クリスマス・カデンツァ(1)
十二月の二十四日はクリスマスイブ——ただの『クリスマスの前日』にすぎないその日はしかし、日本では恋人同士、あるいは夫婦が互いの気持ちを再確認しあう特別な日となっている。
ゆえに、『クリスマス当日』であるはずの二十五日は、イブに比べて特別感が薄れていたりする。
それでも特別な日であることに変わりはないのだが——とにかく。
後輩女子でありオタク友達でもあるロマンこと
—— あたしたちの関係に、ピリオドを打ちましょう
ボクのロマンへの
あるいは、
「……」
ボクの気持ちは、とっくに決まっている。
「お待たせしました。せーんぱいっ!」
待ち合わせである駅前で考えに
「今日は制服じゃないんだな」
これまで二人で遊ぶ際、ロマンは決まって高校の制服だった。
遊ぶ時間が主に放課後だったから、という理由もあるのだろうが……とにかく、私服のロマンを見るのは初めてで、なんだかとても新鮮だった。
「制服のほうがよかったんですか?相変わらず変態ですね」
「相変わらずの悪態だな」
「タクミ先輩にしか毒づかないので安心してください」
「どこをどう安心しろと?」
さて——もはやお決まりとなったやりとりをしたところで。
ロマンの今日の服装は、下から白いショートブーツ、それから黒のタイツに、ベージュを基調とした膝上丈のフレアスカート。ロング丈の白いコートの前身を開け、白いニットのセーターが見えている——といった具合だった。
寒いのになぜ前身を開けているのか……閉めるとそれはそれで暑すぎる——ということもないだろう。
答えは簡単だ。ボクはキモオタ童貞だが、ラブコメによくいる鈍感主人公ではない。
「服……似合ってるな。すごく可愛い」
褒めてほしい——前身を開けている意味はそこにある。
案の定、ロマンはうぇへへと気味の悪い——可愛らしい笑顔を浮かべ、ご満悦の様子。
「先輩ってめざとく褒めてくれるから、好き」
「ぐふっ!?」
唐突な「好き」に吐血しそうな勢いで動揺するボク。
な、なんだ……?どういう意図があるんだ今の「好き」に!?ボクを試しているのか!?
思わぬカウンターをくらってしまったが、いつまでも駅前で立ち話をしているわけにもいかない。
「今日はどこに行くんだ?」
デートに誘ってきたのはロマンなので、そう尋ねる。
一応ロマンが無計画だったときのために、ボクなり——キモオタ童貞なりにデートプランを練ってきはしたが……。
「エロゲショップでも行きます?」
「しょっちゅう行ってるだろ……」
クリスマスに男女でエロゲショップって。ボクたちらしいけど全然ロマンチックではない。
「ボクなりにデートプランを考えてきたんだが……」
「シメにホテルとか、いやらしい場所に連れていかないならそのプランに沿いますか」
「ボクをなんだと……というかロマン。もしかしてデートに誘ったくせに、どこへ行くかなにも考えてなかったな?」
ぎくっ、とロマンはわかりやすく図星であることを声に出す。
「まったく考えなしだったわけじゃないですよ?ただその、デートって初めてですし……エロゲで知識はありますけど、実際どこに行けばいいのやら……って感じで」
「エロゲか……」
ボクの知識もおよそエロゲ……というかラブコメや恋愛モノのアニメやら漫画やらから得たもので、おそらくロマンとさして変わらないだろう。
定番なのは映画館、水族館、遊園地とかか……まぁこの時期遊園地が開いているのかは微妙だが。
「よし。じゃあ最初はコーヒーショップでおしゃべりだ」
ボクの練ってきたデートプランで進行することにした。
「なんかリア充みたいですね、それ」
「だろ?」
かくして——コーヒーショップはどこも満席だった。
なんでだよ!クリスマスなんだからイルミネーションとか見ろよ!コーヒーなんぞ飲んでんじゃねーよ!
「すごい混みようでしたね」
ブーメランになりそうなことを思いながら苦笑する。
ちなみに席だけでなく、注文するのにも長蛇の列ができていたのでコーヒーすら買えていない。
「気をとりなおして……今度は
「そんなところに女の子を連れていってナニをするつもりなんですか!?」
かくして——映画館である。
「まぁそんなオチだろうと思いましたよ」
ボクたちはオタク人気が高いアニメ映画を観ることにした。
クリスマスにアニメ映画を観るカップルの割合ってどの程度なんだろうか。
「先輩はこのアニメ、原作は読んでるんですか?」
上映前の暇な時間——劇場予告を眺めながらロマンが訊いてくる。
「いや。あまりキャラデザが好きじゃなくて」
「どうしてそんな映画を観るに至ったんですかね!?」
「アニメ映画がこれしかなかったからだ」
「洋画とか他にも選択肢はあったと思いますけど……もしかして先輩、アニメ以外には興味ないんですか?」
「そんなことはない。『スチ○アートリ○ル』って洋画なら昔、DVD借りて観たぞ」
まぁ借りてきたのは母親だけど。
「アニメ映画以外を映画館で観たことは……?」
「ない」
即答してやった。
ボクが好き好んで消費者になるのは二次元だけなのだ。
「そういうロマンこそ、アニメ以外の映画は観るのか?」
「あたしはジリちゃんたち——友達とたまに行ってましたし」
「このリア充めっ」
「クリスマスに後輩女子とデートしてる先輩もリア充だと思いますけどね!?」
言われてみればたしかに……。
「……」
不意に無言になる。
ロマンの友達といえば、合コンの件はどうなったんだろうか。
あるいは——合コンでいい男と出会ったがために、ボクとの関係を終わらせようとしているのか……。
訊いて、もしそうだったら……。
「あ、始まるみたいですよ」
場内の照明が落とされ、非常灯のみが唯一の明かりとなり……やがて、クレジットの後に本編が開始された。
——ぎゅっ
「……」
右手を、どういうつもりか右側に座る人物——ロマンが強めに握ってきた。
ロマンはというと、正面を見たまま、こちらを見ようとはしない。
ホラー映画の怖いシーンで、恐怖のあまり他人の手を握ってしまう——とかならわかるのだが……。
ボクはそのまま、そっとロマンの手を握り返した。
「……」
ロマンはやはり何も言わない。
それにしても……ボクの飲み物は右手側のドリンクホルダーにあるうえに、左手側は左隣の客が使ってて使えないんだよな……左手で取れないこともないけど。
女の子と手を繋いで映画観賞をしているのに、そんなことを考えてしまうあたり、ボクはキモオタだよなぁ……キモオタ関係ないけど。
映画を観終わり、夕食がてらボクたちがやって来たのは牛丼屋だった。
クリスマスデートにいつでも来られる牛丼屋をチョイスしたのは、ボクたちが単なる友達であり、特別感がなく気取る必要のない安価なお店だからである。けっして、財布に余裕がないからとか、そんな理由ではない!
それはそれとして、牛丼だって美味しいのだ。安いからと馬鹿にしてはいけない。
「初デートに牛丼屋へ連れてく男って、どう思う?」
雑談がてら訊いてみた。
「ないと思います」
ばっさりだった。
こちとらバイトもせずに小遣いだけでオタクやってる高校生ぞ!
「ま、気心しれた関係ならいいんじゃないですか?あたしと先輩みたいに」
「そうか……」
来年はバイトでもしようかな……。
そうすればもっとたくさんオタクグッズを買えるというもの!
「それより、さっきのアニメ最高でしたね!」
「だな。キャラデザだけで敬遠するもんじゃないわ、アレ」
「伏線が後半にかけてどばばーっと回収されていくあの感じとかもう堪りません!もう一回観直してもいいくらいです!」
「原作読みたいけど、欲しいゲームやラノベが立て続けに発売するんだよなぁ……」
「あぁ、金欠オタクの悲しいところですよねぇ……」
ため息を吐くキモオタふたり。
手を繋いでドキドキしっぱなしで話が頭に入ってこない——なんてラブコメによくあることにはならないのだ、オタクは。
「あ、じゃあ今度漫画喫茶でも行きましょうよ」
「あ、ああ……」
たしかに漫画喫茶なら安価で漫画本が読める。
しかし、それはつまり……このデートのあとも、ボクたちに繋がりがあるということで……。
現在の時刻は午後八時過ぎ——デートを終わらせるには少しだけ早い。
結論を——ロマンの意図を訊くのは、もう少し先でいいか……。
「牛丼食べたらどこ行くんですか?」
「クリスマスマーケット」
「マーケット……買い物ですか?」
「オリジナルのスノードームが作れるらしい」
数日前のニュースで紹介されていた。
事前予約制で、もちろん予約済みだ。
「スノードームですか……そんなのよりエロゲのヒロインを見てるほうが幸せで——」
「……」
「わ、わー!スノードーム楽しみダナー!」
ボクたちにふつーのデートは無理な気がしてきた……。
そもそも
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます