第15話 あれも食べたいこれも食べたい

「んっ!!」



 俺は噛り付いた焼き魚を見つめた。基本暑い地域の魚は不味いというのが定説だ。魚が脂をたくわえないからである。しかしこれは中々……。



「悪くないな」



 新鮮だからかもしれない。あるいは死念濃度が高い海が、ここら辺にあるのかもしれない。たかが的屋の主人が料理の鉄人ってこともないだろうし。

 棒に刺さった魚に歯を食い込ませ、白身を貪る。手に持った紙皿には、一盛りの塩が乗せられていた。魚自体にも塩は塗されているが、これで好みに調節せよということだろう。

 俺は時に塩を塗し、時に塩の山に魚自体を押し付けて、食らう、食らう、食ら――

 


 ジ~~~~~~~~~~~~~~~~っ。

 


 ――おうとして固まった。

 

 パミュが飯食っている様を、指くわえて見つめてきていたからだ。

 名誉のために言っておくが、俺はおごろうかと聞いた。しかしこいつはいらないと言う。

 しかし食っている様を、羨ましそうにガン見してくるということは――



「ダイエットか何かか?」



 ガクッ。

 


 パミュが、重石でも乗っけられたかのように、左肩を下げた。

 しかしすぐ、手を振り下ろして、歯を剥いた。



「ちーがーう。あたし十分やせてるし! うちでも姫様やせすぎですってよく言われるもん!!」

「姫?」

「え? あーその、あたし家ではいつもお姫様扱いだから。あはは……」

「ほー」



 お姫様扱い、ねぇ……。



「で? ダイエットじゃないなら、何なんだよ。さっきから人が食ってるところ、羨ましそうに見てきやがって。食いたければ食えばいいだろ?」

「むーっ」

「何だよ?」

「だって」

「だって?」

「あたし、一人でご飯食べるの禁止されてるもん。食べれないんだもん」

「何だよ一人で飯買ったことねぇのかよ? いいか、貨幣には、銅貨、銀貨、金貨、手形とあってだな、この銅貨持っ――いって!!」



 俺はその場でケンケンした。

 パミュにいきなりスネを蹴り飛ばされたからだ。

 パミュは百パ―加害者だってのに、眉を吊り上げ、頬を膨らまして怒っていた。



「そんなのわかってるもん!! 一人でご飯食べるのが禁止されてるって言ったの!! ちゃんと聞いて!!」



 飯の恨みは恐ろしいというが、こいつ相当気が立ってんな。

 ちょっとした冗談じゃねぇかよ。

 パミュ怪獣ここに爆誕。



「一人で食べるのが禁止の意味がわからないけど、とりあえず一人じゃないだろ? 俺とお前。二人いるじゃないか」

「そういう意味じゃないの!! 先に人がちょっと食べたものしか食べられないって言ったの!」

「はあ。そうっすか」



 んなもんわかるかい。だったら最初からそう言えや。

 と、心の中で思ったが、言わないことにした。ガリガリと頭をかきながらそっぽを向く。



「じゃあ……いるか? これ」



 焼き魚を差し出しながら、俺は言った。ほとんど誘導尋問だぜ、これは……。

 すると。



「いる!!」



 パミュが言った。

 心に染み込みこみそうなほど、嬉しそうな声音。

 思わず振り返っていた。

 パミュが目を輝かせながら、俺を見上ている。

 笑いそうになってくる。

 そんなにも食べたいものかね、焼き魚なんかが。

 俺は差し出していた焼き魚を、更に前に突き出した。

 パミュが俺の手をつかみながら、焼き魚を咀嚼する。

 いや、全部やるつもりだったんだけど……。

 こいつの食いさしを、後から俺が食うってのもどうなのよ。

 まあ……別にいいか。

 相手はパミュだし。

 十五の小娘だし。

 どうこう思う方が、どうかしている。



「おいしーっ!!」



 今にも落ちそうな頬を押さえながら、パミュが言った。

 たかが露店の焼き魚でここまで言ってもらえりゃ、焼いた奴も大満足だろうな。



「ねえねえ」

「なんだよ。近いな、顔が」

「あたしって、顔色悪くなったりしてない?」

「してねえよ。それがなにか?」

「やっぱりそう? なーんだやっぱり大丈夫なんじゃない。じゃあ次はなにを食べよっかなー。ふふふ」



 あっち行ったりこっち行ったりして、パミュが露店の商品を物色する。

 それは別にいいんだけどさ――。



「パミュちゃんどうだい? ケバム料理は。羊もレタスも今日獲ってきた、超新鮮な具材だよ。銅貨十二枚のところを銅貨五枚にしちゃう」

「パミュちゃんどうだい? 本日シークロアから持ってきた、野イチゴの詰め合わせだよ。ケバムなんて羊さんが可哀想でいけねぇや。銅貨? ああ一枚でいいよ。パミュちゃんだし」

「パミュちゃんどうだい? アイチカジュースは。頭切って、ストローとスプーンつけて、はいどうぞ。ああ大丈夫大丈夫。お代なんていらないさ。もちろん無料。僕はパミュちゃんと話せただけで、銅貨十枚以上の幸せを手に入れたからね」



 ってな感じで、飯がどんどん安値、もしくは無料で手に入ってるんだけど、マジで大丈夫かこの街? 

 


 まあ気持ちはちょっと、わかるけどな……。

 


 パミュの食べっぷりには華がある。というか、リアクションがいいんだな。

 口に含んだ後、目を丸くして周囲を見渡す。その美味を、誰かに教えようとするかのように。そして、そのハードルは決して高くなく、むしろ低いわりに、嫌味ではない。しかもこいつは声もいいので、視覚から聴覚から、人をとろけさせてくる。だから、飯を奢りたい人間が後を絶たないってわけだ。



「はいこれ。ケバム」



 突然パミュから食いさしのケバムを渡されて、俺は戸惑った。



「はいこれ。野イチゴの詰め合わせ」



 またまた渡されて、俺の両手が塞がる。



「はい」

 

 

 最後に、アイチカジュースのストローを、俺に向けてくるパミュ。俺はやや恥ずかしく思いながら、顔を近寄せて、ストローを口にした。口から離して、咀嚼して飲み込む。見たまま果汁百パーセントの味だった。濃厚で甘い。

 見下ろすと、パミュが目をキラキラさせながら、俺を見上げている。首を縦に振ったが、それでも伝わっていなかったみたいなので。



「うまい」


 

 とだけ伝えた。

 するとパミュは、俺が吸ったストローに唇を合わせて、ジュースを吸い込んだ。

 周りがギョッとした顔を俺に向ける。俺は『いや毒見をさせられただけなんだけど』と、伝えようと思ったが、彼らの目を見て、口を開くのをやめた。我ながら英断だと思う。



 そんな中、パミュは能天気に、感想を口にしていた。



「おいしーっ!!」



 と。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る