢 ~episode7~』
「ナナコ~!」
私を呼ぶ声。
振り返らなくても、その声の主が分かる。私とは違って、元気いっぱいな雰囲気が声だけで伝わって来る。
「ナナオ……」
振り返って、その名を呼ぶ。
顔を合わせて微笑む私と同じ姿の少年。
ナナコとナナオ。
それは二人でつけた私たちの内緒の名前。
双子である私たちは、大人たちからひとくくりで、『ナナ』と呼ばれている。特に区別が必要な時には、ナナX(エックス)、ナナY(ワイ)と呼称される。
――そんなのおかしいじゃないか
――僕たちは、人形でも機械でもないよ
ナナオが言った。
だから、私たちだけは、お互いのことを、ナナコ、ナナオと呼び合った。
「はい、バナナ。貰って来たよ」
ナナオは自分用に支給されるバナナを私の頭に乗せる。
「ありがとう……」
感謝の想いを伝えたくて、口の端を上げて、『笑顔』というものを作ってみる。
「ん~。どうも固いな」
ナナオは私のほっぺを掴んで無理やり上に引っ張る。
「いふぁいわ(痛いわ)」
眉をしかめて訴える。
「ごめんごめん」と屈託なく笑うナナオ。
「無理よ……。私はナナオとは違うわ……」
私たちは、表と裏。
ナナオと私は、ミラー・ツインだ。
――ミラー・ツイン。
当たり前のことだけど、双子の外見は見分けがつかないほど似ている。そんな瓜二つな双子の中でも、利き手が左右逆だったり、つむじが右巻き、左巻き等。対称な特徴を持っている双子のことをミラー・ツインと呼ぶ。
また、外観が左右対称的というだけでなく、人格の形成、生活嗜好、性格までも、ま逆という事例が存在し、私たちはまさにそれだ。
要するに、私たちは外見だけでなく、内面も含めて自分自身の合わせ鏡を見ているようなものだ。
ナナオが光であるとすれば、私は影。明朗快活なナナオに対し、私は陰鬱で何事にも後ろ向きだ。
だから、私はナナオのように笑えない。
私はそういう風に作られているのだから……。
「それは違うよ。僕たちは同じだよ。だから、ナナコだって、自然に笑える日が来るよ」
私には出来ない笑みが、私へと向けられる。
「きっとね」
そう続けるナナオには、何か確証めいたものを持っているように思えた。
私にはそんな日が来るなんて信じられなかったけど、ナナオがそう言っているのだ。双子特有のテレパシーとでも言うのだろうか? ナナオのことは無条件で、それが嘘か本当かを見分けられた。そして、それはナナオが心から信じていることだった。
だから、私は信じられた。信じようと思った。自分のことは信じられなかったけど、ナナオのことは信じられる。
ナナオが言うように、いつかそんな日が来るんだと。幸せな未来が来るのだと、私は信じられた。
ううん。そう言ってくれるナナオと一緒にいられれば、そんな日が来なくても構わなかった。ただ、ナナオを一緒にいられれば、それだけで良かった。
だけど、ナナオはいなくなった。十二歳の誕生日の朝。いつものように、研究所へと行き、そのまま戻らなかった。
小さな牢獄に私はひとりになった。
それでも私を死なせないために、衣食住だけは用意された。
一日経ち、二日経ち、ひと月経って、ふた月経って、変わらない景色のまま、気が付くといつの間にか四年という時が経っていた。
このまま死んでしまおうとも思った。だけど、私は諦めるわけにはいかなかった。
だって、私は知っていたから。
ナナオは生きているって。
何となくだけど、それだけは感じることが出来たから。
だから、私は生きなければいけなかった。
十二歳の私のための服、食事、ベッド。
私は生きていくために、食事を切り詰め、体を折り曲げ、十二歳の私でいなければいけなかった。
例えこの身がどうなろうとも、私は死ぬわけにはいかない。
――もう一度ナナオに会って笑うんだ。
それが私が生きている理由だった……。
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