クリスマス・カデンツァ(3)

 なにやらシリアスな雰囲気で去ろうとしているタクミ先輩の背中へと、あたしは大きく息を吸ってから、おもいきり、力一杯、叫んだ。


「あたしも二条にじょう拓己たくみが大好きだぞぉぉぉ!!!」


 先輩はびっくりした顔で振り返る。

 あたしはしてやったりな顔をしてやった。

 すると先輩はなぜだか寂しそうに微笑んで、再びあたしに背を——

「ってちょっと待てぇぇぇい!」

 向けて去ろうとした先輩に駆け寄り、その肩を掴んで引き止める。

「な、なんだよ……」

 困惑した様子のタクミ先輩。

 なんだよはこっちのセリフである。

「なんで今の流れで帰ろうとしてるんですか!?」

「なんでって……今のは友達として好きだったとか、そういうアレだろ……?」

 あー……だから寂しそうに笑って去ろうとしたのね。納得納得。

「なんで最後の最後に鈍感主人公になるんですか……」

 肩を落とす。

「鈍感って……ロマンの好きは、友達としての——」


 ——ちゅっ


 鈍感な先輩にわからせてやろうと、そのうるさい唇を塞いでやった。

 ほんの数秒で唇を離すと、珍しく先輩の顔が赤らんでいた。

「こういう好きだけど、文句ありますか?」

 先輩は恥ずかしそうに目を逸らし、つい先ほどあたしの唇が触れたぶぶんを片手で覆う。

「えっと、なんでしたっけ?」

 あたしはわざとらしく、

「明日から友達じゃいられない、でしたっけ?」

 それなら、と続ける。

「あたしを彼女にしてくれるってことでいいんですよね?」

 にひひ——自分でもわかるくらい、あたしの頬は緩みきってしまっていた。


 先輩に彼女ができないために彼女になる——そう決意してから、あたしは先輩と付き合った際のシミュレーションを、エロゲ脳をフル活用して何度も何度もおこなった。

 何度も何度も行って……その結果、あたしは自分の気持ちに気がついてしまった。

 ずっとずっと、ただの友達だと偽ってきた先輩への『好き』を、認めてしまった。

 認めてしまったら、なんだか得心がいって——今日に至る。


「それは、無理だ」

 ……え?

 だから、その言葉の意味がわからなかった。

「無理って……え……?」

 さっきあたしに告白して、そのあとあたしが告白した相手に、振られた……?

 なぜ。どうして。エロゲ脳をフル活用しても導き出せない答えに、しかし——答えたのは、タクミ先輩だった。


「明日からじゃなく、今日からだろ」


 ——ちゅっ


 さっきあたしがやったことを、先輩にやり返される。

 キモオタのくせに、生意気だなぁ。

 ……まぁ、あたしもキモオタなんだけど。

「これで、ロマンはボクの彼女だ」

「これで、タクミ先輩はあたしの彼氏です」

 客観的に見ると「こいつら何言ってんの?」な状況。

 でも、お互いに声に出して確認することで『相手せんぱい自分あたしのモノ』とだれにともなくマウントをとったつもりでいるのだ。

 あたしたちはどちらともなく微笑みあって、もう一度キスをした——。


「今日はもう遅いし、またな」

 そう言いあたしの返しを待つ先輩から目を逸らし、あたしはボソリと呟くように——


「今日は、親に友達の家に泊まると言ってあるんですけど……」


 言って、ものすごく顔が熱くなる。

「そ、そうか……」

 その意味するところを理解してくれたのか、先輩も顔を赤くしてその顔を逸らした。

「でも、その……うち、親いるんだよな……」

「親がいたら困るようなこと、あたしにするつもりなんですか……?」

 先輩の顔がさらに赤みを帯びる。なにこれ楽しい!

「おまえ、わざとだろ……」

「当然じゃないですか」

 えっへん!と胸を張る。

「と、とりあえず……うち、来るか……?」

 そう尋ねながら照れてる先輩が珍しくて、可愛くて——あたしはくすくすと笑ってから、小さく頷いた。

「はい!」






 クリスマス・終始譚カデンツァ


   ——完——

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