第10話 vs動けるデブ
「ここが交易区。ここには自警団相談窓口と真偽所。あっちには、黄金郷に、料亭開き屋。橋の下は港になっていて、あそこから、東西南北の色々なものが運ばれてくるんだよ?」
橋からチラリと目を向けると、砂浜と桟橋、何艘かの船が見えた。南浜区の水路のゴールは、ここであるようだ。
「ふーん」
「むーっ」
「何だよ? そんな膨れっ面して」
「本当にまじめに聞いてるのかなと思って」
「いや普通に聞いていますけど何か?」
「じゃあ質問して?」
「え? 何を?」
「ビュウの気になること。その方が、案内してるなーって気分になれるし」
「完璧にお前の都合だな」
「むーっ。そんなことないもん! お互いが幸せになれる方法を、精一杯考えて導き出した結論がこれだし」
「精一杯考えて導き出した結論がこれですか」
「むーっ!! とにかく早く質問するの!! カウントしていくからね! はい、五、四、三」
パミュが順々に数字を繰り下げていく。
やれやれ。聞きたいことか。聞きたいこと――ん?
「一、ゼロ。ブブーっ。時間切れーっ。じゃあビュウには罰ゲームとしてうひゃあ!!」
色気のない言葉を発して、パミュが後退する。何もそこまで驚かんでもと思いながら、俺はパミュの頭に乗っていた紙を見た。
「どうしてお前はこんなものを頭に乗せてるんですかー?」
頭に紐を通した紙。解けた痕跡もみられる。つまりどこかに結った紙が、どこかから落ちてきたってことか。内容は――
「みんなが幸せになれますように?」
読み終わった直後。
「うおおおおパミュに何しやがらあああああああああああ!!」
同じ人間の言葉とは思いたくない掛け声と、怒涛の足音。
視界の先。一人の男が、六角を突き出しながら、俺に向かってきている。
何だこの街は……スラムかよ。
いかに南尾が紙幣発行権さえない発展途上国とはいえ、これはひどい。
ブオン!!
振るわれた六角の一撃。
俺は半歩下がって回避した。
鼻先を、六角の先端が通り抜けていく。
男が俺に目を向ける。
視線は交錯しなかった。
俺は男の目ではなく、男のガタイを見ていたからだ。
でかいな。
全体的に肉厚のある体つきをしているが、デブってわけじゃない。かと言って、ムキムキというわけでもない。
一言で言えば、動けるデブ。そんな感じだな。
バシャリ。
男の足が地面の泥水を踏みつけた。
音でそれを把握した俺は、パチンと指を鳴らした。
「なっ!!」
ズルズルと、男が足を滑らせる。
俺が水たまりに
ふーん。
今のを踏ん張るか。
やるじゃん。
でかい奴ほど、こういうのは踏ん張りにくいものなんだけど――なっ!!
俺は肩に背負っていた荷物を男に放った。男がそれを片腕で弾き、更に突っ込んでくる。たらい回しにされる俺の荷物。最終的にそれは、パミュの手に渡っていた。
打ち込まれる六角からの刺突。俺はダンスでも踊るかのように軽やかに、後ろにさがった。これが俺の戦闘スタイルなんじゃない。つまり、ダンスを踊れるぐらい、楽勝ということだ。
ドン。
背中に柵。問答無用に打ち込まれる六角。俺は跳躍してそれをかわした。男の六角が柵の間に引っかかる。
男が六角から手を離す。
駆けて、俺の胸倉をつかんでくる男。俺は笑って、そのごつい手をつかんだ。引き寄せ、関節を伸ばさせて、肘をもう一方の手で押し込む。空中から地上に落ちるまでの間、即ち、重力を利用してだ。
「いてててて!!」
男が悲鳴を上げる。
うっし、乱痴気野郎の捕縛完了っと。
楽な仕事だったぜ。
しかし何かを俺は忘れているような――えっと……あ!!
男から手を離し、俺は全身をまさぐった。ない、ない、ない。上空を見上げる。空には舞い上がった一枚の紙。
先に俺が弄っていたもので、パミュの頭に乗っていたものだった。
いっけね。
「このやらああ!!」
拳。飛んでくる。俺はそれを顔を見ないまま受け止め、男に目を向けないまま、跳躍した。
バサバサと、黒いコートが風に煽られ、揺れる。
視界が一面蒼に染まっていた。
「キャー!!」
「え、なにあれー!! すっごーい!!」
声が聞こえる。十メートルは下の陸地から。俺は中空でそれををキャッチし、そのまま身体を丸めて数回転。
スタ。
幅的な問題で、片方の足だけが、橋の
海沿いの街だけあって、風が強い。風は陸地に向かって吹くものだ。いわゆる海風ってやつで、それを全身で受けていた。下からは波の音が聞こえている。
自然のBGMに揺られながら、俺は今一度紙に目をやった。正直こいつ程度なら、片手間でやれる。全盛期じゃない、今の俺でもな。
「何だ、こいつ……っ」
男が脂汗を浮かせながら言った。
あんまりな台詞に、俺は呆れながら目をやった。
「あのっさー。そりゃ俺の台詞じゃねぇのか? 危ねえだろ? 怪我したらどうするつもりなんだよ」
「ケッ、痴漢野郎が、偉そうに御託並べやがる!! 俺はお前みたいに卑劣なやつが一番嫌いなんだ!! 見てろ、今すぐ仲間を呼んで、事務所の牢屋に放り込んでやる!!」
「あのー、ボクがすでにここにいるんですが」
男の後ろに、もう一人の兵隊が詰めかけていた。
詰めかけていた小柄な男が、首から下げていた笛を手にとる。
やれやれ。
どうしたものかな。
返り討ちにしてやってもいいのだが――
『絶対に気が合うと思う』
ティアラナのあんな言葉を聞いた後だと、ちょっと気が引けるな。
やっぱ結末も気になるじゃんよー。
目を上向け、考えていた時――
「ちょちょちょ、ちょっと待って、ナギさん!!」
パミュが、ナギの手を両手でつかみ、全体重を乗せるようにして、その動きを止めた。
それでも一瞬パミュの身体が浮いていたところに、ナギの筋力と、パミュの身体の軽さが表れている。
「何すんだよ、パミュ。もしかしてデート中だったのか? お前趣味悪いな。あんな怪しげな男を好きになるとか、仮に何もなかったとしても心配するぜ」
「ちーがーう!! これはあの、ティアラナさんがー」
「なに!! ティアラナさんだと!? ティアラナさんに何かあったのか!?」
「だからそうじゃなくて。ちゃんと話を聞いてよナギさん」
「そうですよ、いきなり突撃して。さすがに無茶っすよ。何か事情があるかもしれないじゃないすか」
「まったくだ」
「「「うわ!!」」」
跳躍し、ナギの正面に降り立つと、三人が声を上げて飛び退いた。
「いいか。俺は、観光してるんじゃ、ない。観光、させられて、る、状態なんだ。お礼を言われこそすれ、非難される、筋合いなんて、何一つ、ない」
一言一句言うたびに、六角で突かれたが、俺はその全てを避け、最後に六角をつかんで、言葉を締めた。
「すごい……」
感嘆の声が横から響く。
ナギの付き添いの兵士だった。
すっぽりと頭を覆うような兜を被っていて、背が低く、声が高かった。
瞳の色は黄金。これは魔術師の瞳の色だ。しかし、肌の色は褐色だった。
魔術師は紫外線をカットするが、遺伝とかちあうと肌の色は五分五分になる。
だから確実に魔術師と判断するには、瞳の色を見るのがベストではある。的は小さいが。
瞳の色は、魔術師になったその場で変わる。ここに関しては、遺伝より魔力によるアルカナ反応の方が優性であるらしい。
何でかは一ミリも知らん。
「か、観光させられてるだー?」
六角を離してやると、ナギがよろめきながら言った。
「違うの、ナギさん!! ビュウはエルメルリアが初めてだから、ティアラナさんが街を案内してあげてって、あたしに頼んで、それで……」
「何だと!? クソ、ってことはつまり、俺がこの街出身じゃなかったら、ティアラナさんに街を案内してもらえたってことじゃねぇかよ!!」
「現在パミュちゃんが案内しているというデータは無視ですか?」
「チッ……しかし、ティアラナさんがそう言ってるなら、仕方ねぇ。行くぞ、コルピン」
「え、でもいいんすか? あの人、信用できるんですか? 止めといてなんですけど、確かに見た目がその――」
「できるよ」
言ったのは、パミュだった。
あまりにハッキリ言うので、俺含めた三人がパミュに目をやった。
三人に目を向けられながらも、パミュは一切物怖じせずに、小首を傾げた。
「できるよ、信用。ビュウだもん」
もう一度パミュが、ニッコリと笑って、ハッキリと答える。
ナギが口元に笑みを作って、背中を向けた。
「ほれ見ろ。わかったら、とっとと行くぞ、コルピン。パミュは、お前が思っているほどバカじゃないんだよ」
「あ、はい……じゃああの、お気を……つけて……?」
コルピンが何度も振り返りながらナギについていく。
ナギは、一度も振り返らなかった。
いや、っていうか、謝れや、カス。
と思ったが、それをおくびにも出さない、大人な俺なのだった。
改めて、手に持っていた紙を見つめる。
「ほらーっ!!」
「うわっと!!」
パミュがいきなり荷物を放り投げてきたその上で、顔を近づけてくるものだから、俺は慌てて下がり、紙を落としそうになった。
ったく、なんなんだよ、こいつらは……。
「ふっふっふ。あたしのおかげなんだからね!! ビュウのセクハラを許してもらえたのは!! 感謝するように!!」
「セクハラなんてしてねぇ!! 人聞き悪いことぬかすな!!」
「むーっ。いきなり人の頭触ってきたでしょ!? この変態!!」
「みんなが幸せになれますように」
「は?」
「短冊。お前の頭についてたんだよ。それを取っただけだ」
「あー。どこかの木から落ちてきちゃったんだね」
「木祭って何のことかと思っていたけれど、雪化粧のことだったんだな。あんな化石のような行事がまだ廃れていないとは思わなかったよ。ま、テンション上がる行事だってのはわかるけど。俺でもたまにやりたくなる」
短冊に願い事を書き、木に吊るす。そうすると、天におわする火鳥十二英星が、願い事を叶えてくれる。
まんま七夕じゃないかと思うだろう。その通りである。俺が七夕からパクった。十二英星の一人に数えられていた、当時の俺がだ。
ビービーうるさいガキがいたから、戯れに教えてやった。紙に願い事を書いて、木に吊るしてりゃ、願い事が叶うのだと。教えて、起きると、次の日には、俺達の勝利を祈願する短冊で、そこいらの木が真っ白になっていたことを、今でも覚えている。
「楽しみだな」
「え?」
「戦後の雪化粧が、どれほどのものかさ」
短冊を指で弾く。
「あ!!」
パミュが非難の声を発した。
バシャリ。
その先を封じるように、足下の水たまりを踏みつける。水飛沫が上がった。その一滴を目元まで釣り上げる。
そして。
指で、正確には風ではじいた。
氷のヒョウが木の幹に突き刺さった。その下で、願い事を綴った短冊がヒラヒラと揺れている。
「何してる? とっとと行こうぜ」
声もなく見入ってるパミュに向かって、俺は言った。
「むーっ。今行こうと思ってたもん!! 勝手な行動しないでよね!! あんたはこの街のこと、全然知らないんだから!!」
背中からパミュの声が駆けてくる。
俺はそれを、密やかなドヤ顔で聞いていた。
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