幕間 店主が思うには

 ツクモは時計の付喪神でありその中でも古株だ。そして、隠世で古物屋を営む店主でもある。店と言っても金に頓着のない神や妖怪の住むここでは、物々交換で品物を渡すだけの半ば趣味のようなものだ。


 付喪神は神の中でも数が多い。ツクモはそれをまとめ上げる立場故に、神の住む隠世に大きく影響を与える存在である。そのため彼はいつの間にか隠世における代表にまで押し上げられていた。彼自身にまったくその気はなかったが。その影響力の大きさ故に、彼や彼の身内に手を出すものはそういない。

 

 付喪神を怒らせたなら、身の回りの「物」全て敵と思え。 


 これを隠世に住むものたち全員が知っているからだ。しかし、その付喪神は現在頭を悩ませていた。


「……だから言っているだろう。あの子は人間でお前は神だ。お前がどれだけ嫌だと言っても規律は規律なんだよ」

「嫌だ。あの子はここで幸せにならなきゃ、駄目なんだ」


 顔見知りの神がさっきからこの調子なのだ。何度目かの問答の後、ツクモは自身のガラス面を撫でる。これは困ったときの癖だった。


 目の前に憮然とした様子で座るのは水の神、と呼ばれる彼の知り合いだ。花散る川のように優美なかんばせの男だが、中身が濁流のごとく気まぐれな神であるとツクモは重々承知している。


 だからこそ彼が犯した「神隠し」を容認できなかった。


「神隠しがご法度になったのは、お前も知ってるだろう」

「ツクモはあの子を見殺しにしろって?」

「そうは言ってない。話を急くんじゃないよまったく」


 神隠しとは、神が気に入りの人間を自らの元に引き入れる行為であり、多くは嫁取りや婿取りのために行われた。それこそ昔は神の無法地帯だったので多くの人間が神隠しに遭い、隠世や高天原に連れていかれた。


 しかし、それ以降がいけなかったのだ。


 神々はやれ嫁が可愛いだの婿が愛しいだので可愛がりに専念し始め、本来の仕事を放りだす。気まぐれな神に至っては娶ったはいいが「飽きた」と手放す始末。人間は勝手に攫われた者がほとんどだった。適応できず自ら命を絶つ者や、捨てられ妖怪に食われる者。


 それらが繰り返されることで、本来神聖なものであるべき神の国は失意の中死んでいった人間の怨念であふれかえってしまったのだ。


 そのあまりの好き勝手ぶりに最高神がとうとうキレた。


「今後神による勝手を許さず、人間への手出しは罰を与えるものとする」


 要約すると「いい加減にしろよお前ら」である。


 神々の頂点に立つ太陽神、天照大御神あまてらすおおみかみは一切の神隠しを禁じた。生真面目で自らに厳しく、自分の監督不行き届きと思ったら引きこもり、地上から太陽そのものを消したことすらある彼女が罰を与えると言ったのだ。神々は従うしかない。


 ただ神の中には夫婦仲も睦まじく、かつ神の仕事をきちんとこなす者もいた。彼らは皆「人間に了承を取り同意の上で婚姻した」という神たちだった。

 そのため最高神は以上の文に「しかし同意を得た場合は不問とする」と付け足した。


 以上が今の隠世で神隠しが頻発しない理由であり、ツクモが悩む原因でもある。ツクモだって顔見知りに神隠しするほど恋しい相手ができたことは素直に喜びたい。が、いかんせんやり方が悪すぎる。何故了承を取る前に連れてきてしまったのか。


「大御神はお忙しい方だから、すぐには気づかないだろう。けどね、ばれるのも時間の問題だよ」

「ばれたって構わないさ。僕はそれまでにあの子を幸せにする」

「身勝手もいい加減にしろ大馬鹿者」

 

 時計の針が軋むような音を立てて回る。その様子を見ても水の神は意見を変えることはなかった。


 訳も分からないまま連れてこられ、殺されかけ。見知らぬ相手から人間としての存在を捻じ曲げられる。それがどれほど人間にとって恐ろしいかツクモは知っている。

 

 この神が連れてきたのは年端もいかない少女だった。可愛らしい顔立ちには不釣り合いな影があり、自分のことにあまりに無関心な娘だった。


 ツクモがヨモツヘグイを伝えた時、彼は少女か泣きわめくか怒るかそのどちらかはするだろうと思っていたのだ。だが、人間の娘はそのどちらでもなくただほんの少し驚いただけ。自らの身に起きたことをすぐに飲み込んだ。


 大した反抗も抵抗もせずに受け入れる姿は、まるで自分の人生にようで。


「あの子を隠した理由は何となく察するさ。あんたは確かに気まぐれだが、理由もなしにこんなことをする奴じゃない。幸せにしたいっつう気持ちも分からなくはない」

「お前にあの子の何が分かる」

「神の嫉妬は見苦しいぞ。……あたしはね、連れてこられたあの子の意志がないって言いたいんだよ」

「………意志」


 分からないまま与えられて強制されて、多分あの娘はそれを受け入れるのだろう。「妙なことが起きているけど、」と抵抗することを諦める。それは受け入れているだけであって、本人がどうしたいかの意志はない。


「必要なのはあの子の意志、自分から何がしたいか思うことだ。それがなきゃお前がやってることはただの独りよがりさね」

「――なら、どうすればいい! 現世に任せていたらあの子のんだ!」


 子どもの癇癪だな、とツクモは思う。思い通りに事が運ばなくて苛立って。対象が玩具じゃなく人間というところがたちが悪い。


 規則正しい音を鳴らしながらツクモは言う。


「簡単だ。聞けばいいし、話せばいい。どうしたいかと、どうして神隠しなんてことをしたのか。ちゃんと説明した上で相手の意志を尊重するんだ」


 そこで帰りたいと言ったならどうにかして戻れるよう手を尽くすし、残りたいと言ったなら安全な生活を提供する。神隠しをしたのならその責任は全うしなければならない。


 分からなければ何も始まらない。この神はあの娘を知っているらしいが本人は忘れているようなのだから、ちゃんと説明すればいいだけの話だ。全く手間のかかる神だとため息をつき、ツクモはちらりと外の気配を探る。騒ぎは起きていないようだ。


「まあ、起きちまったことは仕方ない。あたしが手を貸してやる」

「………なんで」

「あんたのためじゃないよ。あの子のためさ」


 付喪神は人間が物を大切にすることで生まれる神だ。だから付喪神全般は人間が好きだ。愛しいと思うし守りたいと思う。だが、あの少女に至っては少しだけ理由が違っていた。


 この神のいう通り、あの少女の魂はだ。もちろん突っ走り馬鹿水の神がヨモツヘグイをさせた影響で魂が変質しているというのもあるだろうが、それを差し引いてもおかしい。


 人間の魂というのは大なり小なり光を放っている。それは「生きるための力」を表すものであり、行動の動力源とも言える。だが、あの娘からはその光が毛ほども


「しいて言うなら、庇護欲ってやつかねえ」

「あ? お前もあの子のこと好きなの? お前から飲んだ方がいい?」

「でかい口はその縄が自力で解けたらにするんだね、小僧」


 現世で何があったかはツクモが知るところではない。が、どうにかしたいと思うこともまた確かであった。


 今にも噛みつきそうな水の神を小突きながら、ツクモは次にすることを助言する。結局のところこの付喪神も、厄介ごとを起こす神を突き放すことはできなかった。


「とりあえずあの子にはあたしがごまかしの呪いをかけてやる。しばらくは大御神の目をごまかせるだろう。あんたはその間にあの子にちゃんと説明しな」

「…………」

「第一、ばれたって構わないっていうのは無責任だよ。あんた罰を受けたらどうなるか知らないだろう、全く」


 今も昔も人間にちょっかいを出すやつがいることは変わらない。自分の睨みにも限度があるのだから責任をもって守らなければ。と、そこまでつらつらと話した後、ツクモは水の神が沈黙を貫いていることに気づく。


「おいこら。聞いてるのかい? あの子は自分の意見を言うのが苦手そうだからね、きちんと根気よく――」

「………………だ」

「は?」

「―――――やだ」


 あまりの出来事に酸いも甘いも嚙み分けた付喪神が面食らった。あの神が、さっきまでこちらに殺意を向けていた神が本当の子どものように駄々をこねてる。


「やだって……お前この期に及んで何言ってんだい」

「だ、だって、あの子がああなったのは、だから」

「はあ?」

「本当のこと言ったら、嫌われるから、やだ。僕あの子に嫌われたくない」


 勝手に神隠しをしてまで何を今さら。


 その言葉が出かかるが指摘したらしたでこの面倒な神は大暴れするのだろう。花のかんばせを涙に濡らす様子にツクモは呆れかえってしまった。


 その後もあの手この手で慰めたり叱咤したり、理由を聞き出そうとしたツクモだったが、水の神が言うに事欠いて「お前もやっぱりあの子が好きなんだろ。だから僕が嫌われてもいいんだ」と言い出したので流石に穏やかな付喪神も堪忍袋の緒が切れた。


「なぁに自分からやっといてぐじぐじ悩んでるんだい、こんのすっとこどっこい‼ 嫌われるようなことしたんなら白状してがっつり嫌われてこいアホンダラ!」


 普段温厚なツクモが二度も怒鳴り声をあげたので、他の付喪神たちが震えあがった。この数分後、人間のあの子が戻ってきてまた店の中は騒がしいことになるが、彼はまだそれを知らない。

  

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