ウインター・オラトリア

 冬休み二日目——クリスマスの翌日のお昼頃——わたし——友田ともだいじりのもとに、一本の着信があった。

 相手は友人である榎本えのもと浪漫ろまん

 クリスマスに二条にじょう先輩に仕掛けると言っていたから、その報告だろう。

 ロマンのことだからしくじるかヘタレて、ただ愚痴を言いたいだけの可能性もあるけど、そのときはそのときだ。慰めてあげよう。

「もしもしロマン?どうだった?」

 早速二条先輩との件を尋ねる。

 すると——


『えへへぇ、たっくんとエッチしちゃったぁ』


 すごく気持ちの悪い、それでいて幸せそうな変態……ではなく、友人の間延びした声に、思わず画面に表示されている通話相手を確認してしまう。

 ロマン——あ、間違いじゃなかった。

「えっと……たっくんって、二条先輩のこと?」

『そぅだよぉ、うぇへへ、たっくんはねぇ、あたしのことろまちぃって呼ぶのぉ』

「そ、そう……」

 どう反応すればいいわけ?

 友人になんの報告されてるの、わたし。

『好きっていいねぇ』

「そ、そうだね……」

 切りたい。今すぐ切りたい。

『最初は痛かったんだけどねぇ、たっくんすごく優しくしてくれてねぇ、うぇへへ』

「へー」

 プツリ——切ってやった。

 友人カップルの経験談なんて聞きたくなかったからね。

「付き合ったその日にセックスって……」

 前々から仲が良かったとはいえ、まさか友人の貞操観念がそこまで緩かったとは……不覚だった。

「とりあえずトリエにも連絡——」

 しようとして、トリエから着信があった。

 もしかして——。

「もしもし?」

『なんか変な女の人から電話かかってきたんだけど!』

 やっぱりか……。

「それ、ロマンだよ」

『えぇっ!?たしかにロマンちゃんからの電話だったけど、あんなのロマンちゃんじゃないよ!』

 疑いたくなる気持ちはすごくよくわかる。

「まぁでも、幸せそうだったし、祝ってあげようよ」

『むしろ殴ってやりたい!』

「やめたげな。せっかく幸せそうなんだから」

『うち、もうロマンちゃんのこと友達だと思いたくないかも!普段もあのテンションだったら距離を置きたいんだけど!』

 うん。わたしも他人の振りをしたくなると思う。

「ま、最初だけだよ。冬休み中には落ち着くでしょ」

『だといいんだけど……ちなみに、ジリちゃんは付き合ってどのくらい経ってからセック——』

 プツリ——また切ってやった。

 ロマンじゃあるまいし、ノロケ話をするつもりはさらさらなかった。

 スマホの画面をオフにすると、横で眠っていたはずのわたしの彼氏——沢屋さわやかいと目があった。

「ごめん。起こした?」

「少し前にね。友達から?」

「うん。ロマンが例の彼と上手くいったって報告してきたの」

「ああ、それでか」

 櫂はなにやら得心がいったように、爽やかな微笑みを見せる。

「それでって?」

「キミ、すごく嬉しそうだなって」

 ああ、そういうことか。

「決まってんじゃん。大事な友人が幸せそうなんだもん」

 ロマンが幸せだと、わたしも嬉しい。

 もちろんトリエでもそれは同じだ。

 でも、だからこそ……。

「ロマンを泣かせるようなら、わたしがぶっとばす」

 そう——ここにはいない二条先輩へと宣戦布告するのだった。


      ***


 十二月三十一日は、世間一般的には大晦日おおみそかである。

 新年をよりよく迎えるために大掃除に励んだり、大晦日ならではの特番で笑いあったり、皆が一年の最後の日をそれぞれの形で過ごしている。

 そしてもちろん、ボクたちも——。


「「ビバ!——冬○ミ!!!」」


 やたらとテンションが高いキモオタふたりがやってきたのは、毎年夏と冬に開催されるオタクの祭典・コミ○クマーケ○ト——通称コ○ケの会場である。

 なんぞそれ?という方のために一言でどういったイベントなのか説明すると——オタク版フリーマーケット(規模は半端なく大きい)である。

「やってきたね!コ○ケ!」

「やってきたな!ビッグ○イト!」

 なぜこのキモオタふたり——ボクとろまちぃがこんなにはしゃいでいるのかというと、それはオタクだから——というのはもちろん。実はお互い、初参加!だからである。

 ボクもろまちぃも興味こそあったものの、一人で行く勇気がなかったヘタレ——だった。

 しかし!今やボクたちはカップルとなり、ヘタレなど童貞(処女)と一緒に捨てたのだ!

「さて——それじゃあろまちぃ」

「うん——そうだねたっくん」

 ボクたちは至近距離で見つめ合い、そして——!


「「またあとで——!」」


 散開した。

 同じオタクでも、趣味嗜好がまったく同じなわけではない。

 会場ビッ○サイトは広いうえに混雑が半端じゃないので、計画的な行動をしないと目的の物が買えないのだ。

 だからこそ、互いにそれぞれの目的のために、別行動をとるほかなかった。

 ろまちぃと離れるのは寂しいが……こればかりはいたしかたない。


 目的の売り手サークルの待機列に並び、先に並んでいた人物から『最後尾』と書かれたプラカードを受け取ろうとして——

「あれ?」

 その人物が、見知った顔であることに気がつく。

「どうした少年?なにか見えているのかい?」

 どうやら相手はボクのことを忘れているらしい。一度顔を合わせただけだし、無理もないことかもしれないけれど。

「……いえ」

 世間話をするほどの仲でもないので、他人のフリを決め込む。

「そうかい?まぁいい。少年にはこれをプレゼントしようじゃあないか」

 『最後尾』のプラカードだった。

最後尾さいこうびって、なんだか卑猥な響きだと思わないかい?」

「その発想はありませんでした……」

 再交尾とかそういうことを言いたいのだろうか?ろまちぃと似たような思考回路をしているらしい。

 無理もない。この人物はろまちぃの兄なのだから。

「ふふ……聞いてくれたまえ少年。実はね、先日ついに彼女とを迎えたんだよ」

 なんか語り出してしまった。

「はぁ……おめでとうございます」

 奇遇ですね。ボクもです。あなたの妹さんと一緒に卒業しました——とは言わず。

「こうして人は大人になっていくのだろうね……いやはや、少年も頑張りたまえ」

「……頑張ります」

「好きな相手と結ばれるとな、世界が変わるぞ?初めてとなればなおさらな」

 わかる。なんだか色がついたみたいに、これまでどうでもよかったものまでもが心を揺さぶり、とても輝いてみえるんだよな。

「ときに少年には彼女はいるのかな?」

「まぁ……」

「そうか。それはよいことだ。そういえば、俺には妹がいるんだが……それはもうとびきり可愛い妹がな」

 知ってます。てかシスコンだったのかお兄さん。

「なんだか最近、以前にも増して可愛くなってしまったんだよ。きっとなにかいいことでもあったんだろうね」

 嬉しそうにそう語るお兄さん。

「……彼氏でもできたんじゃないですかね?」

「そんなクソ野郎がいるはずないだろう!」

 目の前にいるんですけど……。

「妹にはな、成人するまでは純潔であってほしいんだ……」

「……ごめんなさい」

 目を逸らして謝るボク。

「ん?なにがかね少年?」

「いえ、なんとなく……」

「よくわからないが……まぁいいさ。今の俺は気分がいい。お互い、全力でコ○ケを楽しもうじゃないか!」

「ですね、はは……」


      ***


「こちら、最後尾ですか?」

「はい——あ」

 あたしの後ろに並び、声をかけてきたのは見知った人物——たっくんのお姉さんだった。

 まさかこんなところで会うなんて……。

「あら。ロマンちゃん。こんなところで会うなんて、奇遇ですね」

 にっこりと温和な笑みを浮かべるお姉さん——音羽おとはさん。

「そ、そうですね……」

 でもあたしは、オトハさんの裏の顔を知っている。

 そして、どうやらブラコンであることも……。

 幸いなことに、初体験クリスマスの日、お姉さんは家にいなかった。だからあたしがたっくんの家にお泊まりしたことは知らない……はず。ご両親とは顔を合わせているから、知っていても不思議ではないんだけど。

「オトハさんも、同人誌とか読むんですね」


「なにをヘラヘラしとんねん。読んだらあかんのかいな?」


 相変わらず温和な笑みを浮かべているオトハさんから、オトハさんらしからぬ凄みのある声が聞こえた気がした。

「それはそうと。実は私、ロマンちゃんのお兄さんとお付き合いしてるんです」

「え、おに……兄貴と!?」

「はい」

 温和に微笑むオトハさん。

 唐突に突きつけられた事実に、あたしは動揺していた。

 だって……つまりそれって、兄妹で同じ人を好きになったようなもんじゃん!

「ロマンちゃんも、弟と恋人になったんですよね?」

 バレてるしっ……!

「タクミがね、急に『たっくん呼びはやめてくれ』って言うから、理由を問い詰めたんです」

 実姉から彼女あたしと同じ呼び方されてるの、イヤだったんだろうなぁ。

「なんかごめんなさい……」

「いいんです。喜ばしいことではないですか——


 んなわけあるかいボケェ」


 もうオトハさんやだ……。

 なんとかしてたっくんの話題から逸らさないと!

「兄貴と付き合ってるってことは、もしかして兄貴もここに?」

 おにいちゃんもあたしに負けず劣らずのオタクだからね。ゲーマーのオトハさんが来ているなら、彼氏であるおにいちゃんが来ていても不思議じゃない。

「はい——といってもご覧の通り、別行動をとっているんですけど」

「あはは……あたしもです」


      ***


「……」

 帰り際——会場ビッグ○イトから徒歩三分ほどの位置にある駅のホームにて、二組のカップルが鉢合わせしてしまっていた。

 言わずもがな。ボクとろまちぃのカップルと、姉貴とろまちぃのお兄さんのカップルである。

 ボクたちは事前に姉貴やお兄さんと会ったことを話していたが、どうやらお兄さんのほうはそうではないらしく——。

「ま、まさか少年……二条タクミだったのか!?」

「えぇ、まぁ……二条拓己です」

 一度顔を合わせているだろうに。大袈裟に驚くお兄さん。

「ここで会ったが百年目!妹が欲しければ俺をたおいてててっ——!?」

「はいはい行くよ、つーくん」

「オトハさんっ!?いたっ、みみっ、ちぎれっ……!?」

「それじゃあね、タクミ、ロマンちゃんも」

「「……」」

 ろまちぃのお兄さんは姉貴に耳を引っ張られ、いずこかへと消えていった。

「シスコンの兄を持つと大変だな」

「たっくんも。ブラコンの姉を持つと大変だね」

 ろまちぃが妙なことを口にする。

「ブラコン?姉貴がか?」

「知らぬが仏……さ、あたしたちも帰ろ?」

「あ、ああ……」

 妙な巡り合わせはあったものの、ボクたちは電車へと乗り込み、オタクたちの祭典へと別れを告げるのだった。






 ウインター・祭典之日オラトリア


   ——完——

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