クリスマス・カデンツァ(2)
牛丼屋で腹ごしらえをして外へ出ると、パラパラと粉雪が降っていた。
「タクミ先輩は、雪を見てなにを連想します?」
ロマンが唐突に訊いてくる。
「雪……うーん……ム○ウタかな」
少し古めのラノベのタイトルを口にする。
雪を降らせてその雪に触れたものに殺傷ダメージを与える——みたいな能力を持ったヒロインが出てくるもので、実際はファンタジー要素のある少年少女の淡い恋の話だったりする。
「聞いたことないですね……」
ロマンはそもそもエロゲメインのオタクだからな。知らないのも無理はない。
一応アニメ化もしているが……ボクは観ていないので触れないでおこう。
「ロマンは雪でなにを連想するんだ?」
「よくぞ訊いてくれました!——ずばり、ホワ○トア○バムです!」
「……」
安定のエロゲだった。
主人公とふたりのヒロインとの三角関係をメインとしたドロドロなストーリーで、賛否は分かれるがボクは好きな作品だ。
「曲といいキャラといいストーリーといい声優さんといい、素晴らしいですよね!」
「それには同意するけど……」
クリスマスデートでドロドロなエロゲの話を嬉々としてするのはどうなんだろうか。
「あたしとしては、『2』の○春ちゃんが好きなんですよぉ!キスマークを堂々と見せつけるあの危なげな強さがいいですよねぇ!」
「どこに惚れてんだよ」
もっと他にあるだろうに……。
ボクは嘆息し、二人並んで駅のほうへと歩き出す。
「素朴な疑問なんだけど、ロマンがエロゲで一番好きなキャラってどんなの?」
「一番……は、ちょっと決められないですけど……」
ロマンはうーん、と唸りながらしばし思案する。
やがて——。
「属性で言うなら、孤独系ですかねぇ。孤高でもいいですけど……なんていうか、孤独であるがゆえに主人公に依存しちゃってる、みたいな」
「ああ……」
つよ○すの椰子な○みみたいなタイプか。
「先輩は?」
「ボクはもちろん——喫茶ス○ラの四季ナ○メだ」
「うわー……後輩女子に恥ずかしげもなく好きなエロゲヒロイン名乗っちゃってるよこのひと……」
なぜか引かれた。なんでだよ。
「まぁ、冗談はさておき……」
ロマンは顎に人差し指をあて、なにやら唸ったあと——
「あたしとは似ても似つかないタイプのヒロインですよね」
そんなことを言ってくる。
四季ナ○メはクール系の美人だからな……ロマンとは対極に位置する存在と言ってもいいだろう。
「おやおや?先輩いま、すごく失礼なこと思いませんでした?」
「まさか。そんなこと考えるわけないだろ」
そもそもキャラの属性が真逆だからといって、それだけでいい悪いとはならないのだが……ロマンが機嫌を損ねる可能性はあるし、黙っておくのが無難だろう。
そうこうしているうちにクリスマスマーケットが開催されている公園へと到着。
早速目的であるオリジナルのスノードーム制作へととりかかる。
ちなみに今さらながら、スノードームとはドーム形の透明な容器の中に人形や建物等のミニチュアを配置し、雪に見立てたもの等をいれ雪が降る様子を表現したりする物である。
「せっかくですし、ロマンチックな物にしたいですよね。ロマンだけに」
「ついに自分自身の名前を弄りだしたな」
オリジナルといっても一から作るわけではなく、用意されたパーツを好きに配置する程度の簡単なものだ。あとはスタッフの方がやってくれる。
それにしても、デート中にエロゲの話するやつがロマンを語るとか……おもしろい冗談だ。
「いま『さっきまでエロゲの話で盛り上がってたくせにロマンチックもなにもねーだろ』とか思いませんでした?」
「思ってない」
なんでさっきからエスパー属性が付与されてんの?いつからオカルトキャラに移行したんだよ。
「ロマンのセンスの見せ所だな」
「名前負けしないような神作を作ってやりますよ!」
——十五分後。
「どうですかこれ!いい感じじゃないですか!?」
ロマン制作のスノードームの中には、サンタやトナカイ、
「詰め込みすぎじゃないか?」
ふたりいるぞ、サンタ。
「ふたりもいたら、プレゼントも二個ですかね」
ふたりのサンタ……それってもうりょうし——この先は言ってはいけない気がする……。
「先輩はいつ頃まで信じてました?」
できあがったスノードームが入った紙袋を受け取ってから、ロマンがそう切り出してくる。
サンタを、ということだろう。
「小三くらいまでだったかなぁ」
「はやっ!?夢のない子供だったんですね……」
「その頃からオタク気質っていうか、アニメ観たり漫画読んだりしてたからな。ほら、ギャグ漫画とかでサンタが登場したりするだろ?あれ見てサンタの正体を察したんだよ」
あえて正体が何者かは言わないけど。ネタバレになるし。なんの?
「筋金入りだったんですねぇ」
「そういうロマンは、いつ頃まで信じてたんだ?」
「あたしは中一ですね。サンタ自ら正体を明かしてきました。たぶん言われなかったら今でも信じてたかもしれません。あえて正体が何者かは言いませんけど。ネタバレになりますし」
「意外と純粋だったんだなぁ」
ボクの言葉にムッと頬を膨らませるロマン。
「意外とってなんですか。あたしは今でも純粋ですよ」
ぷいっとそっぽを向いてしまう。
エロゲーマーの
「そういえば純粋なロマンさんや」
「なんですか変態のタクミ先輩」
「エロゲにハマったきっかけとかあるのか?」
女子はエロゲに対して抵抗あるというか、不快を感じる生き物だと思っているんだが。
「きっかけって言うほどじゃないですけど、あたしが最初にプレイしたのがF○teだったんですよね」
今ではゲーマーなら名前くらいは知ってるほどに有名な作品だ。
伝記モノで、簡単に説明すれば、手にすればなんでも願いが叶う聖杯を巡って、七人の
エロゲではあるが、ぶっちゃけエロ要素はおまけ程度にしかなかったりする。
「なんでそれで重度のエロゲーマーになるんだよ」
「悔しかったんですよねぇ」
「悔しい?」
「だって、キャ○ター……メ○ィアさんあんなに美人なのにエッチシーンがないんですよ!?だからあたし、悔しくて他のエロゲにも手を伸ばしたんです!」
「うん、まったくわからん」
「つまりですね、他の作品ではサブヒロインが報われているかどうか知りたいがために、いろんな女の子たちに手を出したんです」
「そ、そうか……」
割とオタクっぽい理由でびっくりだよ!こいつこそオタク気質だったんじゃないか?
「そもそも、何歳の頃にエロゲを始めたんだ?」
「それはノーコメントで。色々と問題になるかもしれませんし」
「
てゆーか、とロマン。
「なんでクリスマスにエロゲの話をしなきゃならないんですか!?」
「こっちが聞きたい」
「これだから先輩はエロゲ脳なんですからっ」
「そりゃロマンだろ」
「先輩がエロゲ脳であることのどこにロマンがあるんですか!」
「ややこしいなおまえの名前!」
「後輩女子の名前を批判するとか最低ですね!」
「批判とかじゃねーよ!」
そこまで叫んだところで、どちらともなく息を吐く。
「まったく……どうしてクリスマスまでツッコまなきゃならないんですか……」
「ロマンがツッコミキャラで、ボクがボケキャラだからだろ……て、なんかやだな自分のことボケキャラって言うの……」
妙な虚しさがある。
ふとロマンへ見やると、なにやらにたぁと笑っていた。
「どうした?」
「近いうちに、先輩がツッコミキャラになるかもしれないなぁと思って」
「壮大なボケでも用意してるのか?」
「ま、そんなところです」
既に『クリスマスにエロゲの話をするヒロイン』として壮大なボケをかましている気はするが……そこはツッコまないでおこう。
時刻は午後九時を回っていた。
そろそろ解散しなければ、ロマンの両親も心配するだろう。
けれど、その前にやらなければならないこと——つけなければいけないケジメがある。
「ロマン」
駅前にて——ボクは真剣な表情で、後輩女子の名を呼ぶ。
「なんですか?あ、もしかしてあたし、今から告白とかされちゃう感じですか!?」
茶化すロマンに、しかし——
「ああ」
そのとおりだ、と頷く。
これからボクは、ロマンに告白する——改めて想いを伝える。
たとえその先にあるのが、ハッピーエンドじゃなくても……。
「ロマン」
改めて名前を呼ぶと、今度はロマンも真剣に聞く気になったようで「はい」と静かに応えた。
もう、覚悟は決まっている。
きっと、ロマンも……。
だから……ボクは躊躇わずに、努めて冷静に、ただ事実だけを、告げる。
「ボクは
他人になろう——二学期になって、図書室で絡むより前に戻ろうと……ボクはそう提言した。
「……それが、タクミ先輩の答え、なんですね……」
真っ直ぐにボクの瞳を捉えるロマン。
「ああ……」
ボクも真っ向からその瞳を受け入れ、頷く。
「だから、明日からはもう友達じゃない……」
「そうですね……」
またな、ではなく——
「さよなら」
ボクはそう告げて、友達だった後輩女子に背を向けた——。
クリスマス・
——完……?
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