ワルツ・ザ・ロマン(3)

「どうも初めまして。イジリの彼氏の沢屋さわやかいです」

 合コン当日——ファミレスにて。

 爽やかな笑顔が眩しいイケメン大学生がそう挨拶をした。

 続いてその右隣に座る金髪のイケメンが——

小金井こがねい三郎さぶろう、でぃっす!」

 さらに続いて左隣に座る銀髪のイケメンが——

白銀しろがね無霰むさんでーす!よろぴくー!」

 どっちもチャラそうだった。

 とりあえず金さん、銀さんと覚えておくことにする。

 男子側の自己紹介が終わったところで、次は女子側が自己紹介をする番となった。

「まずはわたしから——友田ともだいじりです。よろしく」

「クゥゥゥル!友田ちゃんマジクールだわぁぁぁ!」

 よくわからないところで金さんが興奮している。キモ。

「次はうちね!うちは明里あかり鳥江とりえ!名前のとおり明るさだけが取り柄です!今日はタダメシ目的で来ました!」

 え、それ言っちゃうの?

「明里ちゃん素直すぎなんですけどぉ!マジいいわー!」

 銀さんが喜んでいた。キモ。

 そしてあたしの番が回ってくる。

榎本えのもと浪漫ろまんです。ども」

「ロマンちゃんマジキラキラネームじゃーん!パネェわー!」

 銀さんうざ。

 もう既に帰りたいあたしがいた。

「ね、もう帰っていい?」

 小声でジリちゃんに話しかける。

「ダーメ。もうちょっと我慢しな。しらけるでしょ」

「タイプどころか受け付けない野郎しかいないんだけど」

 ジリちゃんの彼氏の交友関係どうなってんの?彼氏はすごく爽やかそうなのに……。

「わかんないよ?話してみれば意外といいやつかも」

「そんな風には見えないけど……」

 とはいえ、見た目で判断するのはよくないよね。

 あたしは金さん銀さんの人となりを知るべく、行動を開始した。




 三十分後——。

 ダメだ……話せば話すほど嫌いなタイプだ、金さん銀さん……。無論目の前にいるチャラ男ふたりのことであって、どこぞのおばあちゃんたちのことではない。

 とにかく。

「いいねぇロマンちゃん!いい飲みっぷりだよひゃっはー!」

「ど、どうも……」

 こちとら飲んで気を紛らわせるしかないんじゃ!ジンジャエールだけどね!

 あと金さん銀さん、髪色以外が似すぎてて髪の色を見ないとどっちがどっちかわからなくなってるあたしがいる。

「そういやロマンちゃん、聞いたよー?気になる男がいるんだってー?」

 馴れ馴れしいな銀さん。あ、金さんだった。

 いったいだれに……というか気になるって、もしかしてタクミ先輩のこと?

「そいつキモオタなんだってー?マジウケるんですけどぉ!ロマンちゃんオタサーの姫とか狙っちゃってる感じ!?」

 イラっ——。

「狙ってません」

「なになにぃ?まさかガチ?真剣と書いてガチなやつきちゃったこれ?」

 イラっ——。

「別に。先輩——その人は大切な友人というだけですので」

「友人とかないわー。オタクなんてアニメのキャラクターでシコってるやべぇやつなんだよぉ?ロマンちゃんもシコられちゃってるかもよぉ?」

「でもロマンちゃんくらい可愛かったからわかるわー」

 イラっ——。

 なんなんだこいつら。さっきから琴線きんせんに触れるような物言いばかり……わざとなのかと疑いたくなってくる。

 チラリと目をやれば、ジリちゃんは彼氏と仲良さそうに話し込んでいるし、その隣ではトリちゃんがステーキをもっしゃもっしゃとかきこんでいた。

 そしてあたしの両隣にはうざすぎるチャラ男ふたり……地獄か!

「なぁなぁロマンちゃん。そんなキモオタ野郎なんて忘れてさ、俺らとぶっちしない?」

 金さんが気安く肩に手を回してくる。

「いいねぇそれ!白銀しろがねくんマジ天才じゃね!?」

「でしょー?」

「「うぇーい!」」

 イライライライラ——。

「触んないで」

「まぁまぁそうカッカしないでさぁあ。あ、もしかしてロマンちゃんって処女?」

「マジ?遊んでそうなのに処女とか……それならそれで、俺らが教えてやろっか?」

 銀さんが薄気味悪い笑みとともに、汚い手を腰に回してくる。

「……」

 あたしはもう我慢の限界だった。

「触んなっつってんだろうがこのヤ○チンども!!!」

 テーブルを勢いよく叩き(あ、痛い……)、チャラ男ふたりを怒鳴りつける。

「どしたのロマンちゃん、なにガチギレしてんのさぁ?」

「わかれよ!女とヤりたいなら相手が嫌がってるかどうかくらいわかれよ!」

「ちょっ、マジ萎えるんですけど?ガチギレとかマジないわー」

 こんなわかりやすいチャラ男が現実にいるなんて……タクミ先輩が三次元に見切りをつけるのも無理はない。

 現実は小説よりチャラい、とはよく言ったものだ。

「あんたらみたいに下半身でしか女を判断しないクズ野郎なんてっ、先輩と比べるまでもなくありえないし!それに散々オタクを馬鹿にしてたけどさぁ——」

 あたしは、ジリちゃんやトリちゃんがいることも構わずに、叫ぶ。


「あたしもキモオタなんだよ!残念だったな!」


 バンっ!と千円札をテーブルへと叩きつけ、あたしは逃げるようにその場をあとにした。


      ***


 やっちゃったぁ……。

 ファミレスの前にひとり、涙目になって膝を抱えている女子高生の姿があった——無論あたしである。

 チャラ男たちにキレたのは、まぁいい。どうせ今後は関わることのない他人でしかないのだし。

 問題はジリちゃんとトリちゃん——あたしの大事な友達ふたりに、自らオタクだとバラしてしまったことだ。

「はぁ……」

 あのふたりは、オタクに理解があるほうではない。

 だからこれまで隠してきたというのに……。

 明日からどんな顔して話せばいいんだろ……。


「ロマン。だいじょうぶ?」


「ふぇ……?」

 顔を上げると、あたしの友達たるジリちゃんが心配そうな表情を浮かべてあたしのことを見下ろしていた。

「ジリちゃん、ごめん……」

「なにが——ああ、合コンをめちゃくちゃにしたこと?」

 ぐさっ!?

「そ、それもだけど……あたし、オタクだってこと隠してた……」

「いや、知ってたけど?」

「…………は?」

 目が点になるとはこのことか。

 ジリちゃんにどういうこと?と視線で問いかける。

「てか隠してるつもりだったんだ。わたしもトリエも、とっくに知ってたよ、あんたがオタクだって。何年ダチやってると思ってるのさ」

「ジリちゃん……」

 オタクだと知っても——知っていても友達だと言ってくれたジリちゃんの言葉に、思わず涙が……ん?ちょっと待って。

「あたしたちが知り合ったのって、高校に入ってからだったよね?」

 あたしもジリちゃんたちも高校一年生!つまり……?

「何年どころか一年も経ってないじゃん!」

「そうだっけ?まぁいいじゃん。何年も一緒とか、時間はさしたる問題じゃないんだよ」

「さっきと言ってることちがうよね!?」

「そうかもしれないけどさ。わかるでしょ?」

「うん?なにが?」

 首を傾げるあたしに、ジリちゃんは諭すように。

「あんたの心の中にいる、大事な先輩のことだよ。長く一緒ってわけじゃないかもしれないけど、毎日、なにをしているときでも、頭の中では二条先輩のことを考えてる——ちがう?」

「それは……」

 授業中、入浴中、寝る前、ジリちゃんたちと話しているときも、たしかに……あたしは先輩のことを考えている。

 なにしてるかな、とか。これ先輩が好きそう、とか。こうツッコんだら先輩にウケるかな、とか。

 でも——。

「でもそれは、友達として……同じオタクとして、近親そうか……じゃなくて、親近感が沸いているからであって、別に男女のそれってわけじゃ……ないし……」

 ジリちゃんやトリちゃんのことだって、タクミ先輩と同じくらい——

「じゃあ同じだって言える?」

「エスパー!?」

 同じタイミングで同じようなことを考えていたなんて……さすが友達!

「二条先輩とわたしらが、同じだって言えるの?同じくらい好きだって、胸を張って言える?」

「もちろん……」

 もちろん……?

 本当に?

「はぁ……二条先輩と一緒にいると楽しい?」

「そ、それはもちろん!」

「じゃあ、二条先輩が他の女の子と話してたらどうする?」

「え……」

「彼女がいたら、あんたはどうするの?」

「……」

 先輩が、他の子と……?

 今はあたしにしか向けていないあのオタクっぷりを、あの変態っぷりを、あの……楽しそうな顔を……あたし、以外の子に……。

「……やだ、けど」

「けどじゃない——ロマンさ、ほんとはとっくに気づいてるんじゃないの?気づいていて、気づかないフリをしてるだけなんじゃない?」

「そんな、こと……」

「頑固だねぇあんたも……」

 ジリちゃんは嘆息し、じゃあさ、と続ける。

「わたしとセックスできる?」

「セック……えぇっ!?ジリちゃん、もしかしてあたしのことをそういう目で見てたの!?」

「ちがうって。例えばの話。どう?」

「どうって……」

 そもそも女同士だとできな——くもないか。あるもんね、そういう玩具おもちゃ

「無理、かなぁ……」

 百合モノのエロゲも好きだけど、二次元は二次元。三次元は三次元。

 ジリちゃんのこともトリちゃんのことも、大好きだけどエッチしたいとは思えない。

「じゃ、二条先輩とは?もし強引に迫られたらどうする?」

「前提条件が変わってるような……」

「いいから。どう?」

 タクミ先輩があたしに迫ってくるとか絶対にな——いとは言い切れないけど。

 でも、例えば抱きしめられたり……。

「……」

 顔が熱くなる。

 キスされて、ムネを揉まれたりして……。

 先輩すごくエッチ!

 で、でもこれは、あたしがエロゲーマーだからこそできる妄想であって、エロゲーマーじゃなければそんなことを考えないわけで……。

 いや、そもそもエロゲーマーじゃなければここまで仲良くはならなかったような……。

「顔、赤くなってる」

「生まれつき赤くなりやすいの!」

「もう認めちゃいなよ。あんたは二条先輩が好きなんだよ」

 ちがう……あたしはたぶん、独占欲が強いだけで……。

「二条先輩が他の子とセックスしてもいいの?」

「それはダメ!——はっ!?」

 つい反射的に叫んでしまった!孔明の罠か!?

「じゃあもうあれだ。好きとか認めなくていいから、二条先輩が他の子と付き合う前に、ロマンが彼女になればいいよ。はい、それで万事解決」

「……天才」

「は?」

 あたしが彼女になれば、先輩が他の子にうつつをぬかすことなんてなくなる。先輩は浮気できるような人間ではないだろうし、仮に浮気しても隠しとおせるほど器用でもないはず。

「そっか!あたしが先輩の隣に居続ければいいんだもんね!」

「う、うん……そうだね」

「よし!そうと決まれば距離を置く必要もないね!」

「え、あ、うん」

「じゃあまた来週学校でねー!」

 なにやら呆気にとられているジリちゃんをその場に残して、あたしは軽快な足取りで我が家へと帰るのだった。


      ***


 友人の勇姿を見送ったわたし——友田ともだいじりがファミレスの店内へと戻ると、わたしの彼氏である沢屋さわやかいが、なにやら連れの小金井こがねいさんと白銀しろがねさんにお説教をたれていた。

「あれはやりすぎだよ、三郎さぶろうくん、無霰むさんくんも」

「はい……すいません。沢屋さん」

「面目ねぇっす……」

 わたしは元々座っていた櫂とトリエの間の席に座り、シーザーサラダをつまんでからトリエに声をかけた。

「一応上手くいった」

 結局ロマンに「二条先輩が好き」と認めさせることはできなかったけれど。

「おお!さすがジリちゃん!友達想いですなー!」

 そう言っていちごパフェのバニラアイスの部分をスプーンですくい、口へ運ぶと幸せそうに口角を上げるトリエ。

 いつの間にパフェ頼んだんだろうこの娘は。

「ところでジリちゃんの彼氏——沢屋さん?ずっと説教してるけど、そろそろ止めてもいいんじゃない?」

「ダメ。ロマンの肩や腰を触ってたからね。あれはわたし指示してないから」

 今回の合コンは、ロマンをきつけるためのものだった。

 仕掛け人はロマン以外の全員。

 櫂の友人である小金井さんと白銀さんに、オタクや二条先輩のことを徹底的にけなしてもらい、ロマンの本心を聞き出す算段だった。

 そういう意味では作戦は失敗なんだけど……ま、結果オーライってことで。

 ちなみに小金井さんと白銀さんは、普段はどちらかと言えばおとしなめの人で、金色と銀色の髪もウィッグらしい。

 ロマンがオタクなことは知ってたけど、コスプレ趣味とかじゃなくてよかった。もしそうなら気付かれていた可能性があるからね。

 それにしても、わたしも二人に会うのは初めてなんだけど、すさまじい演技力だと感心してしまう。

 それはそれとして、ロマンの体に気安く触ったことは許せないけど。

「週明けが楽しみだね」

「そうだね!どうしよう、処女じゃなくなっちゃった!とか報告されたら!」

「それはそれでヘコむね……ま、ロマンに限ってそれはないでしょ」

「あはっ!だよねー!」

 そんな笑い話が近いうちに現実になるとは、このときのわたしたちは思ってもいなかった——。


      ***


『先輩!明日あたしの家に遊びに来ませんか!?』


 距離を置こうと言っていたはずのロマンから、なんの脈絡もなくそんなメッセージが送られてきた金曜日の夜——。

「どういうつもりなんだ……?」

 女子の家って……あまり思わせぶりな態度をとられると、脈があるのではと勘違いしてしまうだろうに。ボクはキモオタ童貞だぞ?

 とはいえ断るはずもなく、ロマンから家の住所を教えてもらい、明日へと思いを馳せるのだった。




 恋慕譚ワルツ・ザ・ロマン


   ——完——

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