ワルツ・ザ・ロマン(1)
あたし——
「ねぇロマン。最近例の先輩とはどうなの?」
昼休みが始まってすぐ、いつも昼食を一緒に食べている友達のひとりで、ジリちゃんこと
「どうって?」
意味がわからず首を傾げるあたし。
「もうキスはしたのかなって」
「なっ……!?」
途端に顔に熱がこもる。
「あー!うちもそれ気になってたー!」
もう一人の友達であるトリちゃんこと
「二学期になってから、友人であるわたしらの誘いを断ってまで通い妻してるんだし、そろそろ進展があってもいい頃なんじゃない?」
にやにやしながらジリちゃん。
「通い妻ってなに。あたしとタクミ先輩はそーゆうのじゃないから。まったく……」
なんでもかんでも恋愛と絡めたがる。これだから三次元は……って!もしかしてあたし、先輩みたいな思考になってきてる!?
「二学期になってもうすぐ三ヶ月経つわけですよ」
「だからなに?」
「調べたところ、学生のカップルは付き合って三ヶ月以内にはセックスしてるらしいよ」
「あー!なんかそうらしいねー!」
二人のお花畑な会話に顔を熱くしたまま、
「だから、そもそも恋人でもなんでもないんだってば……」
呟くように否定する。
「でも好きなんでしょ?」
核心を突くジリちゃんの問いに、あたしはさも当然とばかりに返す。
「ありえないから」
「じゃあ嫌い?」
名は体を表すがごとく、ジリちゃんは友達弄りが大好きな節があるけれど、それにしたって今日のジリちゃんはなんだかいつにも増してしつこい。
「別に……友達としては、まぁ、ギリギリ?ほんとにギリギリだけど……好き、かな……うん」
「そっかそっか。ギリギリ友達として、その実一人の男として好きってわけね」
「ちっがーう!」
わざとらしすぎる解釈に激昂する。
「だれがあんなキモオタのことなんか……」
「じゃあもう絡まなきゃいいじゃん!そんなキモオタ野郎と!」
「タクミ先輩はキモくないです!」
トリちゃんの言葉を即座に否定する。
「ロマン、あんた言ってること矛盾してるよ?」
「してない。あたしが言うのはいいけど、他の人が言うのはダメなの。絶対」
「あんたの乙女心が複雑なのはわかったよ……」
ジリちゃんはため息を吐くと、じゃあさ、と切り出してきた。
「合コンしようよ」
「合コンって……複数の男女が密室でアレやコレやと淫れに乱れるあの合コン!?」
「あははー!やだなーロマンちゃん!それは合コンじゃなくて、乱交だよー!」
「そ、そっか……そうだよね。びっくりしたぁ……ジリちゃんにそんな趣味があるのかと思っちゃったよ……」
「あんたの頭の中どうなってんの」
呆れた様子のジリちゃん。
「あとトリエも、大声で変なこと言わない」
「ごめんちゃい!」
絶対反省してないな、トリちゃん。
舌出し片目閉じで可愛らしく謝ってるけど、顔が笑っていた。
トリちゃんらしいといえばらしいけれど。
「それより、なんで合コン?」
あたしは話を戻す。
「ロマンだって、彼氏欲しいとは思ってるんでしょ?」
「それは、まぁ……」
あたしだって一応女の子だし、恋に焦がれる純情乙女としての心も持ち合わせている。
ただのエロゲーマーではないのだ。えっへん!
「でも合コンって……あんまりいいイメージがないというか、下半身でしか物事を考えてないクソ野郎しか参加しないイメージがあるんだけど……」
「先輩と違って?」
「なんでそこでタクミ先輩が出てくるの!?」
「えー、わたしは『先輩』って言っただけであって、だれも『タクミ先輩』だなんて一言も言ってないけど?」
にたにたと意地の悪い笑みを浮かべるジリちゃん。
「でも楽しそう!男たちの『つまらないからこそウケる話』を
「トリちゃんはなに目的なの……」
「タダメシ!」
欲望に忠実すぎワロタ。
ある意味合コンに適した性格してるかも。
「あぁっ!?」
突然の奇声を発したのは、なにを隠そうあたしだった。
「どしたの突然?」
「もう昼休み二十分も無駄にしちゃってる!」
「おい。友人らとの時間を無駄あつかいすな」
「早く先輩のとこに行かなきゃ!」
「はいはい。旦那によろしくね」
「よろしくねー!」
友達二人の戯言を無視して、あたしはじゃあまたあとで!と言ってタクミ先輩の待つ図書室へと急ぎ向かうのだった。
***
昼休み——図書室の壁に掛けられている時計の長針は、もうすぐ『5』を指そうとしていた。
ロマンの姿はまだない。
最近はラノベを読むよりも、後輩女子と談笑しているほうが楽しいと思ってしまっていて、こうしていつもの時間になっても現れなかったりするだけで、寂しさを感じてしまう。
自分のことながら女々しいな……。
ロマンがボクと親しくしてくれるのはあくまで
窓の外を見やり、ぼんやりとため息を吐く。
「ロマンが来なくて寂しいなぁ……とか思っちゃってる感じですかぁ?」
気がつけばロマンがボクの顔を覗き込み、にたぁと憎らしい笑みを浮かべてそこにいた。
ただそれだけのことで、ボクの心は充足感で満たされ、ひどく安堵する。
「う○こでもしていたのか?」
「いつもいつも最低ですね!?」
「冗談だ。安心しろ、こんな冗談はロマンにしか言わない」
「あたしにも言わないでほしいんですけどねぇ!?」
また図書委員に睨まれてもアレなので、どうどう、とロマンを
そうしてから、
「ロマンに頼みがある」
そう切り出した。
「頼み……?足は触らせませんからね?」
「茶化すな。真面目な話だ」
「な、なんですか……?」
「昼休み、これからは最初から一緒に過ごそう」
「へ……?」
顔を赤くするロマン。
そして恥ずかしそうに、えっと……なんて言いながら、ぺこりと頭を下げてきた。
「お誘いは嬉しいですけど……これ以上、友達との時間を削りたくないので……ごめんなさい」
「そうか……」
考えてみれば、昼休みの半分以上はボクと図書室で
これ以上を要求するだなんて……ボクはいつからこんなに独占欲が強くなってしまったんだ……?
「はろー」
そんなことを考えていると、不意に聞き慣れない声が届いた。
「ジリちゃん!?」
「うちもいるよー!」
「トリちゃんも!?」
どうやらロマンの友人らしい。
先に白いメッシュを入れた長い黒髪に高い背丈の女子と、短めで濃い朱色の髪をした巨乳の女子。どちらもロマンと同じく制服を着崩し、スカート丈がやたらと短い。
「どうも、えっと……タクミ先輩」
ボクらの対面に座りながらそう言う黒髪女子を、なにを気に入らなかったのかロマンがきっ!と睨めつける。
「ごめんて。苗字知らないからさ」
「たしか
ロマンに訊かれ、見知らぬ女子二人に緊張を覚えていたボクは首肯だけで返した。
たしかって。知っとけ。
「じゃあ二条先輩で。初めまして。ロマンの友人の
黒髪女子は友田と名乗った。
「うちは
巨乳女子は明里と名乗った。
「トリエ。図書室では静かに」
「えー。明るいのだけが取り柄なのにー。
クールな印象を受ける友田後輩と、元気いっぱいの明里後輩か……。
どちらもロマンとはまた別のタイプの女子らしい。
「そんで?二人ともなにしに来たわけ?」
不機嫌であることを隠そうともせずにロマンが尋ねる。
「なにってそりゃあ、ロマンの彼氏がどんな男か見に来たに決まってんじゃん。ね?」
「だよー」
「だからそーゆうのじゃないってば。先輩からもなにか言ってくださいよ」
急に話を振られてビクリと肩を震わせるボク。
ロマンで耐性がついたと思っていたが、やはり三次元の女子と話すのはボクにとって苦手なイベントであるらしい。
まぁ、ロマンの場合は女子としてというより、エロゲーマーと知って親しみを持ったからというのが大きいのだろうが。
それでもボクは、声を震わせながらも気持ちを吐き出した。
「ボクは、そうは思って、いません……ロマンに、恋心を、抱いて、ます……」
言うと、友田が意味ありげにへぇ、と笑んだ。
ボクの隣ではロマンが耳まで真っ赤にして困惑している。
「なんで敬語なの?」
明里が当然とも思える疑問を口にする。
「そんなことはどうでもいいじゃん」
と、友田。
「それよりロマン。二条先輩はそう言ってるけど、どうなの?」
「ど、どうって、なにが……?」
「さっきは否定してたけど、ほんとのところは好きなんじゃないかなーって」
「あ、ありえ、ないし……先輩は、ただの友達ってゆーか……彼氏彼女とか……ほんと、ない……」
ない——。
わかっていたこととはいえ、改めて言われると結構くるものがあるな……。
「ふぅん……」
友田がチラリとボクを見て、しかしすぐにロマンへと視線を戻す。
「じゃあやっぱりさっきの件、参加してくれてもいいよね?」
「さっきの?なんだっけ……?」
「合コン」
合コン——合同コンパのことか?
実在するんだな、合コン……。
「彼氏どころか好きな人もいないなら、参加してもいいじゃん」
「で、でも……」
そこでボクを見られても困る。
行くなとでも言ってほしいのか?
ロマンの交友関係を縛りたくないし、そもそも付き合ってるわけでもないのにそんなことを言えるはずがない。
「トリエみたいに、タダメシ目的でいいから。ね?」
「他人のお金で食べるメシほど美味しいものはない!」
明里がなにやら最低な発言をしているが……。
「い、行けばいいんじゃないか……?」
ボクは震えた声でそう言った。
「え……?」
「ほら、二条先輩もこう言ってるんだし」
「……」
ロマンから
合コン。いいじゃないか。
それこそエロゲでよく……はないかもしれないが、そこそこ起こりうるイベントだぞ、合コン。
そこで運命的な出会いをする可能性だってあるわけだしな。
「……わかった。行く」
ロマンは不満げにそう呟いたのだった。
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