第13話 ちゃんとね
「その……とある錬金術士さんが、空間に書けるペンを開発しまして」
「何故そんな今世紀で一二を争う無意味なアイテムを」
思わず顔を上げてツッコんでしまった。
「むーっ。そんなことないもん!!」
パミュはまた頬を膨らまし、両手を振り下ろしていた。
「そうか?」
「あったりまえじゃん!! 若者にバカウケの未来はもう確定してるし!! たっくさん売り上げが出たら、お礼に一割くれる約束になってるんだー。そうしたらあんな家出て、でっかい豪邸に可愛い猫ちゃんたくさんはべらせて、片手団扇で暮らすのー」
「なんだか人生詰みかけのオヤジが言いそうな言葉だな」
「むーっ!!」
「で? 続きは?」
「で、あたしが試運転として『空間に』ブワーって色々書いたら――」
「人って文字だけが逃げ出した?」
「そういうこと」
「なるほどね」
顎を擦って、思案する。
「ど、どう? 解決できそう?」
「まあ色々言いたいことはあるけど、とりあえず、お前は『短冊に』何を綴ったわけ?」
「え? どどど、どういうことかな? デイビットくん」
「いや誰やねんそいつ。さっきも言ったけど、俺はプロだ。一流の魔術師の俺に、そんな陳腐な嘘は通用しないぞ。空間に呪を込めて心獣化、その先の魔獣化というのは、黒魔術理論からいってありえないんだよ。大方ペンを間違えて短冊に何か綴ったんだろ? あ、一応言っておくが、お前を責めているわけじゃない。素人にそういった物を渡すなら、注意だけではなく、物質に干渉できないようロックしておくべきだった。少なくとも俺ならそうしている」
「ふーん」
「何だよ?」
「そこはかとなくバカにしてる」
「いや普通にバカにしている」
「むーっ」
「話を元に戻すが、心獣、魔獣というのは、物質に憑りついた念だ。この場合、短冊を書いた時の、お前の念に沿って動いている」
「へー」
「精神生命体ってのは、よくも悪くもそれ以上の概念がない。魔獣が人を殺すことに終始していることが多いのは、魔獣の大半が死者の情念に憑りつかれて動いているからだ。逆に一流の黒魔術師が構築したキメラが人を襲わないのは――」
「で、結論は? あたしもう疲れちゃった。なんだか少し上から目線だし」
ペタンとその場で女の子座りして、頬を膨らます。
こいつ……。
「結論は、お前が短冊に何を綴ったのか教えろ、だ」
「内緒」
「あぁ?」
さすがに声に険が混じる。
パミュは女の子座りしたまま、どこ吹く風で、身体を上下にゆすっている。
その目は明後日の方向に向けられていた。
「あのよー。どんな文章書いたか知らないけどよ、そのせいで街の人間が傷つく。それでいいのか?」
「むーっ」
「もしかしたらその人の字が暴れ出して、大勢の子どもたちが傷つくかもしれない。それでいいのかっ!?」
「むむーっ」
「あるいは、妊婦が傷つけられたりしたら、お腹の中の赤ん坊まで……」
「うぇ、ふえええ……」
あ、やべ。
得意になってイジメてたら、いよいよ泣き出しちまった。
周りに人は――うわ、メチャクチャいるじゃん。
これヤバイやつなんじゃないのか?
マジのマジで補導される可能性がでてきたぞ。
メチャメチャ不審者を見る目で見られてるし。メチャメチャ視線向けられながらの、ひそひそ話をされてるし。
「あーウソウソ。大丈夫大丈夫、心配するなって。絶対見つかるって。な? ティアラナも言ってたじゃん。仲良しポイントためたら見つかるってよ。だから泣き止めよ」
「ふぇーんえんえんえん。ふぇーんえんえんえん」
「あーそうだ、木祭に行こうぜ? 木祭に行って願い事しよう。そうすりゃ仲良しポイントもたまるし、願い事効果で見つかる可能性もアップするし、相乗効果で言うことなしよ」
我ながらなに言ってるのかわからなくなってきた。
そもそも仲良しポイントってなんだよって話から、本来はせねばならない。
しかしできない。
何故なら俺にもわからないからだ。
「だからもう泣きやめって。大丈夫大丈夫心配すんなって。絶対に俺が笑顔で終わる結末にしてやるからさ。俺は意外と律儀な男だ。約束は結構守る。な?」
思いつくまま捲し立てて、パミュを見た。
パミュは既に泣き止んでいた。
目をパチクリさせて、俺を見上げている。
そして、何事もなかったように、パミュが笑った。
「お前、今の嘘泣きじゃないだろうな?」
「そ、そんなんじゃないもん!! 乙女の涙は貴重なんだからね!!」
何言ってんだ。
まあそれでも、泣き止んでくれたのはありがたい、か。
それに、そもそもは俺が言葉でイジメたのが原因だしな。
反省。
「よーし、じゃあ次の目的地は木祭だね! 見つかりますようにって、お願いしなくちゃ!」
「はいはい」
「あーまたやる気ない返事してる~」
「あのなー。ここでやる気を出す意味がないだろ? 俺に何してほしいんだよ」
「んーそうだなー」
「え、考えるの?」
「ん――あ!! いいこと思いついた!! あたしってば天才かも!!」
「……まあ、言うのはタダだ。言ってみ」
どうせロクでもないことなんだろうけどさ。
「えへへー。まず、ビュウが四つん這いになります」
「あ、もういいわ。プロローグの段階で既にロクでもないから。もういいよ」
「むーっ。ちゃんと話を聞いて!! まだ続きあるもん!! 早とちりしないでよね!!」
「……じゃあ、続き言ってみ」
「で、ビュウがその状態であたしを背中に乗せて、木祭の会場まであたしを運ぶの!! どうこれ!? すっごい仲良くなれそうじゃない!! 我ながらナイスアイディ――」
「メチャメチャ予想通りの続編やんけ!! そんなもん続けられなくてもわかるわ」
ツッコむと、いや、ツッコむ前から、パミュはケラケラと笑っていた。
ったく……。
癒やしを求めて、空を見上げた。沈み行く神陽玉に向かって、鳥が数話羽ばたいている。
そんな時。
いきなり、腕を引かれた。真下に。
見下ろした先。パミュが膝を畳んで座っている。両手で俺の手をつかんでいた。
今度は何だよ。
そう思いつつも、表情が綻ぶ俺がいた。毎度毎度、色々思いつくなと、感心していたからだ。
パミュが顔を上げた。悪戯っ子のように、舌を出して笑っている。
「何すんだよ?」
「え? 四つん這いにさせようと思って」
「まだ続いてたんか、それ」
「やらない?」
「やるわけねぇだろ」
「じゃあ、やめとく」
意外にもあっさりと引き下がり、パミュが立ち上がる。
手は握ったままだった。
パミュを見つめる。
パミュは耳まで赤くしながら、俯き、ブランコのように、俺と繋いだ両手を、振るっていた。
しばらくして、パミュが顔を上げた。
はにかみながら、笑う。
「やっぱり、ビュウの間違い」
パミュが、俺と繋がっている手を、見せつけるようにして持ち上げた。
「へ?」
素っ頓狂な声を上げる俺。
するとパミュは、表情をクシャリと崩して、笑った。
「ちゃんと、仲良くなってきてるでしょ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます