最終話 神様はずっと愛していました

「月読!」

「わ、わ⁈ あ、姉様?」

「心配かけおって、お前は……」


 黄泉平坂から助け出された姉弟は固く抱き合う。天照大御神は厳格な言葉を投げ捨て、弟を抱きしめる。その目からは雫がぽたぽたと流れていた。彼女は存在を確かめるように何度も背を撫でる。


 月読さんはその様子に目を白黒させていた。


「……人の子から聞いたぞ。どうにも余には言葉が足りぬらしい。すまなかった」

「そ、そんな! 姉様が謝ることなどありませんよ。全て拙が勝手に」

「その考えに至らせた一因ではあろう。悩みに気づけずすまなかった」

「……姉様」

「太陽と月は対となる存在だ。お前がいるから、余も役目を全うできる。居ずとも関係がないなどと悲しいことを言ってくれるな」


 慈しむような彼女の目は慈母と呼ばれるにふさわしい。黄泉平坂で見せた厳しい表情とは打って変わった柔らかな眼差しを自らの弟へ向けていた。


「まあ、お前も少しばかり見てもらう努力が必要だが……辛くなったのなら、おいで。いつだってどこに隠れていたって、姉様はお前を見つけて見せる」

「は、い。……はいっ」


 感極まったように月読さんが何度も返事をする。徐々に落ち着いてきた背に「それに」と彼女の声が落ちた。


「お前がいなくなったら余はあの破天荒な弟と二神だぞ? 先程も『俺様も兄様に会う』と言ったのをどうにかなだめすかして連れて行かせたのだからな。あいつは確かにいい奴ではあるんだが、感激のあまりめちゃくちゃにしかねん」

「ふふ、姉様も須佐之男の前では形無しですね」

「放って置け。あいつの扱いは昔から苦手だ」


 やや冗談めいた口調にふわりと空気がほどける。月読さんの顔に笑顔が戻ったのを確認してから、彼女は青空のような瞳を彼の後ろへと向ける。その先にいるのは縛られた切り大人しくなった禍津日神だ。


 居場所が欲しかっただけとはいえ隠世と現世をめちゃくちゃにしかけて、その上天照大御神を誘拐し閉じ込めた張本人だ。今は烈火が縄の先を掴んでいるが、神自身はピクリとも動かない。


 渦中の人物に彼女の目が向けられた途端、ピリッと空気の張りつめが戻る。理由はどうあれ最高位に手を出したのだ。


 けれども、剣呑な空気に包まれながらも彼女は何でもないことのように話しかける。


「禍津日よ。お前は少し、勘違いをしていると思う」

「………」

「神を統べる者として過ちを犯したのであれば罰せねばならん。これは責ある神の務めだ」


 聞けば禍津日神が罰せられたのは、天照大御神の目を盗んで「神の力を取り戻し、神の世を実現させるために現世へと続く黄泉の道を開けよう」と持ち掛けていたかららしい。彼女はそのようなことをすれば魂は逃げ出し神、妖に人間にも甚大な被害が出かねないと言った。


「だがな、何も憎くてお前を罰したわけではない。事が事だ。少しばかり頭を冷やしてほしいと思ったが、裏目に出たようだな」

「…………」

「禍津日よ。これに至るまでに考え悩んだのだろう。そのうえで行動に移したのだろうな。お前にも、辛い思いをさせたようだ」


 黒の塊は微動だにせず、ただそこに存在していた。聞いているかも分からない神に彼女は話し続ける。


「だがな、余は断言ずるぞ。この世に


 その一言にだけぴくりと塊の表面が波打った。まるで彼女がそんなことを言うとは思っていなかったとでも言いたげに見える。


 その様子をまっすぐに見据えながら、最高位は言った。


「確かに此度のお前のやり方は決して褒められたものではない。が、自らがより輝く場を探すその意気や良し!」

「は、はあっ⁈」


 あ、喋った。彼女の言動に周囲も戸惑うようにざわめいている。騒ぎを治めるように天照大御神は声を張った。


「聞け。此度の行いは褒められたものではないが、こ奴らがそれへと走った原因は我ら神にも十分にあると考える」

「しかし天照様、やつは災いを呼ぶもので」

「苦しみのない幸福を幸福と感じられるか。災いにはきちんと役割がある」


 ずっと同じ幸福はいずれ幸福ではなくなる。災いはある時は災害となり、また事故にもなるが人はそれ故に学び再発させまいと進歩する。


 それをただ表面上ばかり見て忌避することが神のすることか、と彼女は周囲をぐるりと見渡した。そして誰も何も言わないのを見るとふっと表情を緩める。


「ま、余も含め互いに歩み寄りが不足していたということだ。それ故に余はこの者に罰を下さぬ」

「お、おいっ! 何きれいごとばかり抜かして」

「しかしそれでは等の問題は解決せぬか、……ふむ、いい機会だ。お前が恐ろしいものでないと分かってもらうためだ。隠世で皆の手伝いをするといい」

「………は?」

「居場所は自分で作るものだ。なあに、知らない相手が不安だと言うなら余もしばらく共に手伝おう」


 何勝手言ってるんだお前! と叫ぶ禍津日神に彼女はからからと笑いかける。彼らを巡るあれこれは、一応なんとか解決に向かっていた。


 あとは。未だ目の覚めない白蛇に私は視線を落とす。身じろぎもしないそれが恐ろしくて、少しでも目を離したらその隙にどうにかなってしまいそうで。


 彼女の目が私と、寝たままの水月へ向けられる。黄泉平坂から帰ってきても、彼は一向に目を覚まさないままだった。


※※※


「……なるほどな」

「さっきからずっと、目を覚まさないんです。浄化の力をいくら込めても何の反応もなくて」

「其方の力がいくらあってもこれは無理だ。魂の問題、のようだからな」


 天照大御神が水月に触れ、目を細める。その口からどうか「大丈夫」だと言ってほしくて彼女の顔を覗き込む。しかし帰って来たのは難しいという答えだった。

 

「魂……?」

「神には体と魂がある。其方が言っていたように巫女の力を流し込めば体は治るかもしれんがこと魂だとそうも簡単にいかん」


 魂の奥深くまでべっとりと穢れがしみついてしまっていると天照大御神は言った。戦い守ることに力を裂きすぎて自身の守護を疎かにしたのだろうと。

 

「じゃ、じゃあ神様はずっとこのままなんですか⁈」

「落ち着け。誰も治らぬとは言っていない。ただほんの少しだけ時間がかかる」


 こうなるともう外部の力でどうこうすることはできず、神の魂が自ら回復するのを待つしかないらしい。その言葉にへなへなと膝をつくと、私は彼の顔を覗き込んだ。


 目を閉じた表情はどこか眠っているようにも見えてくる。


「そ、そうですか………」

「ただ神によってまちまちでな、神によっては長く目を覚まさないものもいるとは聞いたことがある」


 細かい傷のついた雪のように白い鱗を撫でながら、私は息を吐く。ぐったりと眠ったままの水月を見て、本当に心臓が止まるような思いだったのだ。安心はきっとまだできないのだろうが、治ると言われてやっと頭が回りだした。

 

 今、私には分かることが二つある。私がここにいてもきっと何の解決にもならないこと。

 そして彼は私を救うためにここまで無理をしたのだと言うこと。


 きっと彼はこれからも私を守り続けるんだろう。傷つくのが嫌だと言ってもこの美しい蛇はきっと自信を傷つける道を選ぶ。私が力に振り回されるばかりで、危機に瀕することがあればまた身を挺す。そしてまた怪我をして倒れて。


 、多分ずっと。同じことを繰り返し続けるのだろう。


「………あの、お願いしたいことがあるんですけど」


 私は密かに決意を固める。


※※※


 夕焼けの中、家に着く。しかめっ面の母さんの顔が今は妙に懐かしい。彼女は私を見るなり言った。


「こんなに遅くなって! あんたどこほっつき歩いてたのよっ! 全くあんたってばルールも守れないなんてどうしようもないね! どうせ昔みたいに変なもん見て遊んでたんだろう全く。いつまでたっても子どものままで恥ずかしいったら」


 正直、帰るのが遅くなっただけでよくもここまでつらつら言えるものだと感心する。マシンガントークにすら懐かしさを覚えながら私は母さんの話を割った。


「違うよ。学校の仕事で遅くなったの」

「そ、そんな言い訳通用すると」

「言い訳じゃなくて事実だよ。なら学校にでも電話してみればいいよ。先生は見てたから」


 パクパクと母親の口が金魚のように開閉する。いつもなら黙ったまま「ごめんなさい」しか言わない私が言い返してきたから。


 彼女の横をすり抜けて自分の部屋へと足を進める。母親はその間ずっと呆然とした様子で固まっていた。




「本当に一日もたってない」


 スマホの画面を見ながら確信する。私が神隠しをされた丁度この日に間違いない。ぼすりと布団に頭を置きながらついさっきまでの出来事を思い出す。

 

 私がお願いしたのは力を上手く使えるように稽古をつけてほしいということと、家に帰らせてほしいというものだった。


「本当に、いいんだね」

「……ここはすごく優しくて、ずっとずっといたいけど」


 横たわったままの鱗にさらりと触れながら私は続ける。彼はこれからも無茶をするのだろう。なら、私が変わればいい。私が彼に心配をさせないほどの人になればいい。


「神様をびっくりさせてやろうかなって。こんなにたくましくなったぞって」

「……そうかい、強くなったね。あんたは」


 ツクモさんからまるで慈しむかのような声でそう言われて、私は照れ笑いを浮かべた。ここに来たばかりの頃だったら「なるべく迷惑をかけないほうで」なんて言っていたに違いない。


 しかしそこまで言った後、あっちの世界で時間がたっていたらという可能性に気づき血の気が引く。大騒ぎはしないだろうが、もし警察の人が懸命に探してくれているかと思うと申し訳なさが勝つ。


「あっ、でもここで結構過ごしたし外で騒ぎとか起きてたりしたら」

「それは問題ないさ、あたしがその日にからね」

「? は、はい」


 あの時はいまいちぴんときていなかったが、これはツクモさんがやったに違いない。飄々としていながらもやはりとんでもない神様だった。


一番心配だったのはヨモツヘグイをしたからそもそも帰れないのではないかと思ったが、そこは天照大御神と言うべきか。あっさりと私に混ざったらしい魂の部分をひょいっとつまみ出して「いいぞ」と言ってくれた。


 あんまりにも簡単にやってのけたのでこちらが拍子抜けしてしまうほどで、彼女悪い笑いを浮かべながら私に言った。


「その意気や良し。この天照大御神、人の子に力の使い方を叩きんでやろう」


 その時、彼女の意気込んだ顔がちょっとだけ怖かったのは、本人には伝えていない秘密だ。


 こうしてがっつり力の使い方を学んだので、もう前のように無節操には襲われないだろう。いうなら今までは口が開きっぱなしの蛇口で、ずっと霊気を周りに漂わせていた。しかしそれを自由に閉めることができるようになった上に力の抑え方も覚えたのである。本当に天照大御神様様である。


 布団の上で、私は夢のようだった日々を思い返す。あれは決して夢ではなかった。だが夢のように優しい日々だったのだ。


 別れの日、二度と会えないと言うわけでもないのにヒトメ君とロクちゃんは泣いていたし、烈火は泣きはしなかったけど、「そうか、決めれたか」と言った後に強く抱きしめられた。赤い毛並みは懐かしい焦げたような匂いに、温かさをふくんでいて。つい頬ずりしていたらべりっとはがされてしまう。もうちょっと、と手をばたつかせる私に対し、烈火は目を三角にしながら「そういうところじゃ」と言った。そういうところってどういうところなんだ。一体。

 

「あの神も規律を破ったからには罰せねばならない。が、安心しろ。奴にふさわしい罰はもう決まっているからな」


 最後に天照大御神が意味深なことを言っていたが、結局最後までその意味は分からなかった。


 帰る時ツクモさんが言った言葉がまだ耳に残っている。


「辛くなったら戻っておいで。ここは隠世。神も妖怪も、誰だって隠れられる場所なんだから」


 言われたことを一つ一つ思い出しながら、私は両頬をぱちんと叩く。


「――――――よし」


 最後に一つ気合を入れて、私は立ち上がる。私を変える日々が今この一歩から始まろうとしていた。


※※※


 やりすぎたかな? 半泣きになってしまった彼女らを見て頬を掻く。いつものように「ロボ子買ってこいよ」が始まったが、嫌だったので無視をしていたのだ。そうしたら彼女らの一人が「無視してんじゃねえよ!」と肩を掴んできたので。


「……やめてよ。それ、すごく不愉快なんだけど」


 と言って腕を軽くはらった。軽くだ、あくまで軽く。そのつもりだったのに、巫女の力の鍛錬のついでだと簡単に習った体術はあっさりと同い年の体を突き放した。そうは言っても少し壁にぶつかったくらいだが、私に反抗されたのがよほど衝撃的だったのか。それとも嫌だと言った時に目力を効かせすぎたか。烈火直伝の睨みだったんだけど。


 彼女らはぽかんとした後、「は、早く行こ。こいつやばいって」とそそくさと教室へと戻って行った。


 ここから「おっしゃかかってこい!」的に喧嘩する気満々だったので、なんというかすごく拍子抜けしてしまった。もっと「何しやがんだ」とか言われるかと思っていたのに。


 押した体は軽かったし、驚いたような顔は私とそう変わらない。いつの間にか頭の中で彼女らをすごく強大化していたのだろうか。


 実際にあったあの子たちはどれもただの女の子で、少し抵抗しただけであっさりと逃げてしまうほどの子だった。肩の感触を思い出しながらふと、あの子たちも同じ人間なんだなと考える。当たり前のことなんだけど、これがすっかり頭から抜け落ちていた、そんな気がするのだ。


 

 隠世から帰ってから、私の生活は確かに変わっていた。


 言わなければならないことはきちんと言って、間違ったことで責められたのなら否定する。勝手に諦めずに、話を続けられるようになった。


 そのせいかも分からないが父親と母親からの接し方や、クラスメイトの様子が変わってきていた。親は決めつけで話さなくなってきたし、あの女の子たちも遠巻きに眺めてくるだけになった。ごく稀に足を引っかけようとしたり、物をぶつけようとしてくるが、それも今のところは不発に終わっている。彼女たちが嫌がらせをしようとした時に決まってどこからともなくボールが飛んできて彼女に追突したり、出した足の間に文房具が挟まりすっころんだりしているからだ。


 ボールも文房具もまるで図ったようなタイミングで現れる。多分、というか絶対ツクモさん関連だ。彼の悪い笑い方が目に浮かぶようである。

 

 それから変わったことと言えば高校を卒業したら一人暮らしを始めたくて、バイトも始めた。今まで「あんたがそんな仕事できる訳がない。迷惑をかけるな」と言われていていまいち自信を持てなかった本屋のバイトがこれまた楽しくて驚いてしまった。先輩も店長も優しく、聞いたら聞いた分だけ返事が返ってくる。少しづつできることが増えていくのが面白くてたまらない。


 それは諦めていたら見ることのない世界だった。言うことを諦め抵抗を諦め期待を諦め。その先にはなかった光景が目の前に広がっている。

そんな日々を楽しみながらも、頭にちらつくものがある。


 今も白いものを見ると、無意識に目が追ってしまっていた。


※※※


「お疲れ様です」

「あ、お疲れユキノちゃん。今帰り?」


 高校生活も二年目の最後。冬休みの間に多めに入れたシフトを終えて、店の外に出た時だった。どんよりと曇った空は今にも降り出しそうだ。早めに帰ろうと店を出ると、今まさに帰ろうとしていた先輩と鉢合わせる。私に仕事を教えてくれる大学生の先輩だ。


「はい、今さっき上がりました」

「そっか。でもちょっと待った方がいいかもよ」


 ほら、と見せられたのは天気予報を映すアプリ。傘マークが連続で並ぶそれは、今すぐにでも雨が降り出しそうなことを示していた。このまま帰ったら途中でずぶ濡れになりそうだ。寒い冬にそれは避けたい。

 

「ほら、なんか雨っぽい匂いもしてきたしさ」

「………そうですね」


 雨の匂い。湿り気を含んだ甘い土の匂い。それを嗅ぐと、私は決まって周囲を見渡してしまう。


「なんだかユキノちゃんって、雨の時物悲しい顔するよね」

「えっ? そうですか?」

「……あのー、さ」


 先輩は黒ぶち眼鏡のブリッジを正す。ほんの少し緊張したような面持ちで、彼は頭を掻いた。そして意を決したように手に持っている傘を出す。


「よかったら、は、入ってく? 俺も君と方角同じだし……」

「いいんですか? 一個の傘に二人入ったら狭いんじゃ」

「それがい……んんっ、俺は構わないし濡れて帰ったら風邪をひくよ」


 確かにその解決策は妥当なものに思える。私も早く帰って温まりたいし、途中まででも濡れないのは助かる。


「じゃあ、お言葉に甘えて―――」


 その時、私の言葉をかき消すように大量の雨粒がざああっと辺りを濡らしていく。先輩は驚いたように「うわあ降って来た」と慌てて傘をさした。

 

「ほら、これ以上酷くならないうちに早く」


 そう私を呼ぶ声に反応しようとした時だった。傘を突き破らんばかりに雨脚は強くなり、先輩が悲鳴を上げる。一度屋根のあるところに避難した方がいいと声をかけようとして、彼の奥に大きな人影が見えた。

 

 その姿に呼吸が止まる。





「――――――ごめんね、遅くなって」


 ゆるりと青い髪をなびかせて、傘を手に持ちながら。着物ではなく洒落たジャケットを着こなして。


 少ししか離れていなかったのに懐かしい声に、目の奥が熱くなった。


「すい、げつ?」


 呆然とした顔で立ち尽くす私に、彼は両手を広げて言うのだ。


「迎えに来たよ。ユキノ」


 雨に濡れるのも構わなかった。驚いた表情の先輩の隣を通り抜けて、体当たりでもするかのように水月へ体をぶつける。


 甘く融けてしまいそうな水の匂い。それだけで熱い水が奥からこみ上げて、耐えきれずに頬を滑っていく。きれいな上着にシミがついてしまうと一瞬思ったものの、長い手足で閉じ込めるように抱きしめられてそれも全部吹っ飛んでった。


「よか、よかったぁ……。水月、水月だぁ……」

「待たせてごめんね。少し時間がかかった」


 白い指先が私を確かめるように頬に触れ、髪をかき混ぜる。ひとしきり彼の存在を確かめた後、水月の体温が随分と熱いことに気づいた。彼は蛇だから、いつもひんやりとしているのに。


 どこかまだ悪いのではと言う私に、彼は柔らかく笑った。


「僕はもう蛇じゃない。君と同じ人間だよ」

「………えっ⁈」

「これが天照大御神の下した罰ってやつ」


 天照大御神は回復した彼へ「神隠しをした罰として神から人へと堕とすものとする。お前が狂わせた人の生を存分に考えろ」と言ったらしい。

 

「これで、君と同じ体温になった」

「え、じゃあ本当に……?」

「神じゃなくて、嫌?」


 その言葉に強く首を振る。そんなわけはない。私は、彼が生きていて今ここにいるだけで嬉しいのだ。


「ずっと、雨の時に水月かなって思って。でもいなくて、だか、だから、びっくりした」

「………ひょっとして雨が降るたびに僕のこと探してた?」

「? うん」


 返事をすれば彼は顔を覆う。深い深いため息もついているし、本当はまだどこか悪いのではないのだろうか。体温もめちゃくちゃあったかくなってきたし。熱でも出ているのかもしれない。


 けれど彼は私を抱きしめたまま、たまらないと言いたげにこう言った。


「君さあ、そういうとこ本当に直した方がいい。直して。お願いだから」

「え⁈ ど、どこを?」

「………そういう素直で可愛いとこを真正面からぶつけてくるところ」


 その時、私は初めて彼の顔が真っ赤なことに気づいた。つられるように上昇していく体温に戸惑っていると、水月は私を抱きかかえる。黄金の満月はとろりと熱をもって私を捕らえてしまった。



「好きだよ。ずっとずっと昔から、君が好きだ」


 

 諦めたがりの私だった時も、その前からも。ずっと神様は私を愛してくれていた。


 言葉に詰まっていると彼の目が悪戯っぽく笑う。


「あれ、返事をしてくれないのかな? それとも―――、もういいよってこと?」


 ぞくりとするほど色っぽく笑ってから、彼の顔が近づく。あ、これは多分キスってやつなんだと思う。キス………キス⁈


 いやまだそう言うのは早いと思うと慌てた時、彼の後ろからごすっという衝撃音が聞こえた。


「はーい、公衆の面前でのいちゃこら禁止じゃ色ボケ」

「ってえな! ………は? なんでお前までいんの?」

「お目付けじゃ阿保蛇。お前だけだとどうにも不安らしいからのう」


 肩越しに伺えば立っているのは烈火だった。水月が妙なことをしないように神様が寄越したお目付け役、とのこと。


「伝言じゃ。『未成年への婚前交渉は言語道断。けどお前はやらかしかねないので監視を付けます』」

「………は?」

「『追伸、泣かしたらどつきまわす』じゃと」

「はぁっ⁈ なんでお前がこんな面倒ごとを……」

「……ま、わしも簡単に引き下がるつもりはないからのう。渡りに船っちゅうやつじゃ。今日から仲良くライバルっちゅうことで、仲良うしようか? なあ、水月君?」


 水月の顔がひくりとひきつるのが私でも分かった。どうやら私の生活はこれから先もっとにぎやかなものになって行きそうだ。


 

 その後。水月と烈火が一人暮らしのマンションに転がり込んできたり、水月の方はいつの間にか手に職をつけて社長になったりするのだが。


 それはまだ、未来のお話。

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諦めたがりの私が神様たちに溺愛されて? きぬもめん @kinamo

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