第12話 乙女の秘密です
噴水が、水しぶきを上げている。降り注ぐ陽光が、しぶきを宝石のように煌めかせている。
俺は息切れしていた。俺が息切れしているのは当然である。何せほとんど呼吸ができなかったのだから。三途の川が見えたような気がしたりしなかったりもした。しかしだ。
なんでお前まで息切れしてんだよ、パミュ。お前は俺を生死の境に引きずり込んだだけじゃねぇか。
「なにすんだよ!!」
「なんてことすんのよ!!」
お互いの声が重なる。
沈黙が生まれ、俺は一つ咳払い。
ここは大人の俺が仕切りなおしてやらねばなるまい。
「俺は、逃げ出した人の字ってのがなんなのか、聞こうとしただけだろ?」
「それが余計なの!! この件に関しては、あんたは口出さなくていいの!! 人の字は、ティアラナさんが絶対見つけてくれるんだから」
「それは、この街の魅力を、存分に伝えることができたら、の話だろ?」
「……え。伝わってない?」
「え」
いきなりしょぼくれた顔を見せて、パミュが言うものだから、俺は結構戸惑った。本当感情表現豊かだな、お前は。
ガリガリと頭をかいて、俺はそっぽを向いた。
「いや、伝わってはいるけどよ」
「……」
「あーでも、仲良く観光しないといけない、とも言ってたし」
「……仲良くなってない?」
「いやなってるとは思うけど……」
「……」
パミュがシュンとしたまま、俺を見上げている。
指先を向い合わせ、人差し指の腹と腹で押し合っていた。
何だよこの空気。何を言えば正解なんだよ……。
「いやだから、単刀直入に言うとだな!!」
俺は、モジモジと指と指で押し合っていたパミュの手に、掌を重ねた。その手をギュッと握りしめる。
ハッとした顔で、パミュが見上げてくる。
「長い観光を経て、晴れて仲良しになった俺にも、一枚噛ませろってそう言ってんだよ」
ドン!!
これが漫画なら、バックにそんな効果音をつけたいね。
目蓋を下ろし、悦に浸っていた俺は、半笑いで、パミュを見つめる。
パミュは顔を真っ赤にしていた。
そうだろそうだろ。決まってただろ。
――って!!
「キャーッ!! 何するのよ、この変態!!」
思いっきり俺の頬をカチあげるパミュ。
頬を殴られた俺は、お日様に顔を向け、二歩三歩と後退した。
「あ、その、ゴメンなさい!!」
珍しく、というほど付き合いが長いわけでもないが、しおらしい声が、顎の下から響いてくる。
この状況。利用しない手はない。
俺は顎を持ち上げた状態で、パミュに見えるようにして、ニヤリと笑う。
振り下ろすようにして、パミュに顔を近づけた。
「ほらな」
「え……?」
「やっぱり仲良くなんかなってねぇって言ってんの」
「あ……えと、大……」
「ん?」
「……む、むーっ。そんなことないもん!! ビュウがいきなり人の手を触ってくるから悪いんだもん!! ビュウが全部悪いんだもん!!」
「あのな。人聞き悪いから俺も反論させてもらうけど、お前さっき、トッドの手を勝手に握ってたりしてたじゃねぇか。あれは?」
「女の子は勝手に触っていいの!! でも女の子に勝手に触るのはダメなの!!」
「無茶理論」
「むーっ!! とにかく、ビュウのせいだからね!? これで人の字が見つからなかったら」
「なんで俺のせいになるんだよ」
「だって!! だって、その……ビュウが、仲良しポイントを大幅に下げるようなマネしたんだもん!! だから見つからなくなっちゃったんだもん!!」
「なんなんだよ、その仲良しポイントって」
尋ねるも、パミュからの返答はない。
ただただ、頬を膨らますばかりだ。
やれやれ。
この頬をしぼませるには、指でつっつくか、喜ばす以外に手はないのだろう。
指でつっつくのはアウトだ。また拳が飛んでくる。
かと言ってここで、服を買ってやる、なんて台詞、おかしな話だろう? とすれば……。
「わかったわかった」
「むーっ」
「しかし、このまま街を見て回っても、人の字はまず見つからないだろう?」
「何それ!! ティアラナさんのことをバカにする気!? ティアラナさんを悪く言ったら、このあたしが許さないんだからね!!」
「落ち着けって。ティアラナが提示した人の字をあぶり出す条件は、この街の魅力を存分に伝えることと、二人仲良く観光することなんだぜ? 前者はともかく、後者はどうよ」
「仲良くなってるもん」
「ほー」
「……仲良く、なってるもん」
「いや、そんなシュンとした顔で二回言われましても」
何でここまで頑ななんだよ、こいつは。
いや、秘密裏に解決したいってのはわかるよ。もしも何かがあった時、手を挙げないためって言うわけじゃなくて、なかったことにしたいわけだろ? パミュとしてはさ。
だから自警団員に知られるのとかはもってのほかで、だから、俺がランディにそのことを尋ねた時、あんなにも慌てふためいたわけだ。
いや、わかるよ。正しいかどうかは別として。
しかし、俺はパミュが犯人だと知っている。この状況で俺に秘匿する意味なんてあるだろうか。
ってかそもそも意味がわかってないのかな? 俺に話さない意味はない。話す意味だってないと思うかもだが、ティアラナの提示した方法は極めて不確実――
いや待てよ。
意図を伝えず、ただやってこいというのは、かなり非合理なやり方だよな。意味を知らずその行動をとるのと、意味を知ってその行動をとるのでは、動きに明確な差が出る。
そしてティアラナは、合理的な清流派魔術師。
唇に指を当てて、思案する。
『最初はわけがわからなくても、結末を見るといつもハッとする』
存外この事件、ただの魔術事件じゃなく、もっと別の思惑があるのかもしれんな。
もっとも、それが何かわからなければ、こんなもん、誰でも立てれる仮説にすぎないが。
「ハァ」
パミュの重い溜息につられて、面を上げる。
パミュは未だ、暗い表情を崩していなかった。
ここまでくると『あ、じゃあもういいです』と言いたくなってきたのも事実だが『これだけほじくり回してちゃんと向き合わないんだー』みたいな空気になったら嫌だし、うーん……。
あーもう、言わなきゃよかったな、これ。
完全に悪手打ったと思うわ、俺。
とはいえここまできた以上、この方向で話は進めるけどよ。
「じゃあ」
「言う気になったか?」
「絶対誰にも言わないって、約束できる?」
「あぁ」
「絶対?」
「うん」
「もしも言ったら、仲良しポイント激減なんだからね」
「あぁ」
「激減ってことは、絶交ってことなんだからね」
「わかったよ」
「嘘ついたら、ウニ千個口に放り込むからね」
「死刑じゃねぇか」
「あ!!」
「何だよ?」
「そんな心配するってことは……」
「いやもう大丈夫だから、早く言えって」
「だってビュウが適当な返事しか返さないんだもん!! そんなんじゃ、信用できないもん! 乙女の秘密を共有しようという気概が、ビュウからは全然感じられないんだもん!!」
乙女の秘密って……。
お前マジで一体全体何したんだよ……。
俺もこの仕事長いけど、皆目見当つかんわ。
「あのな。俺はプロだ。そして一流の魔術師は、無意味なことはしないもの。そんなもん口外したところで、俺に得なんてありゃしない。つまり、そういうことだ」
「でもビュウは一流じゃないし」
お前さっき俺のこと結構すごいって言うてたやないか。
しかも二回。
まあもう深くはツッコまないけどさ。
これ以上事態をややこしくされたら嫌だし。
「……人間としては、一流だ」
俺はパミュから投げ渡された角だらけのボールを、綺麗に整形(トリミング)して投げ返した。
パミュが言葉のボールを受け取る。
「他に言いたいことは?」
「……ない」
「人の字の詳細も言わないとか言わねぇだろうな」
「言わないよ!! 言えばいいんでしょ、言えば!! でも本当に、他の人に言ったら怒るからね!!」
「だからわかったってば」
「……あのね?」
やっとか……。
ここまで言うのを渋ったのだから、よほどのことがないと驚かない、というか、よほどのことがないとむしろ納得いかないという気さえするが、こいつのことだからな……。
正味、どんな答えが出てくるのか、想像もつかんな……。
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