第14話 あの続きを木祭で
木祭の会場であるエルメルリア中央広場は、中も外も、そこに通じる道に至るまで、活気に満ち溢れていた。
そこいらの木という木に願い事が吊るされ、広場内は人々の希望に包まれるような形になっている。
通りを歩く人間は、皆一様に笑顔である。例外なのは、俺とパミュぐらいだった。
俺は頭上を見ていて、パミュはやや顔を伏せながら、周りをチラチラと伺っていた。
手は未だ繋いでいる。周りの目を気にするぐらいなら離せばいいじゃんと思うのだが、離すタイミングもなかった。
俺が力を緩めると、パミュが強くつかんでくる。逆にパミュが力を弱めると、俺が強くつかんだ。
多分お互いが、そうしなければならないのかなと思っている。そしてそれは、嫌々というわけでもないと思う。
握った手の温かさが、時折当たる肩や二の腕が、嫌々ではないのだと、そう思わせた。
ま、勘違いかもしれねぇけどな。
その時。
「あーっ。くそバカパミュと魔術師さんが、手つないでるーっ。なんで? なんでーっ?」
後ろから声をかけられた。
声でわかっていたが、振り返った先にいたのは、マリオンだった。
手には綿菓子、手首に金魚、羽織った艶やかな布を帯で縛っただけの簡素な服、交鳥暦で言うところの神服に身を包んでいる。
女性下駄を鳴らし、マリオンが駆けてくる。
周りに友達らしい人間は見当たらなかった。
「べ、べべべ、別に好きでこうしているわけじゃないもんっ。仲良しポイントをためるために、仕方なくやってるだけなんだからね!? か、かかか、勘違いしないように!!」
握った手をパタパタと振りながら、パミュが俺を向いたり、マリオンを向いたりして、弁明を始めた。
顔はリンゴのように赤く染まっている。
「仲良しポイント? なにそれ?」
「え? そ、それは――仲良くなったらたまるポイントのこと……かな」
「はー、相変わらずバカ丸出しだなー。魔術師さんもさー、こんなのといるよりマリオンと一緒に行動してた方が絶対にいいって。発育よくても脳みそがないんだもん、こいつ。一緒にいたらバカが移ると思うよ?」
「むーっ。そんなことないもん!! 心なしか、ビュウはメキメキ賢くなってきてるし」
パミュが笑った口元を隠すように、両手を頬のところに持っていく。
握られていた俺の手が、パミュのほっぺたに触れた。柔らかく、滑らかで、思わず押したくなるようなほっぺただった。
気がついたパミュが、慌てて手を下ろし、俯きながら、顔を赤くする。
一人で何やってんだよと思いながらも、俺はそっぽを向き、ガリガリと頭をかいた。
「へー、魔術師さんって、ビュウさんって名前なんだね。へー」
「お前今更知ったんか」
「だって名前よく聞いてなかったんだもーん。でも溢れ出るこの気持ちは本当だよ?」
「うそこけ」
「えー? 疑うんだったらさ、マリオンといいことしてみる? そうしたら、気持ちもわかるかもしれないよー?」
残った手に張り付いていたマリオンが、俺の服の裾を引っ張るようにして、爪先立ちになった。
目蓋を下ろした顔を、ゆっくりと近寄せてくるが、それでも届かず、『ん~』と唇を突き出してくる。何か塗っているのか、明かりの中で、唇が艶やかに光っていた。蒼みがかかった狼の耳が、ピョコンピョコンと、指で触れられたかのように、跳ねている。
ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ。
思いながらも、足が根を張ったように動かなかった。
マリオンの細腕につかまれてるからというわけでもないのだが、いや跳ね除けるわけにもいかないしさ――
「こらあああああああああああマリオン!!」
「ふわあ!! なんだロゼか。ビックリしたなーもう」
マリオンが俺から飛びのき言った。俺は目に見える形で胸を撫で下ろしたのだが、向けられるパミュの目は、露店のかき氷のように冷たかった。
「プイ」
言ってパミュが外方を向く。
正直ぐうの音もでません。
さーせん。
「ビックリしたなーじゃないでしょ? 何やってんのよ、マリオン。こんなその……知らない人と」
人のことを見鬼でチラ見しながらロゼが言う。
マリオンの時にも言ったが、見鬼に見鬼で返すのは魔術師間での定石だ。特に戦場魔術師ほどこの定石を守るもので、俺は反射的に見鬼で返してしまった。しかし、今回ばかりはそれが悪いことだとは思わなかった。何故なら――
できるな、こいつ。一流だ。
見鬼と整纏(せいてん)の併用はやや難しい。マリオンは見鬼こそ上手く扱えていたが、整纏(せいてん)に関しては甘い部分があった。こいつは二つの技法を均一かつ高い水準で用いて、俺の見鬼をティアラナほどではないが防いでいる。
実力で天才(マリオン)の上に立っているってことか。ただ抜かされるのは時間の問題。そう自覚している魔装だな。
――魔装に『恐れ』が溶けているよ。
ロゼを見るマリオンの目。
蒼(そら)色の瞳に深みが増している。
ロゼの魔装は、マリオンの視線に熾されるように、その方面だけが激しく揺れていた。
マリオンの見鬼を意識しているから、意識させられているからに、他ならない。
ロゼの気持ちなど知る由もなく、瞳に深みを増したまま、マリオンが朗らかに笑った。
「何やってるのって、見ればわかるじゃん。恋愛だよ、れ、ん、あ、い。マリオン好きな人できたの。すごいでしょ?」
「あんたがやってるのは恋愛じゃなくて売春。もしくは身売りでしょー? もっと自分を大切にしなきゃダメじゃない? 綿菓子の棒もホラ!! ポイ捨て厳禁!!」
「かったいなーロゼの生き方は。大切にはしてるよ? 自分の未来をね。だから今あるものを使って困難を打開してるんじゃん。そんなこともわからないの?」
「あんたねー」
「ロゼもさー、一応魔導師協会副支部長なんだから知ってるよね? 魔術師心得十条の五。一流の魔術師は、ものを腐らせたりしない。在るもの全て使い切る。それだけしないと、魔術の深淵には決して辿りつけないって意味なんだけどね。それは恋愛も人生も同じことだと、マリオンは考えてるんだよね? 一個の道は全に通ずるって言ってさ。ってかロゼこそ全身全霊をかけて身を固めなきゃいけないんじゃないのー? 今年で二十七でしょー? しかも後七年もしたら、マリオンに副支部長の座も奪われちゃうし。だってロゼがマリオンに勝ってるのって、年齢と体重と身長、後は性格の悪さぐらいだもんねー。ぷくくー悲惨ー」
尻尾を揺らし、好き放題罵るマリオン。
そんなマリオンの背に、悪魔落ちしたロゼが立っていた。
ロゼが腰を下ろし、マリオンの脇にその両手を差し込む。
そして。
「コチョコチョコチョコチョコチョコチョ」
「ふひゃ!! やめ、アハハハハ、やめ、やめてよーっ」
意図してかたまたまか、マリオンがバサバサと尻尾を動かし、ロゼの顔を尻尾で洗う。
ロゼはそんなマリオンの尻尾を押さえつけて、くすぐりを強行した。
「わかったーっ? 自分のことを大切にしない悪い子は、こういう目にあうんだよ!? マリオーン!!」
「それとこれとは、全然関係ない、でしょ、アハハハハ」
うーむ、じご――うお!!
いきなり手を引かれた。
千鳥足でついていく俺に、パミュが顔を向けてくる。
その顔は、素晴らしいほどに嫌味たらたらだった。
「俺は顔を赤くしてないから、ねー」
それは、俺が先にトッドに向けて言った台詞だった。
俺は返す言葉を探して目を上向けたが、藍色の空以外、何も見つからなかった。
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