シスコン・トロイメライ
俺——
名前は
少し前まではすごく嬉しそうに学校や友人のことを話していたのに、ここ最近は落ち込んでいて、なにがあったか訊いても「ほけー」と奇声を発するばかり……だったのだが、昨日の夜に帰ってきたときは元の嬉しそうな表情を取り戻していた。友人らと食事してくるとのことだったので、きっとその友人らが励ましてくれたのだろう。
なにがあったかわからないが、よかったな妹よ——なんて妹想いに
「いらっしゃいませぇ!タクミせーんぱいっ!」
タクミ……?まさか男、か……?
それに聞いたことのないような猫撫で声……。
「はは、まさかな……」
あの純情無垢な妹のことだ。名前がややこしいだけで、きっと友人に違いない。女の。
俺は真実を確認すべく、部屋を出て、ドアに背中を預けてジ○ジョ立ちして待つことにした。
やがて妹とタクミ先輩とやらが二階へと上がってくる。
「……」
タクミ先輩とやら、男ですやん……。
いや、まだだ。まだ彼氏と決まったわけではない!
「おに……クソ兄貴、なんでそんなとこで厨二ポーズしてんの?」
「いい質問だ妹よ」
「うざ。行こ、先輩」
「ちょっまっ!?」
兄を無視して自分の部屋へと向かう妹。
タクミ先輩とやらは会釈だけして、妹のあとをついていった。
「待つのだ妹よ!」
そんな二人を呼び止める。
「なに?」
なにやら不機嫌そうだ。
「その男……よもや彼氏ではあるまいな!?」
「はぁ?おに……兄貴には関係ないじゃん」
でもまぁ、と妹は言葉を続ける。
「ただの友達」
その言葉に胸を撫で下ろす。
そうだよな。こんな冴えない少年が彼氏なわけ——
「今はまだ、ね」
ノォォォォ——ッッッット!!!
今はまだ!?これから進展する可能性があるということか!?
許さん……お兄ちゃんは許さんぞ!そんな妹に育てたつもりはない!
「言っとくけど、盗み聞きとかしないでよねっ」
「……」
盗み聞きされたら困るようなことをするつもりなのか妹よ!?
まだ高校生だぞ……!?せ、せめて成人するまでは……くそう!タクミ先輩とやら……!
俺はタクミ先輩とやらの後ろ姿にガンを飛ばした——が、無慈悲にも妹の部屋のドアが静かに閉じられてしまう。
さて——さすがに盗み聞きをする趣味はないので、自分の部屋へと戻る。
すると愛しの彼女から着信があった。
「はいもしもし。あなたのヒーロー、
『ヒーローの名前ダサっ』
「ずーん……」
気にしてるのに……なぜ
「それより何かご用ですか?オトハさん」
オトハさん——
『用がなきゃ彼氏に電話したらダメなの?』
「いえそんな!いつでもお気軽にお電話ください!」
オトハさんに見えるわけでもないのに敬礼する俺。
『前々から少し気になっていたことがあって。訊いていい?』
「なんなりと」
『今日、妹さん、男の子を連れてきてない?』
「なぜそれを……まさかオトハさん!俺を好きなあまり監視カメラを!?」
『してないから。それより……そっか。もしかして、とは思っていたんだけど……』
「オトハさん?」
彼女が何を言っているのかわからない件。
『あ、ごめんね。でも不思議なこともあるんだなぁと思って』
「と言うと……?」
『私の弟、
タクミ……ロマン……。
「どこかで聞いた名前ですね」
『うん。というか、今あなたの家にいると思うの』
「オトハさんがですか!?」
『いえ、私の弟が。つーくんの家に。つーくんの妹と』
「……」
数秒遅れて、どういうことかを理解する。
妹が連れてきたタクミ先輩とやらが、俺の愛する彼女・オトハさんの弟——。
「おとうとぉ!?」
『うん。だからまぁ、よろしくね?』
「よろしく、とは……?」
『監視』
オトハさんが言わんとしていることを理解する。
ふたりが不純な関係にならないように見張れ、ということなのだろう。
「イエス、ユア、ハイネス」
『それと、もうすぐクリスマスだけど……ホテルの予約も、お願いね?』
「もちろんです!」
オトハさんとの楽しい通話を終え、不敵に笑む。
自分の人生が順調すぎて怖いぜ。
「さて——」
オトハさんに命じられたとおり、妹とオトハさんの弟さんの動向を探らなければいけない。
許せ妹よ……俺も盗み聞きはしたくないんだ。
心の中でだけ謝り、俺は隣——ロマンの部屋があるほうの壁に耳を押し当てる。
「先輩、あたし、あんまり激しいのはちょっと……」
「なんだよ。誘ってきたのはそっちだろ?」
ナニをしているんだ妹よ!?
我が耳を疑う。
いやいや。妹に限ってそんなことあるはずが……。
「はぁ……はぁ……せんぱっ、そんなっ、動かさないでっ……」
「ロマンをいじめるのが楽しくてつい、な……すまない」
「もぅ……こんなことさせるの、先輩だけなんですからね……?」
こんなことってどんなこと!?
荒い息遣いと、なにかが擦れる音……まさか、本当に……?
「わぁ……先輩の、すごく大きいですね……」
「はぁ、はぁ……可愛い後輩の前だからな……張り切りもするさ」
「またそーゆうことを言う……まったく」
愛しの妹にナニ晒しとんじゃタクミ先輩とやらあっ!?
今すぐ凸るか?いや……まだ勘違いという可能性も——
「せんぱぁい……もうあたし、我慢できなくて……そろそろ……」
「だらしないな。だったら自分で動け」
「先輩も手伝ってくださいよぅ」
ちょっ、まさか妹に
もう我慢できん!
俺は部屋を飛び出すと、ノックもせずに妹の部屋のドアを押し開けた。
「不純異性交遊など許さん!」
叫ぶ。
するとそこには——ハンドルのような物を持つ妹と、テレビ画面に映し出されたゲームのタイトル画面が……。
「……なにしてたんだ?」
呆然としている二人へと問いかける。
「リ○グフィットアド○ンチャーだけど。なに勝手に入ってきてんの?」
ゲーム感覚でフィットネスができるアレか!
「ややこしいぞ妹よ……」
「いいから出てけクソ兄貴!」
追い出された。
***
ネタバラシ。
「先輩、あたし、あんまり激しいのはちょっと……」
難易度が高めのミニゲームを選ぶと、ロマンが文句を垂れた。
「なんだよ。(ゲームに)誘ってきたのはそっちだろ?」
「はぁ……はぁ……せんぱっ、そんなっ、動かさないでっ……」
フィットネスしているロマンの上半身を押すと、ロマンは
「ロマンをいじめるのが楽しくてつい、な……すまない」
「もぅ……こんなこと(ボディタッチ)させるの、先輩だけなんですからね……?」
風船を膨らませるミニゲームにて。
「わぁ……先輩の、すごく大きいですね……」
「はぁ、はぁ……可愛い後輩の前だからな……張り切りもするさ」
「またそーゆうことを言う……まったく」
そう言うロマンは満更でもない表情を浮かべていた。
「せんぱぁい……もうあたし、我慢できなくて……そろそろ……」
さすがにフィットネスをしすぎたのか、ロマンが早々に根を上げる。
「だらしないな。だったら自分で動け」
「先輩も(片付けるの)手伝ってくださいよぅ」
***
別れ際——ロマンが思い出したかのようにあっ!と声をあげた。
「クリスマス、デートしましょうね?」
「クリスマスって……」
男女でクリスマスを共に過ごすというのは、少なからず特別な意味が含まれる。
ボクとロマンは単なる友人関係——オタク仲間に過ぎない。
「あたしたちの関係に、ピリオドを打ちましょう」
距離を置き、冷静になり、その末に導き出した答え合わせをしようというわけか……。
ロマンはボクを異性として意識していない。
だから、これからも仲のいい友達として接していくか、あるいは——ボクにまだその気持ちがあるなら、関係を終わらせて、他人へと戻るか……。
クリスマスを、ボクたちの関係に決着をつける日にしたいのだろう。
「……わかった」
静かに頷く。
「それじゃ、クリスマスに」
「はい。クリスマスに」
ボクたちの物語が、最終章へと歩みを進めた——。
シスコン・
——完——
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