第11話 人の字って?

「ここが北区北門前。ここには自警団総本部と、鍛冶屋さんとかがたくさんいてー」

「ふーん」



 地味に響き渡る金具の音を聞きながら、周りを見る。鍛冶屋が金具を振るっている場所は、密集した建物の先にあるようだ。立ち上がる煙でそれがわかった。


 街の門構えは、先端が尖った鉄柵である。鉄柵が倒れないよう、石付きの部分を倒した石柱で固定し、石柱の周りには花が植えられている。鉄柵にかかるように木が所々茂っていて、葉の腹には未だ雨水が残っていた。



「なるほどねー」

「あー。またやる気のないコメントしてるー」

「あのなー。ただの街の門構えだぜ? それでどう感嘆しろ――」

「あ、ランディさんにトッドさんだ!! お疲れ様です!」



 もう、何も言うまい。

 俺は溜息を零し、パミュの後を追った。

 ちなみに俺はこいつらと顔見知りである。

 ってのも俺は、この門を通って、この街まできたからだ。



「お、こんにちわパミュちゃん」

「こんにちわ、ランディさん。トッドさんもこんにちわ」

「……」

「あートッドのことは気にしないでよ。岩みたいに融通の利かない男だからさ。特にパミュちゃんみたいな可愛い女の子に会うと、上がっちゃって何にも言えなくなるんだよ。ほら今も顔真っ赤だろ」

「アハハ。トッドさんってば可愛いー」

「お前らの年齢差でそれって犯罪じゃねえのか?」

「なっ、失礼ね!! あたしはもう十五歳よ!!」

「やっぱりロリコンじゃねぇか!!」

「なによそれ!! そんなこと言ったら、あんただってロリコンじゃない!! マリオンなんて十三歳よ!!」

「え、わかっ!」

「それに関してはどう説明するつもりよ、ねーねーねー」

「いやー俺は別に、トッドみたいに顔を赤くしてねえからな?」

「ふーん」

「なんだよ?」

「ベッつにー。その割には随分と嬉しそうな顔してたなーって思っただけ」

「なんだ、さては嫉妬か? いやー俺ってば結構イケメンで何でもできちゃうからなー」

「……」

「あーえっと、すいません」

「アハハ。えーと、君はビュウくんだったかな。どうだい? Sランクのお仕事は。順調に進んでるかな?」

「……」

「あっはっは。やっぱりねー。おかしいと思ったんだ。あのティアラナさんが仕事で手こずるなんてまずないよ。なんでかって、手を出さないからね」

「いかにも清流派魔術師らしい、合理的な思考だな。濁流派の俺とは根っこが違うな」

「個を捨て、常に対価を求めることで、世界を底から上げていく清流派。個を救い、小さな幸せを広げていくことで、やがて全に繋げる濁流派」

「よく知ってるな」

「まあ多少はかじっててね。だけど魔術師の合理性は清濁変わらないって聞いたことあるけどね。魔術師の合理性は、余分な感情(もの)を術に持ち込まないためのものなんだろう? 魔術師は感情を操るものだから」

「まあそうなんだけどな。ただあいつらの合理性は、なんつーか根っこが汚いんだよ。素人にわかってもらおうとも思わんが」

「あっはっは。確かに。よくわからないね」



 ランディが、屈託のない表情と声で笑った。



「ところで、君たち二人そろってなにか用かな? まさか外に出るってわけじゃないよね?」



 今の時刻は太陽の位置と腹具合からみて、三時から四時ってなところだろう。

 危ないというような時間ではない。

 しかしランディの口調は、明らかな制止だった。

 そりゃそうである。

 どんな時間帯であろうと、知らない人間と一緒に街を出るなんて、普通に危ない。

 俺でも止めることだろう。

 ましてや俺の外見は、我ながらメッチャ怪しいからな。

 今日改めてそれを痛感した。



「いや、そういうわけじゃねぇよ。ただまあなんつぅか、観光させられてるっていうか、謎の状況にいるんだわ、今」

「観光させられてる? また随分と楽しい状況だね?」

「そうか?」



 俺は親指でパミュを指さした。

 パミュはっていうと、トッドのところに行って、目の前で手を振ってみたり、手を勝手に握ってみたり、色々なところを触ってみたりして遊んでいる。

 トッドは顔を赤くしながらも、岩のように不動を貫いていた。

 それにパミュは、クスクスと笑うのだった。



「最初はわけがわからなくても、結末を見るといつもハッとする」

「何だよ突然」

「あの人の仕事ぶりに対する、僕の評価だよ。まあ結末を楽しみに、従ってみたらどうかな? 最後には君も、僕と同じ気持ちをたどってる。きっとね」

「ほー」



 じゃあ絶対に『ハッ』となんてしねぇ。

 意固地に思った。

 思っていたとき、パミュがやっとこ戻ってきた。

 いい加減この場を立ち去ろうとして、二人に対して背を向ける。

 ふと、俺は足を止めた。

 パミュに、丸々とした目で見上げられながら、振り返る。



「ちょっと質問なんだが」

「なんだい?」

「この辺りに、人の字? ってやつが来なかったか――」

「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「ムグ!!! むぐぐ!!」



 突然後ろから伸びてきた手に口を塞がれた。振り返った先にいたのはパミュ。苦笑いしていた。思いっきり、人の背中に密着してきてもいた。

 つまり、何が言いたいのかと言うとだ。

 今現在、俺の背中には、思いっきりパミュの巨乳があたっていた。



「アハハ。なんでも、なんでもないです。なんでもないですから。アハハ……」



 しかしパミュは、そんなこと気にしてられないぐらい、焦っているようだ。ちなみに焦っているのは俺も同じだった。

 何でかっていうと、息ができねえからだよ、ボケ。



「そ、そうかい? でもとりあえずその手を離して上げたほうが――」

「じゃあ我々はこの辺で!! さよなら、さよなら、さよならー」



 自力でエコーをかけながら、パミュが後ろに下がっていく。

 俺はパミュの為すがまま、されるがまま、街の中を引きずり回されたのだった。

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