第四話 過去の私がタラシだった可能性

 今私の目の前には神様がが正座をさせられて怒られているという非常に稀有な光景が広がっていた。


 あの後ツクモさんの仲間が相当奮闘したのか縄でぐるぐる巻きになった水の神様が運ばれてきた。面倒そうにツクモさんを見る彼にお説教が始まったのが三十分ほど前。そこからずっとお説教が続いているわけだが。


「だから同意なしの神隠はご法度になったとあれほど……聞いてます?」

「これいつまで続くわけ? 僕この子にここら辺案内したいんだけど」

「―――これはちっと灸を据えなきゃいけませんかね」


 水の神様にはそれもどこ吹く風。さっきから問いに対しても「聞いてまーす」「これいつ終わるの」しか返さない徹底ぶりである。おかげでツクモさんが背負うオーラがどす黒い。


 彼は何度目かのため息をつくと、秒針を異常に速く回しながら私に言った。


「お嬢さん、あたしがこいつを躾けてる間ちょっと表の空気でも吸っていらっしゃい」

「……駄目に決まってるだろ。この子は僕が守らないと」

「お黙んなさい。お前と二人にする方があたしは百倍不安ですよ」


 あたしが保護したと分かればここらのやつは手を出しませんから、と彼は言った。確かにここにいてもできることはなさそうだし、何ならお説教の邪魔になってしまいそうだ。


「分かりました。ちょっとぶらぶらしてきますね」

「あんまり遠くに行っちゃ駄目だからね! どっかの馬鹿にちょっかい出されたらすぐ呼ぶんだよ。僕が丸のみにしてやる」

「今のところお前が一番の阿呆だけどね、まあこいつの言う通りだ。何かあったらすぐ戻っておいでなさい」

 

 その言葉に頷いて外に出る。私はどのくらい眠っていたのか、空を見てもそこは変わらない夕焼け模様のままで、どれくらい時間がたったかも分からない。


 まだ鳴りやまない祭りの音。私は気ままに足を任せてみることにした。


 ※※※


 変わらずの雑踏の中、変わったことがいくつかある。


「おねえちゃん人間⁈ へえ、俺人間って初めて見た!」

「ああツクモのとこで預かってるっていう。ありゃ、あんたのことだったのか」


 さっきは人を見るなり化け物でも見るように接されていたのが随分と変わっている。皆普通に話しかけてくれるし、ちょっとだけ会話もすることができた。この隠世というのは人が珍しいらしく、好奇心旺盛な住民が代わる代わる私に話しかけてくれる。


 一つ目の子や猫にそのまま話しかけられた時はちょっと面食らったが、それでも最初の頃ほどの衝撃がないのはもう頭が順応しているんだろう。我ながら馴れが早い。


「人間のねえちゃん、神様に連れてこられたってホント?」

「……あー、うん。そうだよ」

「俺知ってる! 神隠しってやつ」


 今は小さな子どもたちと話しているところだ。一際元気のいい一つ目の男の子は聞けば何でもはきはきと教えてくれた。ここ隠世には今は神様の数より妖怪の方が多いこと、人間が来ることはほぼなく珍しいこと。そして神隠しのこと。


「名前知ってる人間を神様が連れてくることだろ?」

「やっぱり名前関係あるんだ」

「気に入った人間を連れてきてするんだよな!」

「…………うん?」


 今とんでもない単語が聞こえた気がする。結婚? 神様と?


 確かに水の神様はことあるごとに「ここで幸せに」とかなんとか言っていた気がする。あれは遠回しにここでの結婚生活を示唆していたということだろうか。


 漫画で見る生贄的存在から神への嫁入りと言う展開は知っているが、こんな誘拐から始まる結婚とかも神様的にはアリなのか。相手は人外の存在なわけだし、あまり常識で考えない方がいいのかもしれない。


「ねえちゃんも結婚すんの? いつ?」

「うーん、いや、分かんない……」

「えー。俺、式のご馳走食べたいのに」


 まあ子どもからしたら結婚式なんて珍しいイベントでしかないよね。ぶうぶうと頬を膨らませる一つ目の少年に、呆れかえった女の子が彼の額を小突く。赤の花柄の着物に、結い上げられた髪が可愛らしい。


「ばかねえあんた。今時そんな派手なことするわけないじゃない!」

「なんだよロク。神様が神隠しするっていえば結婚だって父ちゃんも言ってたぞ!」

「昔はねって言ってるのよ馬鹿ヒトメ!」

 

 一つ目小僧だから「ヒトメ」、ならこの女の子はろくろ首とかそんな感じなんだろうか。ぎゃいぎゃいと言い争いを始めた子ども二人。彼らを見ていると狼と水の神様の争いを思い出す。子どもたちはあの争いの数百倍は可愛いものだけど。


 そこまで考えてふと狼の神様に目を覚ましてから会っていないことに気づいた。


「ねえ、狼みたいな恰好の神様、どこにいるか知らない?」

「知ってる! 炎の神様!」

「あっちで見たわ。今は道の補修をしてるの」


 聞いた瞬間ぱっと喧嘩が止まるのだから小さい子は素直で可愛い。お礼を言ってその場を離れ、教えられた方角に足を向ける。


 あの神様も私を知っているようだったし、水の神様は「幸せにする」しか言ってくれないけど、あっちの神様ならまた別のことを聞けるかもしれない。


 正直されたことを思うと怖いけれど、今は自分が置かれている状況を明確にしたかった。


※※※

 

 いた。あの神様は大きいからすぐに見つかるだろうと思っていたし、なんなら道の真ん中でもくもくと作業をする赤黒い毛玉はこれ以上なく目立っていた。しかし。


「ちっ、なんでわしがこんなことをせにゃあかんのじゃ……」


 大変機嫌が悪そうである。かれこれ数分は陰から見ているが、さっきから作業をしては文句を言い、それをずっと繰り返していた。けれどそこまで機嫌が悪いにも関わらず、道を直す手は止まることがない。結構生真面目なのだろうか。


 こっそりと物陰でふかふかの尻尾が不機嫌に揺れるのを眺めつつ、時間を改めるべきだろうかと考え始めていた時。


「おい。分かっとるんじゃ。とっとと出てこんか」

「ひえっ⁈」

「気配も匂いも駄々洩じゃ、小娘が」


 ぐりんっと首がまっすぐこちらを向いたのはさすがに背筋が凍った。いつから気づいていたのだろうか。


 見つかったわけだしここにいつまでもいるのもあれだろうと、そろりと姿を現せば「ふん」と鼻を鳴らし、ちょいちょいと手招く。


「いつまでぼうっと立っとる気じゃ。こっちに来て座らんかい」

「え、でも」

「……安心せい。喰ったりせんわ」


 されたことを思うと全然安心できないのだが。でも確かツクモさんが「ここら辺のやつらは手を出さない」と言っていたし、大丈夫なのだろうか。恐る恐る近づき、神様から三歩ほど下がったところで止まれば神様はしげしげと私を見つめ、「本当に忘れとるんか」と呟くように言った。


「あの、なんで私は神隠しされたんですか」

「それをわしに聞いてどうするんじゃ」

「聞いても『幸せにする』しか言ってくれないので」


 あなただったら知っているかなと思いまして頼りました、と言えば何故かオレンジの目が丸くなり、叩きつけられていた尻尾がどこか機嫌よく揺れ始めた。この神様の機嫌のポイントが良く分からない。


「……あいつじゃなく、わしにか。はっ、ざまあみろじゃのう」

「ええと、神隠しの理由は?」

「わしはあやつの考えなんぞ知らん」


 すぱりと言い切られ、初っ端から躓いてしまった。確かに彼らは別の神様だし知らなくたっておかしくないけど。

 

「それに、それを知ってどうするんじゃ。あいつは気に食わんが力は強い。人間の力だけで逃げ切れるとは思えんがのう」

「いえ、その。興味と言いますか」

「興味?」

「……私以外にも人間はたくさんいるでしょう。どうして私なのかなと」


 いくらだって美しく、多くの才能を持った人々がいるのになぜ私を選んだのか。ひょっとしたら捕まえやすかったからとか、そこにいたからとかそんなことかもしれない。けど、もしも私でなければならない理由があったとするのなら。


 。それがあったら嬉しいと思ったから。


「………お前、それをあいつの前で言うんじゃないぞ。お前のこととなるとあいつは昔から加減を知らん」

「炎の神様、でしたっけ。あなたも私を知っているんです、よね?」

「――――ああ。そうじゃ。お前は、随分ようじゃな」


 彼を神様と呼んだ時、一瞬だけ複雑な顔をしたのが気になった。しかしそれをむすりとした表表情に覆われて見えなくなる。覚えていないだけで、こうした表情を見せあう仲だったんだろうか。

 

 そう考えている間にもふわりふわりと、私の目の前で尻尾が揺れた。柔らかそうな横幅の広い狼の尻尾。その毛並みがぼふりと叩きつけられるたびに私の欲望はむくむくと膨れ上がる。どうしてだろう、この神様とは初対面でこんなことを頼むのは失礼なはずなのに。


「しっぽを、触ってもいいですか」


 彼の尻尾を触りたくてたまらない! そう思った瞬間には欲望が声から駄々洩れていて、ハッとなり口を押えた。


「……あの、なんか急に変なこと言っちゃって。その、尻尾がふわふわだなと思ったらつい」


 言い訳がましく言葉を重ねる私に神様は唖然とした後、どうしてか機嫌よく笑い始めた。あまりの変わりぶりに今度は私がぽかんとすると、彼は私の顔へ尻尾を押し付けながら、言った。


「はあーあ、まったく……思ったより変わっとらんかもしれんの」

「は、はわ……、ふかふか……尻尾……」

「ええいワシワシ揉むな! ちっとは手加減せんか!」


 この神様実はすごくいい神様では?

 

 そう言いながらも彼が尻尾をどかすことはない。またとない機会だ、存分に触らせてもらおう。一心不乱に尻尾を揉みしだく私を呆れ半分といった様子で見ながらもその口角はゆるく上がっていた。


「どうして自分なのか、そう言っっとったな」

「え? まあ、はい」

「ふん、ぐじぐじ悩まれてもこっちの気分が悪いからのう」


 そう言ってふんと鼻を鳴らす神様。こうして尻尾を触らせてもらえる時点で私の気力は大分上がったし、悩みもふかふかの前に飛んで行ったばかりなのだが。


 しかしその後に続く言葉に私は耳を疑った。


「お前は

「……………………え?」

「ま、それくらいの仲ってことじゃ」


 思わず尻尾を撫でる手を止めてしまう。神様たちの名前を知っている?


 さっきツクモさんから聞いた名前の話が頭の中で再生される。「名前は家族や身内にしか明かさない」。ということは、ということはだ。


 私は覚えていないだけで、神様から名前を教えられるレベルで親しかったと言うことになる。しかも二人。いったい過去の私はなにをしたんだ⁈ 


 混乱が加速する中、私は落ちつくために目の前の尻尾に顔を突っ込むのであった。

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