カップルたちのフィナーレ

 高校生たるボク——二条にじょう拓己たくみには、楽しみにしていることがいくつかある。

 そのうちのひとつは、昼休みに彼女と図書室で過ごすというもの。


「——だぁれだぁ」


 突如暗転する視界と、後頭部に押しつけられる柔らかな感触に、柑橘系のさっぱりとした匂い。

 そんな情報がなくとも、ボクにこんなことをする人物は三次元このせかいでは一人しかいない。

「ろまちぃ、学校ってこと忘れてないか?」

 ろまちぃこと榎本えのもと浪漫ろまん——エロゲ好きなボクの彼女である。

「だってぇ、授業中たっくんと会えなくて寂しかったんだもぉん」

「小休憩の度に会いに来てただろ」

「でもそれは、教室だからイチャイチャできないし……たっくんはあたしと会えなくて寂しくなかったの?」

 後ろからボクへと抱きつき、横から顔を覗きこんでくるろまちぃ。

「寂しかったけど、授業に集中してたからな……」

「えー?たっくん冷たーい。そんなんじゃぁ、あたし浮気しちゃうぞ。エロゲに」

 なんて健全な浮気なんだ。

「それを浮気というなら、ボクはいつも浮気してることになるな」

「ふぅん……浮気してるんだ……」

 甘い雰囲気が一転、剣呑けんのんな雰囲気を纏わせるろまちぃ。

「そんなこと言っちゃうたっくんには……」

 ろまちぃはボクの耳元で、ボソリと——。


「図書室エッチを所望します」


 あ、平常運転だわこれ。

 全然怒ってるとかではなさそうで安心する。

「エロゲのやりすぎだぞ。学校で、とか……見つかったらどうするんだ」

「でも、学校でエッチするのは学生の今しかできないし……そういう性春せいしゅんもいいんじゃない?」

「だが断る。リスクが大きすぎるだろ」

 学校に限った話じゃない。

 それこそエロゲでは外でのプレイあ○かんであったり、下着ショップの試着室であったり、プールに備え付けられているシャワー室であったり、プレイヤーが思わず「いやいや声や音で気付かれるだろ!」とツッコミたくなるようなシチュエーションでプレイしているなんて珍しくない。

 それらを三次元リアルで実行に移せばふつーに見つかるし、ふつーに捕まる。

二次元エロゲ三次元リアルを混同するなんて、オタクがやってはいけないことナンバーワンだぞ」

「それは……そうだけど……」

 自分でもそれは理解しているのか、不服そうにしながらもボクの隣へ着席するろまちぃ。

「そんなに学校でエッチしたいのか?」

「すっごくしたい……」

 欲望に忠実だな……。

 それならば、とボクは現実を突きつけることにした。

「ラブホの中には、学校の教室をイメージした部屋のあるホテルがあるしい」

「そんなエロゲ脳をくすぐられる場所があるの!?」

 お、くいついてきた。

「今すぐは無理だけど、ボクたちが働くようになったら、行ってみないか?」

「うんうん!行ってみたい!」

 ろまちぃは嬉々とした表情で頷く。

「うぇへへ……憧れの学校エッチ……楽しみだなぁ」

 学校での背徳感あふれるエッチに憧れを抱く女子高生がそこにはいた。

 ……ふつーにな性癖なんだが、おそらく本人にそういった自覚というか、認識はないのだろう。

「他に学生のうちにしてみたいことはあるのか?」

「それはもちろん、制服プレ——」

「エロ以外でな」

「選択肢が大幅に削られたぁ!?」

 どんだけエロい欲望まみれなんだよ。

「むぅ……たっくんはあたしとエッチしたくないの?」

 頬を膨らませたろまちぃに細目で睨まれる。

「少なくとも、ろまちぃほど発情してはいないな」

「それじゃあたしが年中発情期の変態女子高生みたいじゃん!」

「わかってるじゃん」

「ひどい!」

 ろまちぃが嘆いたところで、こほん!と久しぶりに図書委員の生徒から咳払いをもらった。

「それより、昼ごはんは?」

「あ、うん。ちゃんと作ってきたよ」

 じゃーん!と言って弁当箱をテーブルの上へ乗せるろまちぃ。

「図書室でお弁当っていいのかな?」

「さぁ……ダメなら注意されるだろ」

 図書室での飲食は軽食のみ許可されている。

 軽食に含まれるかは個人の裁量にもよるだろうが……食べ散らかしたりしない限りは大丈夫だろう。

「愛カノべんとー!嬉しい?」

「ああ。少し前までは、ボクに彼女ができるとすら思ってなかったからな」

 三次元の女子とそうなることはない……そう思っていたはずなんだが、ボクも三次元に生きる人間ということなのか……きっと、心のどこかでは望んでいたのだろう。

「あたしと付き合えて幸せ?」

「ああ。すごく」

 幸せを噛みしめるように頷く。

「うぇへへ……あたしも、たっくんの彼女になれてちょー幸せだよぉ」

 ボクたちにツッコミ役はいなくなってしまった。

 ツッコミ役が不在となった今、ラブコメとしては成立しないだろう。

 登場人物ではなく、読者がツッコミ役になるパターンもあるが……それはそれ、だ。

 とにかく、ラブコメとして成立しない以上、ボクたちの物語をこれ以上書き綴ってもしかたない。

「ねぇたっくん。あたしとアニメと、どっちが大事?」

「もちろんろまちぃだよ。ろまちぃはエロゲとボクと、どっちが大事?」

 だから、皆さまもそっと本を——否。ブラウザを閉じて——


「もちろんどっちもだよぉ」


 ……なんだって?

「エロゲもたっくんも、あたしにはなくてはならない存在でぇ、酸素と同じくらい大事なんだよ?」

 エロゲと同列——!?

 そうか……いや、エロゲを見下すつもりはまったくないが……それにしたって、彼女に「あなたはエロゲと同じくらい大切よ」と言われて素直に喜べるはずもなく……。

 ……こうなったら、ボクも同じことを言って、ろまちぃの反応を窺おう。

「実はボクも、アニメと同じくらいろまちぃのことはだい——」

「えーなに聞こえないなぁ……あたしがオンリーワンだよね?たっくん」

 にっこりと微笑むろまちぃ。

「……はい」

「うぇへへ……たっくんだぁいすきっ!」

 理不尽すぎない?

「ろ、ろまちぃもボクがオンリーワンだろ……?」

「……うぇへへ」

「笑ってごまかすな!」

 あー……ツッコミ役、まだいたみたい。

 まぁ、ボクのことなんですけどね。






 カップルたちの終幕フィナーレ


   ——完——

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る