童貞焼き

山田野郎

屋台街にて



 肛門に鋭利なタケノコが刺さって死亡した僕は、なぜか異世界で生き返り、そこで暮らしていく事になった。


 持っているのは身につけていた衣服だけ。しかも、ズボンにタケノコ大の穴が空いているという、着の身着のまま以下の状態で異世界で暮らしていく事になった時は途方に暮れた。


 仕方なく冒険者稼業を始め、何度も死にかけながらも必死に足掻いた結果、最近になってようやく異世界での暮らしにも慣れてきた。


 仕事中に死にかけることが1日5回程度から1週間に1回程度になり、金銭的な余裕だけではなく心の余裕も持てるようになってきた。


 そうなったのは異世界で出会った「先生」のおかげだ。



「屋台に行きましょう、屋台。センセイが奢ってあげる」


「いや、今日は僕が奢るんで」


 猫系獣人の女性の手を引き、屋台街に立ち寄る。


 僕が手を引いている女性の名はルティス先生。僕にとって冒険者の師匠であり、仲間でもある。


 ルティス先生のパーティーに拾ってもらっておかげで、僕は何とか異世界での暮らしに馴染む事が出来た。何度も命を助けてもらっている。昨日もまた助けてもらった。助けてもらえなけれえば、空飛ぶタケノコがお尻に突き刺さって惨たらしい死に方をするところだった。


 訓練でボコボコにされているけど、おかげで鍛えられている。仕事や訓練に限らず、普段の生活でもお世話なりっぱなしだから、たまには恩返ししないと……!


「ルティス先生、何食べますか?」


「そうねぇ。アレにしましょっか」


 ルティス先生が指差した屋台ではフランクフルトを売っていた。


 木串で刺し貫かれた大きなソーセージだ。色合いは苔みたいな緑色だけど……香草がたっぷり入っているんだろうか?


 ルティス先生に勧められるがままに2人分買い、食してみる。……これ、本当にフランクフルト? 食感がソーセージらしくないような……。


「魚肉みたいな味がしますね」


「美味しくない?」


「いや、美味しいです。これは何のソーセージですか?」


「ソーセージじゃなくて、童貞焼きよ」


「ドーテー焼き……?」


「触手の丸焼き。冒険者捕まえてエッチなことしてくるヤツ」


 むふふ……と微笑むルティス先生の言葉を聞き、むせる。


 マズくはなかったのに、ヤバイものを食べさせられた実感から吐きそうになった。さすがに胃の中身までは吐かなかったけど、一気に食欲が失せた。


「な、なんつーもの食べさせてくれたんですかっ……!」


「あらあら、異世界人のキミには刺激が強かったかしら? でも、童貞焼きなんてこの国の人間は皆食べてるものよ」


 食べたら精がつくけど、毒の類ではないのよ――と言われたけど、そう言われても生理的に抵抗がある。


「いっぱい食べて元気になりましょうね~」


「嫌ですよ、もうっ……! というか、ヒドいを通り越して意味がわからないネーミングですね。これって要は触手の丸焼きでしょう?」


 それを「童貞焼き」と名付けるなんて、センスを疑う以前に、意味がわからない。……そう思ったけど、そう名付けられた理由があるらしい。


「童貞焼きって名前は、安心の証明でもあるのよ」


「安心できる要素ゼロなんですが」


「いやいや、そんな事ないのよ。童貞焼き=養殖の触手って事だから」


「養殖の……?」


 この世界には魔物がいる。


 その中には触手のバケモノもいる。都市郊外に潜んでいる触手達は、冒険者を捕まえて絞め殺したり、エッチな目にあわせてくる。


「養殖の子達は、人間を抱いた事ないのよ。つまり童貞の触手ね。キミだってその辺のオッサンの尻穴を犯した触手を食べるのは嫌でしょ?」


「嫌に決まってますよ。……しかし、なるほど……ネーミングセンスは疑いますけど、名付けの理由は腑に落ちました」


 同時に不憫に思えてきた。


 童貞のまま殺されてるんだな、この触手達って……。


「人肌のぬくもりを知らない哀れな触手達だから、せめて食べて供養してあげましょうね。センセイの分も食べていいのよ」


「や、やめてくださいっ……」


 串に刺された触手を頬張るように勧めてくる先生から逃れつつ、自分が口をつけてしまったものはちゃんと食べておく。


 生理的な嫌悪感はあるけど、このままゴミ箱行きは可哀想だ。


「ふぅ……。ごちそうさまでした」


「残さず食べれてエラい! 童貞仲間同士、同情しちゃったのね?」


「ちっ、違いますっ……! 僕は、そのっ……ええいっ! 何を言わそうとするんですかっ! 先生のエッチ!!」


 ルティス先生の事は冒険者として尊敬しているし、たくさん恩返ししたいと思っている。けど、下ネタで殴ってくる痴女なとこは苦手だ。


「先生はいつも僕を子供扱いして……! まあ、大人のお姉さんな先生から見たら僕は確かにガキンチョかもしれませんが、一応、男なんですからね……!? あんまりからかわないでください」


「ふふっ……。ごめんなさいね? 可愛い弟子だから、いっぱい可愛がってあげたくなるの」


 ニコニコと笑う先生が僕の喉元を撫でてくる。


 子供扱いの次は猫扱いか。まったく、もう……。


「おわびに別の美味しいもので口直しさせてあげましょう」


「今度はどんなゲテモノなんですか……」


「キミが好きなものを先生が作ってあげます。何でもいいですよ」


 先生は手を「ぱちんっ」と合わせ、笑顔でそう言った。


 先生の手料理……! それはかなり惹かれる。普段の冒険中も、先生が作ってくれる野営ご飯はどれも美味しいんだよなぁ……。


「ほ、ホントに何でもいいんですか……!?」


「ええ。目玉焼き乗せハンバーグでも、唐揚げでも、カレーでも何でも」


「やったぁ!」


 子供扱いされたくないのに、ついつい子供っぽい喜び方をしてしまった。先生にくすくす笑われながら赤面していると、手を引かれた。


「まずは市場に行きましょう。材料を買わないと」


「僕、荷物持ちしますから!」


「あらあら。たくさん買い込むから、重くなるけど大丈夫かしら?」


「平気です!」


 大したことない――と思ったけど、結局、先生は1週間分の材料を買い込んだ。買いすぎでは、と言ったものの、「たっぷりもてなしたいから、これでいいんですよ」と言われた。


「1週間、ウチにお泊りしてもらうんですから、これぐらい必要です」


「お、お泊りですか?」


「ええ。キミが食べたいものいっぱい食べさせてあげます。食事していない時は、この国バッカスの楽しい遊びをいっぱい教えてあげますからね」


 異世界の遊びかぁ、楽しみだなー……。


 この世界に来てから遊びとは縁遠い生活だったからワクワクする。


 先生の手料理も楽しみだ。ワクワクで胸いっぱいになりながら、先生に導かれるままに歩き、先生のおウチにお邪魔する事になった。


 家の中に入ると、先生はクスクスと笑い、また僕の喉元を撫でてきた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

童貞焼き 山田野郎 @yamadayarou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る