ライブラリー・ブラックマーチ

 十一月も半ばが近づき、冷えこんできた今日この頃——。

 ボクは昼休みの図書室で、いつものようにラノベを読んでいた。

 そして、昼休みが十五分ほど経過した頃に彼女——榎本えのもと浪漫ろまんがやってくる。

「いつもいつもぼっちな先輩に会いにくる後輩女子のあたし……なんて健気で可愛いんでしょうね」

 隣に腰を下ろすなりなにやら言ってるが、うざいので無視しておく。

「タクミ先輩っていつも図書室ここでラノベ読んでますよね」

 そう言ってロマンは、ボクの手にするラノベの表紙を覗きこんできた。

「今さらだな」

「飽きないんですか?」

「愚問だな。ロマンはゲームを飽きるのか?」

 図書室なので『エロゲ』という単語は封じておく。

「は?エロゲを飽きるとかあるわけないじゃないですか。馬鹿なんですか?」

「おい」

 人がせっかく気を遣って……まぁいい。

「つまりそういうことだ」

 嘆息してからそうまとめる。

 そうしてふと——本当になんとなく、ロマンへと視線を向けて——

「……」

 ボクは言葉を失った。

 ボクの視線の先にあるのは、短いスカートから伸びるロマンの両脚。

「な、なんですか先輩?女の子の足をじっと見つめて……キモいですよ」

 ロマンのいつもの悪態など気にならなかった。

 なぜなら……なぜならば——!


「やっぱり黒タイツは最高だぜ!!!」


 図書室で声高らかに叫ぶ男の姿がそこにはあった。

 こほん!と図書委員には睨まれ、後輩女子を呆気にとり、ボクは不敵に笑む。

「すまない。あまりにロマンのタイツ姿が魅力的だったもので、つい我を忘れてしまった」

「なんでしょう……褒められてるはずなのに、まったく嬉しくないあたしがいます……」

「重症だな」

「それはタクミ先輩にこそふさわしい言葉ですよねぇ!?」

 こほん!と再びの咳払いを図書委員からもらい、ロマンはそれより、と落ち着いて続けた。

「先輩が変態であることは知っていたつもりでしたが、まさかタイツを穿いてる後輩女子を目の前にして愛を叫ぶとは思いませんでしたよ」

「タイツの中心で愛を叫ぶ——いいなそれ」

「いや意味がわかりません」

 だっていいじゃん、黒タイツ。最高にそそられるじゃん、黒タイツ。

 後輩女子からのジト目なんて気にならないくらいには至高の一品だぞ、黒タイツ。

 ボクはロマンへと向き直り、ガシッとその華奢な体を抱きしめ、耳元で囁く。

「ボクのために黒タイツを穿いてきてくれて……ありがとう!!!」

「ちょっ、ひぇんぱっ……!?」

「すまない。そんなに力強かったか?」

 ロマンを解放する。

 するとロマンは耳まで真っ赤にさせていた。

「そ、そうじゃなくて……その……耳元でささやかれるの、弱いんですよぅ……」

 そういうことか。

 ロマンはそれに、と続ける。

「先輩のために穿いてきたわけじゃありませんし……そもそも先輩がタイツフェチなんて、知りもしなかったですし」

「そうなのか?でもすごく可愛いぞ。タイツにはロマンが合うな」

「素直に喜べないんですけど……しかもあたしの名前のせいで、微妙にちがうニュアンスに聞こえてしまうあたり、タチ悪いですね……」

「ロマンはタイツだろ?」

「いやあたしは人間ですよ!」

 こほん!と三度図書委員から咳払い&睨みをもらう。

「静かにしような、タイツ」

「もういいです。今日は早々に戻りま——」

 呆れたようにそう言って立ち上がるロマンの腕を、ボクは力強く掴み、まっすぐにその瞳を見つめて言った。


「その前に触らせてくれ」


「ほんとキモいんですけど!?どんだけタイツ好きなんですか!」

「タイツ女子だけでご飯三杯はイケるな」

「変態だ……!本物の変態がここにいる……!」

「失礼な。変態紳士と言ってもらおうか」

「紳士は触らせてくれなんて言いませんよ!」

「なにも胸を触らせろと言ってるわけじゃない。タイツを触らせてくれと言ってるだけだ」

「ようは足ですよね!?なんで先輩みたいなキモオタ童貞に身体からだを触られなきゃならないんですか!?そんなことされるくらいなら死にます!」

「そんなことを言っていたヒロインも、三ヶ月後くらいには主人公にを捧げていたりするんだよな」

「エロゲと一緒にしないでください!」

 こほん!!!

 ……調子に乗って騒ぎすぎた結果、またしても図書室から追い出されましたとさ。

 まったく……ロマンのせいで図書室を出禁にされたらどうするんだ……。


      ***


 明くる日の昼休み——図書室へとやってきたロマンは、黒タイツではなく黒のオーバーニーソックスを穿いていた。

 思わず嘆息するボク。

「なんですか、ヒトの顔を見るなりため息吐かないでください」

「顔じゃなくてボクは足を見ていたんだ」

「そういうことじゃなくて……まぁいいですけど。ニーソフェチではないようで安心しました」

 そう言って隣へ座るロマン。

 しかしオーバーニーソックスとは……三次元げんじつの女子でも穿くんだな。

「……」

 隣に座るロマンの太もも——『絶対領域ぜったいりょういき』とも呼ばれるニーソとスカートの間を注視する。

 ロマンの足が綺麗なこともあってか、その絶対領域はなかなかに素晴らしいものだった。

 今しがた説明したように、絶対領域とはニーソとスカートの間の部分……オーバーニーソックスともなれば、その間は短く、スカートやニーソで覆われていないわずかな範囲に見える生足が、非常にエロスを感じさせた。

「……あの、そんなじっと見られるとさすがに恥ずかしいんですけど。少しは遠慮してくださいよ、変態先輩」

 顔を赤くして抗議の声を挙げるロマン。

「すまない」

 後輩女子の足をまじまじと見つめてしまうとは……二次元を愛する者として恥ずかしい行いだな。

「ところで、昨日といい今日といい、寒いから穿いてるのか?」

 図書室なので小声で話しかける。今さらだが。

「それ以外にどんな理由があるんですかっ」

「ボクの性癖を研究している、とか?」

「あたしになんのメリットがあるんですかその研究」

「ボクとになったときのための予習にはなるだろ」

「先輩と付き合うとか考えたくもないんですけど——てか先輩、ほんと最近あたしに対するセクハラに躊躇ないですよね」

「ああ。好きな女子には遠慮しないことにしているんだ」

「はいはい。そーゆーことにしておきます」

 本気には捉えていないのか、ロマンは適当そうに言ってスマホでゲームを始めていた。

「……」

 キモオタ童貞のボクが可愛い後輩女子に親しげにされたら、そりゃコロっと落ちますよ。

 今でも二次元は愛しているし、三次元にうつつをぬかすなんてありえないと思ってはいる。

 でも……ロマンはボクにとって特別な存在だ。

 認めたくないものだな……自分自身の、男であるがゆえの過ちというものを。






 ライブラリー・ブラック興奮譚マーチ


   ——完——

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