エロゲーマーとラプソディ(3)

 コンコン——。

 (主に榎本えのもとが)エロゲの話題で盛り上がっていると、不意に何者かが部屋の扉をノックした——ってここはボクの家なんだから、ボクの家族以外にありえないんだけど。

「はい?」

「たっくん。入ってもいいかな?」

 姉貴の声だった。

 ああ、と返すと「失礼します」と弟の部屋に入るだけなのに姉貴は律儀に断りつつ、ゆっくりと扉を開けてその姿を見せる。

 黒髪長身の美女——姉貴の見た目を一言で説明するとそんな感じで、家族であるボクや両親と接するときでさえ丁寧な話し方をする、大和撫子を体現したような姉である。

 姉貴が榎本の姿を捉え、榎本はどうも、と軽く会釈した。

「こんにちは。えっと……」

 説明を求めるようにボクへ視線を向けてくる姉貴。

「友人だ」

 ボクの言葉に姉貴はホッと胸を撫で下ろし、失礼にも「そうだよね」なんて言って言葉を続けた。

「たっくんがお世話になっています」

「い、いえっ、しもの世話なんてしたことありませんっ」

 エロゲーマーブレーキは備わってないのかこいつ。

「え?いえ……『友人』として遊んでくれてありがとうという意味なのですが……」

「ですよねっ!わかってました!はい!」

「おもしろいお友達ね、たっくん」

 柔らかい笑みでそう言う姉貴。

 たしかにおもしろいやつではある。エロゲ脳だけど。

「そういえば自己紹介がまだでした。私はたっくんの姉の音羽おとはと申します」

「これはご丁寧に……榎本えのもと浪漫ろまんです」

 姉貴に会釈され、それにならうように頭を下げる榎本。

 今まで知らなかったが、下の名前はロマンというのか……なかなかどうしてアニメキャラのような名前だな……。

「えのもと……」

「それで?なんの用だ?」

 二人の挨拶を見届けたところで、なにやら思案している姉貴に用件を促す。

「うん……その、実は、少し前から二人の会話が聞こえてしまって……エッチがどうとか、プレイがどうとか……」

 姉貴の言葉にボクも榎本も冷や汗を垂らす。

「さっきは友人と言ってたけど……もしかして、なのかなって……お姉ちゃん、心配になっちゃって……」

「額面どおり、ただの友人だよ。な?」

 榎本に同意を求める。

「そ、そうです!あたしと先輩は、その……互いの性癖を吐露とろするだけの関係なんです!」

 いやその説明はおかしいだろ!?

 わざとか!?わざとなのか!?

「もしかしてふたりは……セフレ、とかそういう……」

「ち、ちがいます!ま、まぁムネは触らせましたけど……」

「え……?」

「すいません言い間違えました!触らせたわけじゃなくて、触られたの間違いでした!」

「え?え……?」

 どっちでもいいわそんなこと!姉貴が困惑してるじゃねーか!——つかその情報必要だったか!?

「落ち着け榎本。話がややこしくなる」

「そ、そうですね……一旦落ち着きます」

 そう言って深呼吸する榎本。

「——整いました」

 大喜利おおぎりかっ!?

「お姉さん。あたしと先輩の関係は、説明すると複雑なんですが……」

「複雑なんですか!?」

 ただの友人でいいと思うが……。

 ボクは榎本の次の言葉を待つ。

「かいつまんで説明すると、セクハラをしたりされたりする関係なんです」

「余計ややこしくなるんだが!?」

 とうとう声に出してツッコミを入れるボク。

 ある意味間違いではないが、かいつまみすぎてただならぬ関係みたいに聞こえてしまう。

「そ、それはつまり、ふたりはもう大人の階段を登っていると……?」

「登ってます(エロゲで)」

「そ、そんな……」

 顔を赤くして項垂れる姉貴。ボクの周りの女子の間で流行ってるんだろうかこの動作。

「お姉ちゃんもまだなのに……」

「安心してください。まだ間に合います。一緒にやりましょう(エロゲを)」

「ヤるって、えぇっ!?で、でもたっくんは弟だし……」

「弟でも許されます(エロゲでは)」

「そ、そうなの……?でも私、経験ないし怖いです……」

「大丈夫です。あたしも最初は(エロゲ買うのに)勇気いりましたから」

「ロマンちゃん……」

「きっと気に入りますよ(エロゲが)」

 とりあえずエロゲ仲間を増やそうとしている榎本の頭に軽くチョップしてやった。



 数分後——。

「な、なんだ、ゲームの話だったの……」

 エロゲであることは伏せて、ボクと榎本は単なるゲーム仲間だと説明した。

「いやー、誤解が解けてよかったですね!」

 と榎本。

 嘘つけ。絶対途中からわざとだったろ。

「それにしても、たっくんにこんな可愛いお友達がいたなんて……」

「はぅっ!?」

 唐突な褒めに赤面し動揺する榎本。

 褒めに対する耐性なさすぎない?

「よければ、これからもたっくんと仲良くしてあげてね」

「は、はいっ」

「それじゃあ、お姉ちゃんはそろそろ退屈なレベリングをしなくちゃだから」

 そう言い、榎本と二人手を振りあって去っていく姉貴。

「……レベリング?」

 一拍遅れて疑問を口にしてきた。

「姉貴はRPGロールプレイングゲームが好きなゲーマーなんだ」

姉弟きょうだいそろってゲーマーなんですか!?」

「ボクはゲーマーじゃない。ゲームも好きなオタクだ」

「大差ないですよそれ!」

 とりあえず、とボク。

「今日はそろそろ解散にするか?」

「そうですね……あ、でもその前に」

 榎本はそう言うと、なにやらにたぁと笑んだ。

「たっくんって呼ばれてるんですねぇ、せんぱぁい」

「うるさいぞエ○マン」

「ちょっ!?それ中学時代のあたしのあだ名なんでやめてもらえます!?」

 『え』のもと『ろまん』でエ○マン。実に単純で覚えやすい。

「次その呼び方したら絶交ですからね!?」

 当然ながら、相当「エ○マン」呼びされるのが嫌いらしい。

「わかった。じゃあロマンでいいか?」

「別にいいですけど……先輩の下の名前も教えてくださいよ——あ、下って言っても変な意味じゃないですからねっ!?」

 暴走機関車が過ぎる。○獄さんに停めてもらえ。

拓己たくみだ。たっくん以外なら好きに呼んでいいぞ」

「では、タクミ先輩で……」

 呼んで、顔を真っ赤にさせるロマン。

 もしかして……。

「男を下の名前で呼ぶのに慣れてないのか?」

「だって恥ずかしいじゃないですか……せいぜいおに……兄くらいですよ、名前で呼ぶの……」

「それでもエロゲーマーかよ」

「なにかにつけてエロゲーマーって言うのやめてもらっていいですかねぇ!?」

「もういっそ榎本エロ浪漫ゲーマーでいいんじゃないか?」

「最悪なDQNドキュンネームですね!?役所の人もびっくりですよ!」

「山○ルーシー(以下略)よりはマシだろ」

 詳しくは検索けんさくぅ!

「いや明らかに榎本エロ浪漫ゲーマーのほうがイヤですよ!悪意しかないですよ!」

 とにかく、と話を遮る。

「今日は楽しかった。ありがとう、ロマン」

「ひゃいっ!?こ、こちらこそ……楽しかったです……」

 そうして夜は更けていった——

「いやそのシメ方はおかしいですよね!?」


      ***


 あたし、榎本えのもと浪漫ろまんはその日、とあるゲームショップ——あくまで一般向けのゲームショップで、とある人物と遭遇した。

「あら、ロマンちゃん」

 タクミ先輩のお姉さんで、どうやらゲーマーであるらしい音羽おとはさん。

「あ、こんにちは」

 緊張しつつも口角を上げて挨拶をする。

「ロマンちゃんも、なにか買いにきたの?」

「いえ、暇つぶしに覗いてみただけです」

 タクミ先輩は誤解しがちだけれど、あたしはなにもエロゲのみをプレイするわけじゃない。

 一般向けのゲーム(原作がエロゲのものがほとんどだけれど)もプレイするし、女子高生らしく(?)少女漫画を読んでキュンキュンしたりもする。

「お姉さんは、なにか買われるんですか?」

 と、あたしがそう尋ねると——


「だれがあんたのお義姉ねえさんじゃごらぁ」


 どこからともなく、凄みをきかせた女性の声が耳に届いた。

「えっと……?」

「どうしたの?ロマンちゃん」

「い、いえ……」

 気のせいかな……オトハさんのほうから聞こえてきたような気が……?

 あたしが困惑していると——


「可愛い弟にあんたみたいな尻軽が近づきおってからに」


「……」

 温和な笑みを浮かべているオトハさんと目が合う。

「ロマンちゃん?顔が青いけど……大丈夫?」

「あ、いえ、あの……」

 何が起こっているのか、何を言われたのかわからなくて、しどろもどろになってしまうあたし。

「そうだ——たまたま媚薬ポー○ョンを持ち合わせているんだけど、よかったら使う?」

 絆創膏でも渡すようなノリで媚薬びやくと思しき瓶を差し出してくるオトハさん。

 瓶のラベルには英語で商品名かなんかが書かれていた。

 というかどうして媚薬を持ち歩いているのだろうか……。

「いえ、遠慮しておきます……」

「そう……」

 オトハさんは表情に影を落とし——


「そのへんのチャラそうなゲス野郎に犯されればと思っとったんやがなぁ」


 そう、間違いなく口にした。

 女の子は猫をかぶることが多いけど、これは……。

「じゃ、じゃああたしはこれでっ!」

「うん。さようなら、ロマンちゃん」

 オトハさんから逃げるようにその場を去るあたし。


 オトハさん……こわすぎるんですけどぉぉぉっ!?




 エロゲーマーと狂姉譚ラプソディ


   ——完——

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